「一、二、三、四……。」
外を見つめる少女の、数を数える声が聞こえる。
少女の視線の先にあるのは、黒くたちこめた雲とそれを眩しく照らしつける光の瞬き。
「昔と、変わらないな。」
少女の隣で外を見ていた青年が、そんな少女の姿に対して言う。
「?だって、蒼紫様が言ったんだよ?」
そう言って少女は視線を隣に立つ青年に移した。
「そうだったか?」
少女の予想外の答えに、蒼紫と呼ばれた青年は驚きの表情を見せる。
感情をほとんど見せない蒼紫には、珍しい仕種(しぐさ)だ。
今度は逆に少女の方が驚きを見せた。
「うん。蒼紫様、忘れたの?」
小首を傾げる姿は、彼女のかわいさを引き立てていることに少女は気づいていない。
「ああ。すまない。」
青年はそう言って少女の頭に手を載せる。
そして少女の頭を優しく撫でまわす。
それは、少女がずっと昔のことを覚えていたことに対してなのか、自分が忘れたことに対してなのか分からない。
少女の方は少し気恥ずかしさと、うれしさで頬を染めながらも、なされるがままになっていた。
やがて、少女は青年の忘れた過去について話し始めた。

あたしがまだ小さい時、今日みたいな日が怖かったの。
だって、ピカッって空が急に明るくなったと思ったら、ゴロゴロ大きな音が鳴るんだよ?
おまけに、外にいることが多かったじゃない。
野宿の時とか特に、いつ落ちるかとハラハラしたなー。
それで、家族が誰もいないこともあって、いつも蒼紫様のところに行っていたんです。
今思い返してみれば、あの時の蒼紫様は御頭になったばかりで忙しかったから、あたし、かなり邪魔していたんですね。
まぁ、それで、普段なら般若君がすぐに気付いて連れ返していたんですけれど、あの日は般若君たちも忙しくって。
あたしはしばらく、蒼紫様の近くで怖い怖い言っていたんです。
その時だったかな。蒼紫様が、
「操、光ってから鳴るまでの時間を数えるんだ。これは修行だぞ。」
って言ったんです。
修行って言われて、あたし、早く強くなりたかったから、そのあとからずっと数えるようになって。
だんだん数えていると、大きい数を数えるのが億劫になって、早くならないかなーって思うようになって。
何か数えていると、早くならないかなってワクワクするようになったんですよね。
おかげで怖い思いは克服できたし、あのあとも修行だからって数えているんですけれど……。
結局何の修行なのか、いまだに分からないんですよねー。

そこで少女の話は終わった。
「そういえば、そんなこともあったな。」
青年は懐かしむようにそう言った。
実のところを言えば、青年にとってこのエピソードは忙しさに追われていた中での出来事にすぎず、すっかり忘却の彼方にあった。
そんな、取るに足らない出来事を少女が後生大事にしていたことに驚きもある。
だからこそ、自分から興味をそらすために口をついた話だということがはばかられた。
そう、なれない御頭業に忙しい蒼紫は、自分から興味をそらすためだけにそんな話をしたのだ。
こうすれば、操はしばらく自分に構ってこないだろう、そういう打算のもとに。
そのため、何の修行か説明しなかったことも、あとで教えるという約束もすっかり記憶から消えていたのだ。
もちろん、数えることに意味はある。蒼紫としたところで、無意味なことを操にはさせていない。
「一つは、時間を正確に刻むことだ。」
数えることの意味について、蒼紫は口を開いた。
隠密業において、時刻というものを知る手段がとれないときでも、任務に集中しているときでも、どんな時でも正確な時刻を把握しなければならない。
特に、多くの敵を相手にしていたり、相手の話を必死に聞いていたりする時は、時間感覚が狂いやすい。
予想以上の長いは時として危機を招くこともある。
「正確な時間の長さを分かれば、数えなくても大体の時間が分かるようになる。」
青年の説明に、少女は刻々と頷く。
どうやら、青年が少女を追い払うためにその話をかつてしたなんて露にも思っていないようだ。
「もう一つは、天気の変化を読むためだ。」
雷の鳴るときにおへそを出していると雷様におへそを取られてしまうという話をよく聞く。
これは寝冷えを防ぐために子供を脅す言い方であるが、この古人の雷に対する扱いを見て分かるように、雷と言うのは恐れるべくものだ。
特に、山中を歩くことも多い青年たちにとって、身近な場所での落雷と言うのは脅威以外の何物でもない。
だが、雷の音が聞こえたからと言う理由だけで、仕事を投げ出していいわけでもない。
「光ってから、音が聞こえるまでの時間が長ければ長いほど、雷は遠くで起きていることが分かる。
それがだんだん近づいてきていたり、近くに落ちている時はすぐに避難場所を探す。
遠ざかっていたり、近づく気配のない時はそのまま任務に就く。」
それが、青年たちの生きてきた世界だった。
「そっかー。それだったら、時間が長ければ長いほうがいいんだね。」
少女は納得した表情で、うんうん頷く。
さすが蒼紫様〜と関心すらしていた。

「あ、蒼紫様、虹だよ!!」
少女が目一杯腕をのばして雲の切れ間を指差す。
いつの間にか夕立も去り、日が射してきていた。
「そうだな。」
青年は少女の指の先にある虹を、もともと細い目をさらに細めて見ていた。
青年の瞳に映るのは、陽光を浴びて眩しいくらいに輝く少女と、その指の先にある儚い虹の姿だった。

そんな、夏の一コマ。
誰がなんと言おうと、五月雨は雷が鳴ると絶対に数える人です。
雷の日に毎回、このことをネタにして話をかきたい!と思っていたので、ようやくかけたーって感じですか。
キャストは正直誰でもよかったんですが、なんか蒼操でふと思ったので。
まぁ、ただ、雷が光ってから鳴るまで数える話が書きたかっただけなので短いです。
操ちゃんは蒼紫様がらみだと何でも覚えていそうですね^−^
蒼紫様は結構いろいろ知っているから、実はちゃんと雷の落下地点まで半径何メートル離れているか知っていそうですね。
今回は意図的にその話には触れませんでしたがw

戻りませう