「えっ〜!!!」
ナツキの大声が、夏海館に響いた。
「ナツキ、声でかい。」
シャウトはそんなナツキをたしなめる。
夏海館はちょうどお昼の忙しい時間が過ぎて客のあまりいない時間帯に入っていた。
今この時も、カウンター席に座るナツキくらいしか客はいない。
「まあ、あたしもここ来て思い出したんだけど。昨日。」
体育祭の後とはいえ、シャウトは店の手伝いをしたのだ。
帰りは遅くなったが、それでもツイストは遅刻だとかそういう風に責めることはなかった。
「こうやってトッピングしたり、席に運んでいたりしたときに、アレって思って。」
はい、ラーメンっと、シャウトはナツキの席の前にラーメンを置く。
「確かに、ここかお葬式の時くらいしか、たくさんの人に出会わなかったから消去法でもそうなったんだろうけど。」
苦笑いしながらシャウトはそう締めくくる。
いただきますと、ナツキは小声で言ってから一口ラーメンを食べた。
「おいしいよ!!これ!!でもびっくりだよ。バーディ先輩がここの客だったんだなんて。」
そう言ってナツキはまたラーメンを口へ運ぶ。
シャウトが思いだしたこと。それはどこでバーディを見たかということだった。
思い出した今となっては、なかなか目立つ容姿でもあるし、忘れていたことのほうが不思議なくらいでもある。
「そりゃ、外でごはん食べる機会が多ければ、いつかは来るでしょ。」
それでも、記憶から抜け落ちていたのはここしばらくは来ていないからだろう。
ほかにお気に入りの店ができたのか、そもそも外食する機会が減ったのかはシャウトには分からない。
「話をしたことってあるの?覚えていてくれたら、シャウト、チャンスじゃない?」
ナツキは興味津々に聞いてくる。
「ちゃ、チャンスって…。話は、最低限のことしかしていないよ、たぶん。お代とか注文とかそういうの。」
ナツキの勢いに若干後ずさりながら、シャウトはそういう。
シャウトが記憶を反芻したところで、お店の仕事で雑談をしたことというのはほとんどなかった。
その代り、幼いころから働いていたので、かなりかわいがられていた記憶だけはある。
その中の一人にバーディもいたのだろうか…?
今となっては思いだすことはできない。
「チャンスだって!!だってシャウトも昨日見たでしょ!あの人を寄せ付けなさそうな目!!」
尻込みするシャウトにたたみかけるよう、ナツキは身を乗り出して言う。
確かにシャウトも、バーディの鋭い眼は見た。
迂闊に近寄れなさそうな、冷たい目だとは思った。
「でもここだったら、おいしそうに食べている顔とか、なんかいろいろレアなもの見られそうじゃない!!」
そして店員のシャウトに対しては冷たい目はしないってきっと、そうナツキは力説する。
たとえそれが偽りの笑顔であっても、穏やかなきっかけがあったほうがその後の関係の構築も悪くはならないはずだと言わんがばかりの気迫だった。
「うーん。遠くから眺める分には確かに楽しそうだけど…。」
話しかけるのはなぁ…そうシャウトは口ごもった。

そのタイミングで、ドアがガラガラ音を立てた。
「いらっしゃいま……。」
せという言葉は、息をのむ音で消えた。
もし、このときシャウトの手に茶碗があったら、落ちて割れていたかもしれない。
ドアの引く音は客が来たという合図。
そしてその客としてきたのは、今さっきまでうわさに上がっていたバーディだったのだ。
シャウトの硬直した姿勢に、状況を察したのか後ろを振り向いたナツキも、バーディと目が合う。
「ほら、シャウトしっかりして。お客さんだよ。」
ナツキはそうシャウトをせきたてる。
内心では、ナツキもそこまで心穏やかではないだろう。
いくらシャウトがなだめたとはいえ、ナツキはかなり興奮して声が大きかったのだから、聞かれていたかもしれない。
バーディはそんな二人に不思議そうな視線を投げかけてから、ナツキから一つ席をはさんだカウンター席に腰かけた。
ちょうど、シャウトはナツキとバーディの間に立っているような格好になる。
「えっと、ご注文は…?」
今までは普通に言えたはずなのに、昨日の今日とあっては緊張して声がうまく出ない。
「ラーメン。」
それに対するバーディの答えは簡素だった。
おそらくナツキも、だが、シャウトはどのようにバーディに話しかければいいか考えていた。
今までは特に意識したことがなかったはずなのに、話しかけたくて話せないこの沈黙はぎこちなく、どこか重苦しい雰囲気を漂わせている。
ナツキに助け船を求めるように、シャウトは視線を投げかけた。
だが、ナツキの答えは首を振るだけ。
彼女もどう話しかければいいのか思いつかないらしい。
距離が一席分あいているということもあるのかもしれないが。
しかし、その沈黙を破ったのは予想外にもバーディだった。
「うちの学校に来たんだってな。」
そうバーディは言った。
「えっ?あ、はい。」
一瞬何を言われたかわからなかったシャウトは、反応が遅れた。
そして、バーディがシャウトの入学を知っていることに驚きを覚えた。
「そうか。ずいぶん大きくなったな。で、そっちは?友達か?」
ほんのわずかな間とはいえ、バーディは過去を懐かしむような優しげな眼をシャウトに向けた。
バーディは確かにシャウトのことを知っていて、かわいがっていた一人だったのだろう。
「ええ。同じ学校の。」
「ナツキといいます。よろしくお願いします。」
話題が自分に向けられていることを察したナツキがそう自己紹介する。
「シャウトとはクラスが一緒なんです。先輩はこの店、よく来るのですか?」
ナツキはバーディに臆することなく話しかける。
バーディの表情が前日ほど硬くないのは場所のせいなのだろうか。
「そうだな。一時期はよく来ていたが、忙しくなってからはほとんど来ないな。」
少し思い返してから、バーディはそう答えた。
そのタイミングでラーメンができたので、シャウトはバーディの前にラーメンを置く。
そのあとバーディはラーメンを食べ出したので、もともと口数が少ないのがさらに減った。
ナツキはその様子を見て、自分の手が止まっていたことに気付き、あわてて残りをかきこんでいた。
シャウトには、疑問ばかりが残される。
「あの…なんで私の入学を知っているんですか?」
入学式はお店を閉めていたこともあり、バーディがこれそうな時間帯は大体シャウトが働いている。
そうでなくとも、普段めったに話さないツイストだ。
娘がどこの学校に通うことになったという話をするとは想像しにくい。
シャウト自身は自分がどこに入学するかは話したことがない。
「ああ?」
シャウトの質問が予想外だったのか、バーディは目を大きく見開き呆けた声を出した。
バーディ先輩もそんな顔するんだとシャウトとナツキが思ったのは余談である。
「お前のことを気にかけているのは一人だけじゃないってことだ。」
そう言ってバーディは席を立つ。
ほらと渡されたお金はラーメン一杯分の値段。
しばらく来ていないとはいえ、値段は覚えていたらしい。
バーディはドアを開け、出ようとしたところで立ち止まった。
「何かあった時はいつでも言いに来ていいからな。」
振り向き、それだけ告げる。
後はドアの閉められる音がお店に響くだけだった。
ナツキとシャウトの二人しかいない店に戻った。

「気にかけているって…。そういえばシャウト、お母さんいないんだっけ。」
硬直が解けたように、ナツキがそう言った。
もちろん自己紹介などでシャウトは母親がいないことは一言も口に出していない。
しかしもうすでに、一部の人の間ではシャウトには母親がいないということがうわさとして広まっていた。
プライベートのことは詮索しない主義だとナツキは言っていたが、うわさとして流れている以上、ナツキの耳にも当然入っていた。
「うん、事故で死んじゃったんだ……。」
久しぶりに思いだす、その時の思い出。
今でも胸をチクリと刺す思い出だ。
「お店の常連さんとかは結構知っているんだ。お母さんのことも知っていたから。」
思いのほか、さびしげな声がシャウトの口から出た。
おそらくバーディもその一人。
そしてバーディ以外にも、身近にそのような人がまだいたのかもしれない。
シャウトが気付かないだけで。シャウトが、自分の中に無理やり閉じ込めてしまったために。
「シャウト、大丈夫?泣いているよ?」
一滴の涙が、シャウトの頬を伝った。
母親を失った傷に、いまさらながら触れたからだろう。
「シャウト、あたしに話せないならあたしに話さなくていいよ。
でも、バーディ先輩とか、シャウトのお父さんとかはきっと同じことを想っていたと思うんだ。
だからシャウトはそういう人に話を聞いてもらっていいんだよ。だって、シャウト一人じゃないんだもん。」
言葉を模索するように、ナツキが言った。
ナツキも、シャウトの涙の意味がわかっていたのだろう。
「うん、ありがとう。でも、正直、あたしもよくわからないんだ。」
胸が苦しくて、痛くって、それでもこの感情に名前がつけられない。
「それでもいいと思うんだ。あたしよりも、的確にわかってくれると思う。」
ナツキはそういった。
彼女が友達でよかった、この時ふとシャウトは思った。
それから、バーディとナツキのお椀を洗い終えたシャウトは、ナツキと店を出た。
ツイストは帰ってきていた。
これからしばらくは客のあまり来ない時間帯でもある。
せっかくだから友達と遊んできなさいというツイストの計らいもあって、ナツキと外に出ることができたのだ。
おそらく、シャウトの目が赤くなっていることにツイストは気付いているだろう。
今までは気付かなかったが、もしかしたらそれがツイストの優しさだったのかもしれない。

いつか、話す時が来るのだろうか。話せるようになるのだろうか。
もしかしたら、お母さんもそれを望んでいるのかもしれない。
空を見上げながら、シャウトはそう思った――。


体育祭の翌日編。ちなみにツイストさんはアインと会ってきたと思う。
バーディは一段落ついて、ようやく夏海館に足が運べるようになったと思う。
(入学式前日に言われて以来、ずっと行く機会だけはうかがっていたに一票)
本当は、バーディがここの常連だったことは口止めを頼むつもりだったのに(お店に押し掛けが来たら迷惑をかけるだろうし嫌だったから)なぜかここは完全カットになりました。
タイトルが一個前と正反対なのは完全なるわざとですw

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