Another Story of Lipstick

珍しいものを見た、と言うのだろうか。
久しぶりに見た、と言うのだろうか。
佐知子は、あの時駅で見た人物は昔自分が好きだった人物だと断言できる自信があった。

その人物は、左目が燃えるように赤い色をしていた。
もしかしたら、最初に見た赤い眼が彼だったら、佐知子は彼の彼女になれたかもしれない。
そんなことを時々考える。
彼は佐知子を拒絶したのではなく、佐知子が彼の眼を拒絶したのだから。
そのあともたくさん恋をしてきたけれど、佐知子はこの左目の彼を忘れることはできなかった。
それほどまでに、強烈な印象を与える赤い左目。

――まさかこんな所で再会するとは。

彼の方が気づいていないのがせめてもの救いだろうか。
中学卒業してから一度も会っていないので、五年以上間が空いたことになる。
男の子のこの期間はとても長いだろう。
あのころはまだそこまで背は高くないはずだったのに、今では男の人の中でも高い方なのでは、と佐知子は思う。
すっかり身長も、体格も男らしくなった。
トクン、佐知子の心臓が鳴る。
その彼は佐知子の隣の柱で立っていた、ミニスカートの女性に声をかけていた。
彼女は佐知子と同じくらいの年にも見えるし、若干幼くも見えた。
そんな人物が、彼に声をかけられて、パッと嬉しそうな表情になる。
彼女は、彼を待っていたのだろう。
不思議と佐知子はその光景を冷静に見ることができていた。
鼓動が速くなることもなく、あのころの恋を過去のものとして消化していたようだ。
彼女の方が彼に何か言う。
彼の顔が少し不機嫌な色を帯びる。
不機嫌ながらも、優しさの見える顔いろだ。

――なんだ、そんな顔もできるんじゃないの。

佐知子はそう思った。
二人の仲がとても親しそうで、彼女は、彼の彼女なのだろう、佐知子はそうすんなりと認めていた。
よかったと安堵する自分の姿に、思わず母親なのかと苦笑をこぼす。
彼に、ちゃんと彼を理解してあげられる女性が現れたことに純粋に喜ぶ自分に驚きつつ。
二人が移動し出した。
もう見れないのが惜しくて、また会いたいと思いながらも足は動かなくて。
佐知子はずっと視線を、見えなくなるまで追い続けた。
一度、彼女の方が振り返り、視線が合う。
しかし、何も話すことなく別れた。
彼女が何度か彼の腕をつかもうとして、それでも二人は腕をつながない。
初々しいのか、不器用なのか。佐知子は心の中で彼女に頑張れとエールを送った。

今日は面白いものが見れた。
たまには早めに来るのもいいのかもしれない。
温かい気持ちに包まれながら、佐知子は柱に寄りかかり、彼氏を待つ。
あの二人のように、あたたかい二人でいられるように、そう願いを込めて紅を引く――。
当初の予定にあった、佐知子サイドの物語。
だけど、当初以上に話をカットしているので、結構短いです。
ファーストフード店で見かけるとか、サンシャイン通りで遭遇するとかありだろうなって思ったんですよ。
後は、彼氏さんが実際に登場して云々とか。
まぁ、こんな感じで納まって、それはそれでいいのではと思いつつ。

戻りませう