ファーストキス

ここは神谷道場の一角。
とても賑やかな話声が聞こえてくる。
それもそのはずで、久しぶりに日本に戻ってきた左之助との再会のため、集まってきたのだ。
目的の方は、からかうため、そのつらを眺めるため、純粋に再会を楽しむため、と人それぞれである。
そして、この場にいるのは、左之助と神谷道場にいる緋村一家のはもちろん、弥彦・燕・恵・操・蒼紫と、いつぞやの花見のメンバーがそろっている。
「なぁ、お前ら、“ふぁーすときす”っていつだったんだ?」
話が一段落ついた時、左之助がそう話題を変えた。
「「「ふぁーすときすぅ〜?」」」
「…ってなぁに?蒼紫様。」
女性陣の驚きの声が重なり、そのあとから操だけの疑問の声が続く。
操の純粋な視線がじっと蒼紫に注がれているのだから、蒼紫にはたまったものではない。
一瞬言葉に詰まったような、わずかに眉をあげて驚きを示すものの、観念したのか、蒼紫は口を開いた。
「最初の接吻と言うことだ。どうしてまた、こんな野暮なことを聞く。」
操の問いに答えてから、蒼紫は左之助に問う。
「いやー。旅に出ていたときにそういう機会が多くてさ。ふとお前らはどうかと思って。まぁ、まだのやつもいるだろうけど。」
「そりゃー、剣路はまだよ。」
息子を抱えた薫がそういう。
自身について何も言わないのは、もしかしたら剣心が初か?
「ま、剣心は薫の前にも妻がいたんだから、もっと前だろうな。」
ちらっと横に座る燕の顔をうかがってから、小さく、俺はまだだけどよぉと付け加えるのは弥彦。
それが聞こえたのか、燕は頬を赤く染めて、うつむいたきり口を開かない。
「女狐は?」
そう言って、左之助が話題を振る。
「あらー。私は、職業上、そういう機会が多くてよ。」
なぜか恵はオホホホホと高笑いし出した。
それを聞いて左之助は面白くない顔をするから、案外恵みのもくろみどおりなのかもしれない。
「あたしは…小さいときに、爺やに欧米ではこうするもんだって、頬にせがまれたから、たぶんそれが…」
「いや、操の初は俺だ。」
操が言いだした言葉を、最後まで言い終わらないうちに蒼紫がさえぎる。
相変わらず言葉はそっけないが、内容は意外を通り越してコメントしづらい。
その言葉に、その場の全員の視線が蒼紫に集中した。
「えっ?あ、蒼紫様なんですか?何で…。」
そう言いながらも、操は頬を真っ赤にして、両手を当てている。
ポッと照れる様はまさに、恥じらう乙女と言ったところか。
誰もが興味深々と言った風情で蒼紫をじっと見つめるものだから、蒼紫は口をはさんだことを小さく後悔した。
「ま、操が覚えていないのは無理もないことだ。それに、口唇同士を合わせるだけのことをさしていいのなら、だ。」
蒼紫様とのを覚えていないなんて一生の不覚、と一人で自分の世界に入りだした操をチラッと見てから、蒼紫はそう言葉をつづける。
「口唇?難しい言葉使うなぁ。接吻って、唇同士を合わせることじゃないのか?」
眉をしかめて弥彦が言った。
「入れていいんじゃないの?」
相変わらず、高笑いの恵が言う。
恵には、蒼紫のエピソードが推測ついたようだ。
「それは、どうして?」
野次馬根性丸出し風情に薫が食いつく。
実際興味があるのはほかにも多いらしく、蒼紫は思わず身を引いた。
ちなみに最先鋒にいるのは操である。
自分の知らない、蒼紫とのエピソードなら何でも知りたいようだ。
「そう期待するものでもない。操が四歳くらいの時、川でおぼれただけだ。」
そっけなく蒼紫は言った。
「あっ!だから、般若君、あたしが川に近づくことだけは許してくれなかったんだ!」
ポンと手を打って、操が納得する。
「なるほど。女狐も同じ口か。」
「あら、よくわかったわね。思ったよりも馬鹿ではなかったのね。」
左之助の言葉に、少し驚いた風の顔を恵はした。
もちろん、左之助の方は不貞腐れている。
「えっ?あっ!」
左之助の言葉についていけなかった薫も、恵の職業を考えてようやく合点がいく。
「人工呼吸ね!」
薫のこの言葉で、残り理解できていなかったメンバーも理解した。
ちなみに剣心ははじめからわかっていた口で、剣路にいたってはいまだに理解していない口ではある。

そんなところで、このファーストキスの話題はいつの間にか終わっていた。
せっかくなので、操が四歳の時の話を少ししよう。
「般若くーん!お水すごーいよー!!」
この日、操の遊び相手は般若がやっていた。
こっちこっち!と走り回る少女を、般若は少し離れたところから優しく見守っていた。
もっとも、般若面からその表情が読み取れないから優しいかどうかは分からないのでは、という疑問は野暮だ。
彼がまとう空気を見れば、誰もが優しい表情をたたえていることを容易に想像できるだろう。
このくらいの距離なら、操にもしもがあってもすぐに駆けつけることができる、そう判断しての距離を取っていた。
普段だったら、それでよかったのかもしれない。
だが、雨上がりの川の水流が激しいことを失念していたのは、般若の失敗だったのだろう。
手をブンブン大きく振った操は、そのままぬかるみにとらわれ、川に転落した。
「キャッ!!!」
その悲鳴を最後に、操の姿は消えた。
「操様!!!」
般若の悲壮な声が響く。
すぐに川にたどりついた般若は、しかし操をとらえることはできなかった。
操の姿も、川に沈んでみえない。
流れは激しく、確かに操の言うとおりすごいものだった。
般若はためらうことなく川に飛び込み、操の姿を探す。
経験と勘からすぐに見つけることはできたが、この時すでに操の呼吸は止まっていた。
操を抱え、水面から顔を出すと川岸に式尉がいた。
「般若どうした!」
川のなかほどにいた般若に向かって大声を出す。
しかし、その式場の顔も、般若が抱えた操を見て一変した。
般若は見えなかったが、その後ろから血相を変えて走ってくる蒼紫と残りのメンバーもいた。
「御頭!」
式尉が後ろに叫ぶ。その意図に、蒼紫も理解している。
式尉は川岸に近づいてきた般若から操を預かり、手頃な乾いた陸地に操を横たわらせる。
すぐに駆けつけた蒼紫が操の状態を確認する。
式尉は般若が上がるのを助け、べし見は燃やす物を探し、ひょっとこはそれを操の近くで燃やす。
そして蒼紫は――
呼吸が停止していることを確認した蒼紫は、迷わず人工呼吸をおこなった。
上がってきた般若に心臓マッサージを命じ、自分は人工呼吸をつづけた。
ちなみに式尉はタオルを取りに戻っている。
五人のチームワークが迅速なだけあって、操は一命を取り留めた。
体が冷えないように、式尉がタオルを巻いてあげ、操はべし見とひょっとこが起こした火に温まる。
そのあとから、般若は操が川辺に近づくことにうるさくなったのだ。
絶対に自分が隣にいなければ近づいていけない。一人で行ってはいけない、と。
生死の淵をさまよったのだから、当然の結果なのかもしれない。
操自身は、幼かったのと気を失っていたのとですぐに記憶から消えていた。
だが、操を喪うかと思った恐怖を味わった残りの五人は、いつまでも忘れ去ることができなかった。
そう言う話だ。
いかがだっただろうか?

ちなみに後日蒼紫が語ったところによると、蒼紫にとっての初もその時だったそうな。
えっと、左之助がみんなにファーストキスがいつかって聞いて、それで思い思いに語る話で、操のファーストキスが翁にせがまれたやつではなく、実は蒼紫とで、しかもそれが人工呼吸だった、という話が書きたかっただけです。
個人的には、恵さんは人工呼吸の機会によく出くわしている気がします。と言うか、キスにまつわるものはそれしかないと思う。
左之助は…妹にでもせがまれてやっているんじゃないかなー(笑
左之助が面白くなさそうにしているのは、完全に恵さんに遊ばれているからです。
弥彦×燕色が一番薄ーい(汗
弥彦が燕をちらってみて呟いたのは、初めてはおまえがいいんだって言うニュアンスがあります。
燕は、自意識過剰かもしれないけど、そう言うことだといいな、って期待して頬を赤く染めました。
って言う裏エピソードがあります。すみません。未熟者で。

それはそうと、もともと、蒼紫が後半の思い出話を語る予定だったんだけれど、どうも蒼紫さんって必要以上に話さないイメージが強いです。
でもこのエピソードは是非加えておきたかったので、半ば強引に組み込みましたっ。
御庭番衆の面々を描(えが)いたのって初だけど、楽しかった〜w
どうも、漫画だと操に対する呼び方が分からないから、あんまりかけないんだよねー;;
本当は式尉に、「操さまが…!」とか、「お嬢が…!」とか、そう言うことを、「御頭!」の後に言ってほしかったんだが。
人工呼吸は蒼紫、心臓マッサージは般若、と言うのは五月雨の中では確定事項です。
で、式尉はやっぱり力自慢だから、水にぬれて重くなった操も軽々と持ち上げられるだろうなーと思った次第。
そうしたら意外と式場の活躍が多くなってしまった(笑
手が余ったものに、これをやらせよう、あれをやらせようって思って当てはめて行ったんだが…。
ちなみに、あまり活躍しなかったべし見は、最悪の事態に陥った時、毒をもって毒を制す…と言うポジションであったりもします。

戻りませう