恋花火

「きゃー、操ちゃん、かわいいー。」
「いいわよ、いいわよ。操ちゃん、似合っているわよ。」
騒がしい女性の声が飛び散る。
「ねぇ、私のこれ試してみない?」
その声は周囲をはばかることなく、響く。
ここは葵屋の一角にあるとある部屋で、そこに女性という女性が集まっていた。
「ねぇ、本当にこれで行くのー?」
涙声の少女は、ほかの女性陣によって人形のような扱いを受けていた。
少女―操は、部屋の中央で立っているだけで身動きができないでいた。
残りの面々は次々と自身の私物を取り出し、それを操に付けたり外したりしている。
「当然でしょ。女の子なんだからたまにはおめかししなきゃ。」
そう言い放ったのは、この後で自身の着替えもある薫だ。
「え〜でも、これ不便だよ〜。動きにくいし。足引っ張っちゃうよ〜。」
文句をはさむのはもちろん操だ。
彼女の頭にあるのは、常に蒼紫のこと、その一点のみ。
そのため、このときも、夏祭りだと言うのに、操の頭には、いざという時蒼紫の役に立てないという危惧しかない。
ちなみに、蒼紫にはまだ声をかけていないが、これは剣心や翁に説得を任せている。
が、あの能面面(づら)した蒼紫でも、きっと今の操を見れば一人歩きをさせようとは思わないだろう。
「何を言っているの。こういう時こそ思いっきり甘えるのよ。足挫いたとか言って抱いてもらいなさいな。」
狐耳をはやして、恵はオホホホホと笑う。
「恵さんはそうしてもらうつもりなの〜?」
「さぁね。あの馬鹿に期待はしていないから。」
操の質問に、恵はそう返す。
そんな会話を繰り返しながらも、操の恰好はコロコロと変わっていった。
お近やお増までこの輪に加わっているのだから、当然の結果なのかもしれない。
結局、最終的には、操は紺色の地をした花火柄の浴衣にいくつかの小物をあしらわれている。
長いみつあみは、みつあみの形状のまま、頭の高い位置で一つにまとめられている。
そしてそこから少し明るい蒼の花飾りが挿される。
頬にも珍しく紅を入れるなど、化粧まで施されている。
普段から子供っぽい容姿をしている操だが、いいのか悪いのか、一層人形っぽさを引き立てていた。
その出来に満足した残りの四人はそれぞれの着替えに向かい、祭りが始まる前にはみんな着替えが終わっていた。

一方男性陣の方はどうかと言うと、浴衣に身を包んだ剣心と翁が蒼紫のいる部屋にいた。
女性陣の着替えとは離れた場所にあるというのに、とても大きな声で上げる彼女たちの声はこの部屋でもはっきりと聞くことができる。
耳の良い彼等は、普通の会話もほとんど聞こえていて、そのためか蒼紫の顔が心なしか険しく見えた。
この場に弥彦がいないのは、数日前に弥彦は燕を迎えに帰っていたからだ。
あと数刻もすれば二人とも葵屋にくるだろう。
「なぁ、蒼紫。せっかくの祭りじゃ。操もお前が来ることを楽しみにしとる。」
翁が話し掛けた。
「せっかくなんじゃから、楽しむ時は楽しまないで、どうするつもりじゃ。」
そういう翁は、祭りで若いおなごを眺めることを楽しみにしているようにしか見えない。
「普段じゃじゃ馬の操がどう化けたのかも楽しみじゃのう。」
ピクリとも反応しない蒼紫の反応を試すように、翁は言葉を変えた。
「今年は操一人で回ることになるじゃろうから、男の一人や二人ひっ捕まえることも、朝帰りもあり得るかもしれんのう〜。」
例年操は一人であっちこっち歩き回り、その都度お近が追いかけていた。
黒・白・翁は早くからドンチャン騒ぎ、お増は特に翁が他人にちょっかいを出すのを止めるためその場に残っていた。
しかし、今年は、なぜかお近が用があるから行けませんと言っていたので、一人駆け回る操を止める人間は誰もいない。
一応剣心と薫はそんな操に付添うことも可能なのだが、そこはみんな気をきかせて誰もそんな提案をしない。
むしろ、操も気を利かせる側に回り、一人で回れるから大丈夫だよーといいかねない。
「蒼紫……。」
ひょひょひょと笑う翁をしり目に、今度は剣心が口を開いた。
「拙者たちは間もなく行くが、お前がどうするかは自分で決めるんだ。」
薫たちに説得役を頼まれたとはいえ、剣心はそれだけ言って部屋を後にした。
翁はそんな二人を見比べてから、やれやれとため息をついてやはり出て行った。
もう、間もなくこの部屋に訪れる、第三の人物のために部屋を空けておくためだ。

その足跡は、ためらいがちに、しかしまっすぐに蒼紫の部屋へ向かっていた。
普段は元気に駆け回る足音しか出さないはずだが、動きにくいのか、とてもお淑やかな印象さえ与えられる。
「あ、あの、蒼紫様……。」
遠慮がちに、ふすま越しから声をかけるのは、操だ。
せっかくなんだからそのままあの男を誘ってみたら?と言う恵の提案に、みんなが賛同した結果だ。
翁が話をしに行ったのは逆効果だったかもしれない、というお増。
剣心は強制することはないだろうなーと呟くのは薫。
それらの言葉を受けて、何が何でも操本人が行かなければならない、と言うことで四人の意見が一致した。
そして操は、四人に見送られる形で蒼紫の部屋へ向かったのだ。
「そこで立っていないで、入ればどうだ。」
実は翁達がいた時も蒼紫は背を向けていたのだが、その背を向けた体勢のまま蒼紫は言った。
ゆっくりとふすまを開ける音がし、操は部屋の中に入った。
蒼紫が操に背を向けていることに対して、操は特に気にしていない。
「あの、蒼紫様。一緒に、行きませんか?」
深呼吸をして意を決した操がいう。
「あたし、蒼紫様がいかなかったら行きませんから。」
なにも言葉を返さない蒼紫に向かって、操はそう宣言した。
衣擦れの音がしたかと思うと、蒼紫の背後で正座してじっと蒼紫を一点に見つめているようだ。
操が誰よりも祭りを楽しみにしていたことは、蒼紫でなくてもわかっていること。
その楽しみを、蒼紫の決断一つで奪うことになることに、蒼紫が罪悪感を感じないはずがない。
もっとも、この決意は操一人で決めたことであって、誰かの入れ知恵があったわけでもない。
操にとっては、祭り以上に、蒼紫とともに時間を過ごせる事の方が大事だったからだ。
「あの…あたし、迷惑ですか。蒼紫様にとって、邪魔ですか?」
ずっと蒼紫を見つめてきた操は、蒼紫に対することならわずかな場の変化でも敏感に読み取れる。
蒼紫がどこか、居心地の悪さを感じているように操は思い、そう口を開いた。
「そうじっと見つめられていたら、着替えることができないだろ。」
相変わらず背を向けたまま、しかしはっきりと蒼紫は口を開いた。
先ほどまで真剣な顔をしていた操は、急に何が起きたのか理解できないで間抜け面を晒していた。
フッと笑った蒼紫はようやく振り向き、優しく操の肩をたたき言った。
「行きたいんだろ。」
「は、はい!!」
そこで我に返った操はあわてて蒼紫の部屋から出る。
操は、部屋の外で鼻歌を歌いながら着替え終わる蒼紫を待っていた。

「あれ?翁達いない?」
確か門のところで待ち合わせなのに、と操は首をかしげて思う。
「翁なら真っ先に出たわよ。『どうせ操は蒼紫が動かなきゃ動かんからの〜!』とか言って。」
操の背後から、お近が出てきてそう教えてあげる。
黒・白・お増はそんな翁の後をあわてて追いかけ、薫はどうするか剣心に意見を仰いだ。
ちょうどそのころに弥彦と燕がやって来、そんな薫に対して、弥彦はほっとけと言った。
剣心も剣心で、蒼紫と一緒なら大丈夫でござるよ、とか言って薫に先に祭りに行くように促した。
そうね、御頭さんも独り占めしておきたいだろうし、と狐耳をはやして恵も言う。
そういうことで、留守番をすると言っていたお近が、操たちが来たらそのことを伝えるから気にしないで行っていいと告げた。
「え〜。来ないの〜?」
心底残念そうに操が言った。
「ええ、用事があるからね。だから私の分も楽しんできなさい。」
お近はそう言って操を送り出す。
チラッと、蒼紫はおめかししたお近に何か言いたげな視線を見せるが、結局何も言わなかった。
きっと、蒼紫はお近が比古を待ち、見晴らしのいい部屋で花火を見ながら二人酒をすることが分かっていたのだろう。
「操、行くぞ。」
そう言って蒼紫は先を歩きだした。
操はしばらく蒼紫とお近を交互に眺めていたが、すぐに蒼紫のあとを追いかけだした。
道行く人々はみんな一様に浴衣姿だった。
着なれない恰好に、思わず躓きかけた操の手を、蒼紫の力強い手が捕まえた。
そんな中を、花火が一つ上がった。
「あ、蒼紫様、ありがとうございます。」
花火に照らされたのか、心なしか操の顔が赤くなっているように見える。
蒼紫はそんな操に、言葉を返すことはなかったが、腕を引っ張り自分の横で並んで歩かせた。
花火が花開く中、女性の方はうつむき男性と並んで手をつないで歩く姿は、初々しい恋人の姿にも人々の目には映った。
彼女の悩みでもある、妹のように周りに見られる、という評価以上に、だ。

屋台の並ぶ通りにはいると、操の顔にいつもの元気さが現れるようになった。
蒼紫様、あれやろう!などと言って、今度は逆に、操が蒼紫の手をぐいぐい引っ張る。
金魚すくいや射撃といったものに、操は飽きることなく蒼紫を連れて行く。
蒼紫の表情に変化は見られないが、それでも、わかる人が見れば蒼紫も楽しんでいるのがよくわかった。
苦無を使って波に漂う魚雷を打ったこともあるから、なんとかなるだろうと操は腹をくくっていたが、結局目当てのものを撃ち落とすことはできなかった。
「どれがほしいんだ。」
そして結局撃ち落とすのは蒼紫だった。
操のすぐ横で、おもちゃの銃を構え、目をより一層細めて標的を見つめる蒼紫の横顔を、操はじっと見つめていた。
カッコイイと、思いながら、内心どぎまぎしながら、だ。
「ほら。」
そう言って蒼紫が撃ち落としたぬいぐるみを操に手渡す。
操はぬいぐるみの柔らかい腹部に顔をうずめながら、チラッと蒼紫の顔をうかがい見る。
ぬいぐるみを抱きしめながら、この恋心が蒼紫に届くように祈って。

やがて歩き疲れた操は境内に続く階段に腰掛けて花火を見ていた。
花火は、一瞬空を明るく輝かせるだけの儚い華。
それでも、いつまでも人の心に咲き続けている。
そして、とても美しくあり続けてもいる。
この、恋の華も咲かせることができるだろうか。
人知れず操は思った。
「操。」
物思いにふけった操に声をかけたのは、もちろん蒼紫だ。
「のど乾いただろ。」
そう言って蒼紫は飲み物を操に差し出す。
もちろん、アルコールは入っていない。
操は喉の渇きこそ覚えていなかったが、素直に受け取り飲んだ。
そのまま蒼紫は操の隣に腰掛け、二人で花火を眺める。
操の方は、隣にできたぬくもりに、そっと身を預けた。
いつまでも追いかけていたい、この大好きな人のぬくもり。
蒼紫の方は少し驚きを浮かべていたが、そのまま操に寄りかかられがままになっていた。
そんな二人に、一陣の風が舞う。
「蒼紫様ぁ〜。」
優しく風になでられた操が口走る。
いつのまにか寝ていたようだ。
蒼紫は優しく操の風で崩れた前髪を直してあげた。

――いつか、この恋の花を咲かせたいな。

――いつか、この華とともにいることが許されるといい。

それまでは。
今しばらく、この余韻を味わっていたい――。
えっと、どこが『恋花火』なんですか。って突っ込んじゃダメです(涙
ってことで、諫山実生の『恋花火』から思いつく蒼操…だったんだけどなぁ…。
剣心と薫、弥彦と燕、左之助と恵、でそれぞれ二人っきり行動をしていたと思われます。
ってか、足捻って運んでもらうのではなく、このままだと、眠ってしまった操ちゃんをお姫様だっこしそうですね。
お近と比古に関しては、ちゃんとコミックの方にあったので、チラッと入れてみました(笑

戻りませう