思い出せよ。

それは、レッドがイエローを家まで送っていた時のこと。
前を歩くのがレッド、後ろからついてくるのがイエローで、たわいもない会話をしていた。
その時だった。急にイエローが叫び声を上げたのは。
「イエロー?!!」
びっくりして振り返ったレッドの視界に映ったのは、おそらく足を踏み外したのであろうイエローが階段を滑り落ちるところだった。
そしてそのままレッド自身のところへ向かっている。
こりゃぶつかるぞ、と思いながらも、レッドは動けずにいた。
まるで金縛りにでもあったかのように、レッドの体は微動だにしない。
一瞬ののちに、視界が真っ暗になり、何かがぶつかった衝撃が来た。
倒されることはなかったが、レッドはその勢いによってしりもちをつくこととなった。

「うーん。頭を強く打っているみたいね。たぶん大丈夫だと思うんだけど……。」
レッドは意識の戻らないイエローを負ぶって彼女の家まで連れて行った。
幸い、イエローがカギをどこに置いてあるか知っていたので、すんなりと中に入ることができた。
そして今、彼女はたまたまオーキド博士のもとに帰ってきていたナナミの診察を受けている。
「そう、ですか……。」
自分でもわかるくらい、その声には陰りを帯びていた。
自分が傍にいながら、送りに行くと言って自分は何をしていたのだろうか、後悔と自責の念が募る。
「もう過ぎたことなんだから、いつまでも後悔していちゃだめよ。今できることを考えて、それを実行しなきゃ。
後悔はいつでもできるけれど、後悔しても何も変わらないよ。悪いと思うなら、少しでも彼女のために何かしてあげなさい。」
ナナミはレッドの肩に手を置いて、覗き込むように言った。
そして、ねっ、とほほ笑んだ。レッドもそれにつられてほほ笑む。
「はい。」

とはいえ、何をすればいいのかレッドにはわからなかった。
ピカは心配そうにイエローの様子を見ている。
「うーん、何かやることのヒントぐらい教えてくれてもいいのに。」
レッドはレッドで、イエローのそばに座って考え込んでいた。
「ま、グリーンがいなくてよかったよな。いたら、お姉さんお姉さん、うるさそうだ。」
そう言って苦笑する。
「とりあえず何するっかなー。一応手当はやってもらったし。変えるにしてももっと後だろ。」
気持ち良さそうに寝ているというのかわからないイエローを一瞥してつぶやく。
「さて、片づけかたづけ。それから飯だよな、やっぱり。」
そう言って、レッドはキッチンへと消えた。
そもそもイエローの家は片づけするほど汚れてもいなければ、片づけるためにキッチンへ行くのもおかしなことだと抗議したげな視線をピカが投げていたのは余談である。
そしてどこから見つけ出したのか、レッドの作る食事がインスタントだったことも余談である。

「どう?イエロー起きた?」
そう言ってブルーが訪ねてきたのは事件から二日後のことだった。
「一応、姉さんから薬預かってきた。」
そう言ってグリーンも入ってきた。
グリーンの話によると、イエローの病状を聞きにブルーがグリーンの家を訪ねたらしい。
そしてちょうどその時、グリーンはナナミから薬を託されたそうだ。
「どうって、まだ寝てる……というのか、これは?!もう二日も動いていないんだぞ!!」
だんだんたまってきたナニカが爆発してきたような返事になっているが、レッドはそのことに気付いていない。
「なあなあ、このままイエローが死ぬとかそんなことないよな??」
おそらく、レッドのすがる相手は間違っているのだろう。なぜなら、レッドの視線の先にいたのは……
「ちょ、ちょっと、縁起悪いこと言うんじゃないわよ!!」
離れなさい、とでもいうかのように、レッドの手を払うブルーだった。
「とりあえず物食わせているんだし、飲み物飲んでいるんだし、大丈夫だろ。息もある。」
いつの間にかイエローのところまで移っていたグリーンが言った。
手をイエローの頭の横について、自分の片耳をイエローの口の近くに置いた姿勢だ。
視線の先にあるのは、イエローの胸のわけなのだが、それが上下に動くことで呼吸をしているか確認しているのだ。
「ってか、救急救命法とか学んどけ、レッド。」
レッドが勘違いしていそうだな、と心底あきれた様子でため息をついたグリーンが言った。
「きゅ、救急救命法って……人工呼吸?」
「その短絡思考はどうにかしろ。」
パニックに陥るレッドをばっさりと切り捨てた。
「まあまあまあまあ、」
割って入ってきたのはブルーだ。こういうとき、仲裁に入れるのはブルーくらいだろう。
「レッドも丸二日看病して疲れているんだろうし、少しは休憩しなよ。せっかくグリーンが来たんだから。」
「えっ?グリーンがって、お前は…?」
「アタシ?アタシはこれからシルバーとランチ。」
音符マークがつきそうなほど、浮かれた様子。
「イエローの様子を見に来ただけだし。一応送り出した身としては。それに大人数でいてもイエローも迷惑でしょ。」
イエローがレッドに会った偶然もさることながら、もしかしたら、一番イエローの運命を変えたのはブルーと出会ったことなんだろう。
ブルーと出会うことで、否応なく外に出ることになり、そしてレッドと関係のある人と親交を深めることになった。
点と点の存在が、レッドという線でつながる・・・・・・
そしてその線の先が手繰り寄せた未来。
おそらくブルーは、そこに多少の責任を感じているのだろう。
「それじゃ、アタシはもう行くから。」
イエローによろしくね、そう言ってブルーは出て行った。
一瞬でも見直した自分が馬鹿だった、とレッドは思わずにはいられなかった。
「それじゃ、とりあえずオレがやっておくからお前は休んどけ。疲れたお前の顔を見たら、イエローが罪悪感覚えるだけだ。」
「ああ、ありがとう。けどな、そばに居させてくれよ。」
「好きにしとけ。」
レッドはイエローの横に座り、その手を握った。
安らかに眠るイエローを見ていると、急に睡魔が襲ってきた。
ああ、そういえば、最近まともに寝ていなかったっけ・・・・・・そう思いながらレッドの意識は途切れて行った。

「ったく、仕方ないな。」
レッドの上に毛布をかぶせてあげながら、グリーンがつぶやいた。
おそらく、レッドはずっと神経を張り詰めていたのだろう。
それが、休んでいいという安らぎを与えられたことで、一気に弛緩したのだ。
「ここまで自分を責めなくてもいいとは思うのだが・・・・・・」
それがレッドらしい。自分が愛した女のために、一生懸命になるのは。
まあ、レッド自身はまだ自分の気持ちに気付いていないみたいだが。
いろいろあったけれど、レッドは大事な幼馴染だ。
そしてイエローは、大事な教え子でもある。
大事な二人だからこそ、幸せになってほしいものだと、柄にも合わずに願う自分がいる。
もちろん、ほかの図鑑所有者たちも大切な仲間だ。巡り合いという数奇な運命に感謝はしている。
・・・・・・している、が。
何か嫌な予感がする。
いいことばかりではない。いやなこともたくさんあった。
それでも、仲間と乗り越えてきた。そこに、亀裂が生じるような・・・・・・
ふー、とグリーンは息を吐いた。
考えても、仕方のないことなのかもしれない。
「さて、どこぞの誰かさんとはいかなくても、昼食ぐらいは用意するか。」
そう言ってグリーンはキッチンへ向かった。
その様子をピカが一部始終見ていたことは言うまでもない。

食事ができた後、グリーンはレッドを叩き起し、二人で昼食となった。
午後はまた寝ていいから、とグリーンは言ったが、結局レッドは寝ることはなかった。
なぜなら・・・・・・・
「ん・・・ん〜・・・」
丸二日間、動くこともなかったイエローが、ついにもぞもぞと動いたのだ。
「「イエロー!!」」
レッドとグリーンは、食事もそこそこにイエローの元へかけた。
ほんの数秒でたどり着き、
「あれ、ここは・・・・・?」
寝ぼけ眼の少女が体を起こしキョロキョロさせた。
「イエロー、よかった・・・・・・!」
イエローを抱きしめたかと思うと、そのまま崩れ落ちながらレッドが言った。
「いえろー?それ、私の名前……?」
目をパチクリさせて、状況をうかがえない少女。
すぐに顔が引きつって、白くなるグリーン。
レッドは、イエローが起きた嬉しさからか、聞こえていないご様子。
「まずいことになったな・・・・・・。」
小声で、グリーンはつぶやいた。
「なにも、覚えていないのか?」
目線をイエローに合わせてグリーンが聞く。
イエローは困ったように、頷く。
「こいつも、覚えていないのか……?」
それはグリーンにとっても一番怖い質問だった。
聞く声は震えていて、答えは聞きたくなかった。
イエローは悲しそうに頷いた。
「ごめんなさい、本当に何も、覚えていないんです。」
こんなに喜んでくれているのに……と申し訳なさそうに言うイエロー。
ここでようやく、レッドはイエローが記憶喪失だということに気付く。
「そっか。俺はレッド。マサラタウンのレッド。そして君はイエロー。トキワの森のイエローだ。」
何事もないかのように、大丈夫だと言いたいかのように、レッドは明るくふるまう。
悲しさや悔しさは、胸の内にかくしているだろうということは容易に想像がついた。
一瞬見せた、顔の陰りは、何よりもその証拠ではないか。
「俺はグリーン。やはりマサラタウン出身だ。」
もう、レッドに助けてもらったことも、レッドを助けに旅に出たこともわからないのだろう。
イエローが気付いたことに気付いたのか、ピカがかけてきた。
「ピカ!」
イエローに抱きつく。
「あ、ピカチュウ。」
イエローはピカを抱きしめた。かわいい、と顔をほころばせて。
「そいつはピカ、俺のピカチュウだ。」
レッドが言った。内心、ピカという愛称ですら忘れられていたことがショックだった。
「それはそうと、お腹すいただろ。食べ物持ってくるからここで昼食を再開しようじゃないか、レッド。」
「ああ、そうだな。」
イエローのことはピカに任せて、男二人はテーブルを運び、料理を運んだ。
食事をしながら、お互い相手のことを軽く話す。
記憶がない相手である以上、無理に思い出させようとすると記憶を再構築させかねない。
そのため、イエローにまつわる話は、だれの目からもわかる“事実”に押しとどめて、それ以外のことも、“事実”以外は極力話さないようにした。
イエローがワタルとどのような戦い方をしたのかは知らない。
だから、イエローはワタルと戦って、勝ったんだという事実しか告げない。
どんなに自分たちはイエローのことを知らなかったんだろう、と今更ながらに思い知らされる。
知っているつもりでいたのに、本当は全然知らなかった。
「グリーン、俺たちって、肝心なところで役立たずだよな。」
ほんの数分前に初めて会った人相手に平気でいられるわけがない。
現に、今のイエローの顔は信じるべきか否かの困惑と“知らない人”に対する恐怖で彩られている。
「ああ・・・・・・、お前がそこまで腑抜けだとな。」
相変わらず、グリーンはばっさりと切り捨てる。
イエローは、おそらく自分が関わっているのだろうと推察しながらも、どうすればいいか分からずにおどおどしている。
「ま、イエローが目を覚ましたことだし、俺は姉さんに伝えてくるから。」
「あ、こらグリーン待てっ!!」
そうこう言っている間に、イエローの家に残されたのはレッドとイエローの二人。
昨日までは当たり前だったはずなのに、意識のある、記憶のないイエローと二人っきりというシチュエーションにレッドは複雑だった。

やっと、あわただしい一日が終わろうとしていた。
レッドは、帰るべきかそばにいるべきか悩んでいた。
そばにいたいと強く願うから、悩むのだ。
病人とはいえ、意識の戻ったイエローは、自分で自分のことくらいある程度はできる。
いや、むしろ、見ず知らずの人に手伝われたくないと願っているかもしれない。
やっぱり帰ったほうがイエローのためなのかなぁ…と思い、レッドはイエローに声をかけようとした。
しかし、レッドの視界に映ったのは、気持ち良さそうに眠るイエローの姿だった。
「なんだよ。」
人知れず、レッドがつぶやく。
「俺が悩んでいる時に気持ちよく寝るんじゃねぇ。」
それはやつあたりだということを自覚して。
つい先日までは、レッドさん、といつも追いかけてきて。
様々な表情を見せてくれたというのに。
何で追いかけてくれないんだよ。
何でそんな安らかな顔を見せてくれないんだよ。
何で俺のこと忘れるんだよ。
俺がどんな想いで、起きるまで待ったというんだよ。
そんなことを言われても、きっと今のイエローは戸惑うだろうけれど。
――そんな君も、いつもの君で見てみたい。
って、何考えているんだ、俺。
と、我に返ってレッドは焦る。
何か胸の奥がすっきりしない。
むしゃくしゃして、何かをめちゃくちゃにしたい。
ナ ニ ヲ メ チャ ク チャ ニ ス ル ?
そばにいるのは、記憶を失ったイエロー。
なぜ、イエローを見ているとこんなに落ち着かない?
答えは簡単だった。
俺のことを、覚えていなかったからだ。
ほかの人のことを忘れているのはまだいい。
俺のことだけは覚えていてほしかった。
それがどんなにわがままで自分勝手な願いなことか。
わかっているのに、許せなかった。

しかし、
ふと、レッドは思った。
なぜそこまでイエローに執着するのだろう?
たとえブルーがレッドのことを忘れたって、ここまで不快になるだろうか。
おそらくしないだろう。グリーンがイエローの現状を知っても冷静だったように。
そらなら・・・・・・
イ エ ロ ー ハ オ レ ニ ト ッ テ ノ ナ ン ダ ?
間髪を容れずに、答えは自分の頭から返ってきた。
そうか、と思う。
俺はこんなにも、イエローのことが大事だったんだ。
イエローが傍にいることが当たり前になっていて、すっかり忘れていた。
かけたら痛いものだなんて、ずっと認めるのが怖かったのかもしれない。
認めてしまったら、イエローを束縛しそうだったから。
のびのびと、自由にしているあいつが好きだったから。
なあ、イエロー。
俺にお前を縛る権利なんてないのは分かっているけれど。
だけど、頼む。
――思い出してくれ。


みんなキッチン好きだなーwww(ぁ
なんかグリーンが別人ですみませんでした。
五月雨の中では、グリーンは「考える人」です。よく考える子www
それと、グリーンとシルバーは若干シスコンが入っています。あくまでも若干。(笑
そりゃー、グリーンなんて、マサキさんをたじろがせちゃうくらいなんだし、ねぇ?(笑

ってか、ここで終わるのっ?!
って感じの終わりですね。
すみません。
しかも、途中からレッド視点に切り替わっているしorz
すみません、修行してきます(汗
えーと、おそらく続きます。保障はできないけど。
この話は、ただ単に、レッドが、自分にとって“イエローという少女がどんなに大切なのかを知る”というコンセプトだけで書いたものです。
だからはじめから、知ったところで終わらせるつもりでした(ヲィ

とゆーか、「僕だよ。」(→ポケモン絵本プロジェクト様への投稿小説参照)で、記憶喪失ネタはもう飽きたというのに…(汗
なんでまた記憶喪失なんでしょう?(汗
さーて、今度はどうやって思い出すのかしら…○| ̄|_

戻りませう