春から夏へ季節の変わる五月末、徐々に暑い日差しが照りつける中で体育祭が行われた。
体育祭は中高合同だということは入学時に聞いていたが、何かと時間の合わない高校生と合同の予行練習は全く行われていない。
そんな状態でつつがなく進行できるのだろうか、当日の朝、シャウトはそう疑問を覚えた。
応援団など、一部連携を必須とする部門は放課後自主的に残って練習しているという話はある。
だが、肝心のプログラムの流れの確認や、入退場の確認は中高合同で行われたことはないのだ。
シャウト達はいつも、高校生のための場所として開けられた空間を眺めながらの練習をしていた。
さすがに入学してからそろそろ二月が経とうとしているころだ。
高校生を見たことがないと言えばうそになる。
それでも、シャウトにとって高校生というのは雲の上のような存在であり、未知なる存在感を醸し出していた。
なんでこんなぎこちない思いをして、高校生と合同で体育祭なんかやるのだろうかと恨みたくなるほどに。

「シャウトおはよう。」
学校についたシャウトに声をかけるのはナツキだ。
初めて座った自分の席で声をかけてきたときからの付き合いがある友人だ。
まだ二カ月弱の付き合いではあるが、それを感じさせないほどいろいろな話をしてきた。
学園のことに疎いシャウトが、人並み以上に知識を持てたのは彼女のおかげであるほど、ナツキの知識は豊富だった。
「おはよう、ナツキ。」
シャウトもあいさつする。
「今日はいよいよ本番だね。」
シャウトよりは体育の苦手なナツキはそれにはあいまいな笑みを返した。
足を引っ張らないかという恐怖などがある反面、純粋に楽しみたいという思いが交錯しているのだろう。
そして体育祭は数少ない高校生とまともに知りあえる機会だ。
畏れだけでなく楽しみな感情は勿論シャウトも持ち合わせていた。
どんな先輩がいるのか、どんな人と知り合えるのか、そう言う楽しみをきっとナツキも持っているのだろう。
体育祭はあくまでもお祭り。楽しむためのものだからそれもいいのかもしれない、シャウトはそう思うことにした。
「さ、シャウト、着替えにいこ。」
ナツキが言う。更衣室は男女別、学年別で分けられているので、全部で十二か所ある。
さすがに男女で場所は多少離れていて、高校と中学でも離れているが、それでも固まって存在しているため、このように学園全体が集まる行事の場合共通の通路ではかなりの人がごった返す危険性がある。
早く行かないとなかなか自分たちの場所で着替えることはできないだろう。
本番である以上、遅刻は厳禁だ。その行為は恥さらしに他ならない。
幸いまだそこまで混雑していなかったので、二人はすんなりと体操着に着替えることができた。
最初のうちこそ覚えられなかった自分のロッカーも、今では目を閉じても見つけられるかもしれない。
しかし、ロッカーを出るころには、入ろうとする人の波と出ようとする人の動きで混雑を見せていた。
こういう光景を眺めると、時々、入口専用と出口専用があった方が効率がいいのではないかと思いたくなる。
現実は入口と出口は共有しているため、シャウトもナツキも人波を縫って出るしかなかった。
人波を抜けた時にはもう二人ともくたくたになっていた。
「こりゃ、終わった後は大変だね。」
ナツキがシャウトに笑いかける。
二人は階段に座って休んでいたところだった。
「そうだね。いっそのこと帰りが遅くなること覚悟で最後の方にする?」
シャウトは特に帰りを急ぐ用事がなかったので、そうナツキにきく。
ナツキはナツキで少し考えた後、そんなシャウトに同意した。

高校生は慣れている人が多いのか、プログラムの遅れる要因を作るのはほとんどが中学生だった。
一番最初の選手宣誓で、シャウトは相手方の団長に既視感を覚えた。
長い深緑色の髪。鋭い目。
どこで見たのか思い出せないまま競技は始まり、昼食後の応援団の演出を見るまでそのことはシャウトの中からすっぽり抜け落ちた。
昼食後、再びあの深緑色の髪の人物をシャウトは見たのだ。
それは応援団の応援合戦の時であり、その時もシャウトは誰だか思い出せないでいた。
大声で叫ぶ女性の声が聞こえたおかげで、かろうじて名前がバーディだということだけは知ったが、その名前に聞き覚えはない。
「どうしたの、シャウト?」
応援合戦中、関係ない面々はトラックの外にある見学席で自由に座っていたのだ。
シャウトは当然のようにナツキの隣にいた。
「ううん、あの人、なんか見覚えがあるなーって思っただけ。でも思い出せないんだよね。」
シャウトが言う。
「あの人?ああ、バーディ先輩ね。あたしも実物は初めて見たわ。」
そうナツキが言うからには、それなりに有名な人物なのだろう。
「見ているとわかるけど、団長姿がとってもカッコイイらしいよ。それでひそかなファンは多いんだけど…。」
そう言ってナツキは声をひそめる。
シャウトは思わず身を乗り出した。
「目つきがアレでしょ?だから怖くって、結構みんな遠巻きに見つめるだけなんだって。」
その割には、キャーキャー叫ぶ声は途切れない。
確かにその声は一人のものだと言うのにはシャウトも気づいていたが。
「じゃあ、あの叫んでいる人は?彼女?」
それだったらバーディはなぜ必死に彼女の方を見ないように、背を向けるようにしているのだろうか?
そんな様々な疑問を込めた目をシャウトはナツキに向ける。
「ううん、違うらしい。マーメイド先輩と言ってね、唯一そんなバーディ先輩に恐れを見せないのよ。
バーディ先輩の方が困っているようで、いつも逃げ出しているんだって。」
毎度のことながら、どうしてナツキはここまで知っているのかシャウトには謎である。
「バーディ先輩は今高三、マーメイド先輩は高二だから、彼女にとってもこれが見おさめ。だからあんなに必死なのかもしれないね。」
事実マーメイドの声は最初聞いたよりもかなり移動していた。
バーディの姿をはっきりと目に焼き付ける場所を探しているのだろう。
そうこうしている間にも、応援合戦は進行していく。
校庭では、渦中のバーディの熱気が痛いほどに伝わってくるほどの迫力だった。
確かにかっこいい。シャウトはその思いを胸中に秘めた。
あくまでもあこがれであり、遠くからしか眺めることの許されない思いでもあった。

中学一年生のプログラムは玉入れだった。
かごを持って逃げる人数人と、球を入れる人にチームは分かれる。
自分たちのかごに入っている球が少なければ少ないほどいいというのがルールだ。
かごを持つのはすばしっこい男の子ではあるが、コートの大きさが制限されている以上逃げる場所も限られる。
その挙句、四方から球は投げられるのだから、何も考えずにひたすら逃げているように見受けられた。
シャウト達はそんなかごの動きを推測し、球を投げいれるだけ。
焦って投げるよりも、落ち着いて投げた方が入りがいいことに気付いたシャウトは、途中から周りを見る余裕までできた。
すぐそばで一緒に投げているナツキは、ボールを拾えば投げ、拾えば投げ、数撃てば当たると言った感じだった。
実際は、距離が足りなかったり、逆に行き過ぎたり、ちょうど誰もいないところだったり、で、あんまり入ってはいない。
注意して投げないと味方のかごに入りかねないし、現実としては入っているのだろう。
そんなことを思いながらもシャウトは球を投げた。
一試合五分を三セットではあったが、五分はあっという間だ。
投げる方はあんまり動きがないのでいいとして、逃げる方はくたくたになっていた。
球を投げていた少年とかごを持っていた少年が交代する。
「シャウト、結構余裕みたいだったね。」
ナツキが言った。目では玉の数を数える動作を追っている。
「別に、適当に投げても駄目だからどんどん投げるのはあきらめただけよ。」
シャウトも勝敗を左右するかもしれない結果を出すための動作に目が離せないでいた。
体育祭のプログラムとしては、他にも棒倒しや綱引きなどがあり、シャウト達はずっと応援し続けた。
プログラムの終盤、選抜リレーでは三度バーディが校庭に現れた。
いや、その前にも高校三年生のプログラムで出ているはずだが、マーメイドの声が聞こえるだけでシャウトは見ていなかった。
「バーディ先輩って足が速いんだ。」
シャウトが呟く。
「シャウト、見覚えがあるのに知らないの?バーディ先輩はかなりの運動部がのどから手が出るほど欲しがった人材だよ。足が速いどころじゃないんだから。」
ナツキがあきれたように言うが、知らないものは知らないわけで。
今度はシャウトが困ったように首を振るだけだった。
そして、バーディの登場とともに黄色い声は激しさを増す。
応援だけはちゃっかりするらしい。
もちろん、その先陣切って声を張り上げるのは、あのマーメイドではあったのだが。
選抜で選ばれたほかの選手がそんな山に向って、俺たちの応援はしないのかと声を張り上げていた。
どうやら彼女たちは自分のチームではないバーディを応援していたらしい。
あんたが敵う相手じゃないよ、と彼女たちにあしらわれてはいたが。
事実、バーディは速かった。
あまりの速さに、目がついていけないほどだった。
「こりゃ、どの部も欲しがるわけだ…。」
実物を見たナツキも同じ感想だったらしい。

最後は全学年がおこなうプログラムで、ムカデリレーだった。
前後の人と片足ずつ結びつけるこれは、なれないうちは何度足首を痛めたものだろうか。
練習に一ヶ月ほどしか時間が与えられていないため、特にシャウト達新参者にとってはいかに早くチームがコツを会得するかにかかっている。
練習初日から、中学の先輩は時々顔を出していろいろアドバイスをくれるが、実際足を動かすのはシャウト達だ。
時々先輩たちのムカデを見学して学べる技術は学ぼうとした。
それでも高々一ヶ月である。
まだお互い相手のことがよくわからない状態での練習だった。
どこまでその成果が発揮されるのか。
そんな想いを持つのはきっとどこの中学一年生チームも同じだっただろう。
男女それぞれ二組ずつ、一つの学年にはあり、シャウトのムカデは最初の方に属している。
ナツキとは組みが違うので、ナツキがどんな顔でいるのかシャウトには分からない。
ただ、ナツキ達のムカデがプレッシャーで急ぎ過ぎないことを願うだけだ。
そしてそれは、スタートダッシュを期待されたシャウト達のムカデにも同じことが言える。
焦ってはだめだ、シャウトはそう自分に言い聞かせる。
鉢巻を互いの足に結びつける。
合図とともにシャウト達のムカデは走り出した。
なれない動きに足は引っ張られ、痛みを訴えてくる。
タイミングが合えば引っ張られることはないが、十人ほど全員のタイミングがそろうのは難しい。
痛みに顔を歪めさせながらも、シャウトはひたすら前へ、前へと強く思った。
次のムカデにバトンタッチした後は、すぐに鉢巻をほどきトラックの内側で応援に回る。
まだ両の足は痛むが、休ませる時間が長い分、最初に走った方が得だったのかもしれない。
ほかのムカデが走っているところを眺めながら、シャウトはそう思った。
二年生のムカデで、鉢巻がほどけて途中で結びなおさなければならないというハプニングや、一年生のチームでも同様のハプニングを起こすということがあった。
中には倒れてしまい、立つまでに時間を要するチームもいた。
そしてそのまま結果発表となる。

「あはは。さすがと言うべきなのかな。」
ロッカーまでの混雑が落ち着くまで、シャウト達は校庭に残っていた。
ペットボトルの冷たく冷えていたお茶も、今ではもう生ぬるい。
「そうだね。団長の違いなのかもね。」
シャウトも相槌を打つ。
結果はバーディの率いるチームが優勝した。
もちろん、バーディの応援の熱がすごかったこともある。
そして選抜リレーでのバーディの活躍もある。
しかしシャウトから見ては、それ以上に女子生徒の熱の方がすごかった気がした。
そんなチームメイトに対して見返してやるって燃える人もいれば、興が削がれた人も多かっただろうと思う。
「来年、どうなるんだろうね……。」
ポツリとナツキが呟く。
バーディのいない体育祭。
本来それが当たり前のはずなのに、きっと様相は豹変する。
それどころか、自分たちは先輩として入ってくる子にいろいろ教えなければならない。
まだ、自分たちがムカデのコツをつかめていないにもかかわらず、だ。
ただ、一つだけわかったことがある。
高校生と一緒にいると言っても、常に一緒に行動するわけではないということだ。
お互い相手に対して特別に干渉しない。
だから当初思ったほどぎこちなく進行するものではなかった。
始めのうちこそビクビクしていたが、時がたつにつれて楽しむ方に力点が移動する。
変に高校生・中学生と気張らなくても、先輩は先輩、後輩は後輩で変わりなく、それ以外の何物でもないのだ。
相手を高校生だからと意識していては、高校生もそんなシャウト達にどうかかわるか戸惑ってしまう。
中三の先輩と高一の先輩に差はほとんどないにも関わらず、だからなのだろう。
ただ高校生という肩書だけで相手を判断していては、仲良くなることはできないし、妙な壁が敷かれたままだ。
何も変わりはしないのに、肩書ひとつでこんなにも変わるものなのか。
そのことに気づかされた気がシャウトはした。
「まぁ、その時はその時だよね。シャウト、行こっか。」
相槌しか打たないシャウトのことをナツキはどう思ったのか。シャウトには分からない。
「うん。まだ一年あるんだもんね。」
そう言ってシャウトも歩きだす。
二人が向かうのは人の少なくなったロッカー室。
次、こんな大人数がロッカー室に押し掛けるときシャウト達には後輩ができている。
この一年、何が待ち受けているのだろうか。
夕日はそんな二人をただ見守るだけだった。


えーと、あんまり体育祭の描写はないですけどw
そして最後のほうの数行を描くまでに二、三週間くらい間があきましたけど。
シャウトが初めてバーディに出会うのはこういう感じなんじゃないかなぁーって思ったまでです←

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