買い物

客を乗せたタクシーが道路を走っていた。ドライバーはバーディだ。
そんなバーディの視野の端を、見慣れた影が通過する。
客を乗せていることはわきに置いて、バーディはタクシーを止めた。
「よお、どうしたんだ?」
その人影が、バーディの真横に来たところで、バーディはそう声をかける。
「ちょっと…買い物に行こうかなって。」
声をかけられた人が、そう答えた。
女性だった。妊娠しているのか、おなかは大分大きく膨れ上がっている。
さすがに赤子が重いのか、少し苦しげな表情をしていることにバーディは気づいていた。
「そう言うのは俺に頼めよ。」
そいつのためにも、とバーディは苦笑しながら彼女の大きなおなかをさす。
「大丈夫だよ。私一人でも行けるから。」
苦しげな表情の上から無理やり笑みを重ねたような顔でシャウトが笑む。
「おい、俺は急いでいるんだよ!」
忘れられていた客が、突然止まったっきりになったタクシードライバーに文句を言った。
サラリーマン風の客で、これから会議か営業があるのだろうとバーディは推測した。
「シャウト、そこで待ってろよ。こいつおろしたらすぐ行くからな。」
そう言ってバーディはタクシーを動かした。
サイドミラー越しに彼女の存在を確認しながら。
「お客さん、速度あげてもいいですか?」
一刻も早く彼女のもとへ戻らなくては、その想いだけがバーディを突き動かす。
「あ、ああ。間に合えばいいんだ。」
雰囲気の変わったドライバーに戸惑いを隠せないのか、それともバーディの問いの真意をつかみかねているのか、客は困惑した表情でそう返した。
「後悔、しないでくださいね。」
そう言うが早いか、バーディの運転するタクシーはどんどん加速する。
その速さは後ろに座っていたはずの客を黙らせるほどに。
そして、一瞬ののちには目的地に着いていた。
通常通りの料金を受け取った後、バーディは再びタクシーを走らせた。
客が物言いたげな視線を向けていたが、それはこちらも視線で黙らせた。

案の定というのか、シャウトは別れたその場で待つということはしていなかった。
スーパーの方へ数メートル移動している程度の移動があったのだ。
これは、バーディの運転するタクシーが早かったことと、彼女のおなかに赤子がいたために進む速度が遅かったという二つの要因がある。
シャウトの実家である夏海館は、客のために良い食材を心がけていたようだが、二人で暮らすようになってからは基本的にそこまでこだわっていない。
特にシャウトが妊娠してからは、母体の負担のこともあって地元のスーパーの総菜等で済ませることも珍しくはないほどだった。
「待ってろって言っただろ。」
バーディはシャウトの背後からそう声をかけた。
ちなみにタクシーは路上に止めてある。
「だって……。」
そう言って口ごもるシャウト。
意識しているわけではなかったが、力関係は大体の場合においてバーディの方が上だった。
さしあたりバーディの仕事の邪魔をしないため、という気づかいだったのだろう。
「ほら、行くぞ。」
バーディはタクシーの方に顎をしゃくって言う。
だから一人で行けるって、歩いて行けるから、そう言うシャウトを半ば強引にタクシーに乗せる。
その割には乗った後はおとなしくなったので、実際休憩が取りたかったのかもしれない。
どうやら、素直に甘えることに決めたらしく、不気味なほど機嫌が良さそうな笑みを浮かべていた。
そのにこにこ顔に、どうしたんだ、と聞いたところで、なんでもないという返事しか返ってこない。
そのまま特に言葉を交わすことはなく、バーディはタクシーをスーパーへ走らせた。
バーディは時々ミラー越しにシャウトの様子を確認するだけ。
シャウトのことを慮ってか、タクシーの速度やほかの細かいところにも気配りが見られた。
第一子ということもあるが、それ以上に、男であるバーディには妊婦の状態というのは想像で補うしかなかったのだ。
そのため、いささか過保護すぎるきらいがあるのは否めないのかもしれない。

スーパーにつくと、バーディはかごを手に取った。
荷物ははじめからバーディが持つつもりでいた。
母体のことを考えれば、重い荷物を運ぶことは控えるべきでもあるからだ。
おそらくシャウトは、カートで押すつもりだったのだろう。
しかし、その場合でも帰りは自分で持たなければならないはずだ。
もしかしたら、そこまで深いことは考えていなかったのかもしれない。
そのシャウトは、バーディの横に並んで店内を歩いていた。
もう何度か付添をしているので、大体歩くルートをバーディは把握していた。
その時々で変わる部分はシャウトが指さしてあらかじめ指示していた。
なので、狭いところや人に道を譲らない限りはずっと並んで歩いていた。
いくつか、最近シャウトが食べていないものもかごの中に入れられていく。
久しぶりに食べたくなったのか、それともバーディのためなのか。それはバーディにはわからない。
その時、バーディのシャツにつけられていた、バッジが鳴った。
博士の声が流れなくても、シャウトにはこの意味が分かる。
「行ってきても、大丈夫だよ。」
シャウトは笑みを浮かべてそう言う。
シャウトとの関係がただの仲間から一歩踏み込んでから、徐々にバーディはシャウトのことを分かってきたつもりでいる。
その一方で、分からなくなってきていると思うこともあるが、このときのシャウトの笑みは何か押し殺した感情があるように感じられた。
常に笑顔で送り出そうと心掛けているのでは、と時々バーディは思う。
「あっちは、オレが行かなくても大丈夫だろ。」
博士の声は流れたが、バーディはそうシャウトに言う。
リーダーとともにジェッターズを辞めたシャウトに向かって堂々のさぼり宣言だ。
おそらく、ガングあたりはうるさいだろうがそれは全く気にしていない。
「だが、こっちはお前一人じゃ無理だ。」
そう言ってバーディは持っていたかごを軽くゆすって見せた。
「でも……。」
元リーダーとしてなのか、シャウトはそう口ごもる。
ここで口ごもるあたり、シャウトの本音が見え隠れしている。
「お前だってわかるだろ、シロボンの運転のひどさは。あいつ、自分がリーダーだからって毎回運転したがるんだ。」
そんなコスモジェッターに乗るくらいなら、自分のタクシーを飛ばした方がましだと言わんがばかりにバーディはため息をつく。
困ったような、あきれたような笑みを向けられて、シャウトはくすくす笑った。
リーダーとして、一番シロボンに近い位置にいたシャウトには、容易に想像がついたのだろう。
他人事だと思いやがって、そう口を開きかけたバーディもつられて笑う。
シロボンがリーダーになって、もう二年ほどの歳月が経っているが、どうやら子どもの部分はまだ子どものようだ。
「お疲れ様。」
くすくす笑いながらも、シャウトはそう言う。
バーディはそれには相槌だけで答え、二人でレジへ向かう。
お金は当然のようにバーディが出した。

そのままタクシーを走らせ、自宅へ向かう。
後日、案の定シロボンとガングがバーディに文句を言ったのは余談である。
ちなみにボンゴと博士は事情が分かっていたので、そんなやり取りは無視していたとか。

これはまだ、フレアがシャウトのおなかの中にいた時のお話……。
もともとは、14日朝に書いたメモ↓
タクシー客乗せ中にシャウト(妊婦)発見
→声掛ける
→買物らしい
→客おろしたらすぐ行くから待ってろ
→お客さん、急ぎの用が入ったのでスピードあげていいですか?
→鳥叫買い物デート^ω^←
という妄想を昨日したので書き起こせたらいいと思います←

が元になっています。
なるべくセリフは組み込む方向で頑張ったんですが…
一部あきらめたようなw

戻りませう