彼女が倒れた日

ヒゲヒゲ団が実質的に活動しなくなってから早くも三年がたっていた。
シロボンはまだシャウトの身長を追い越していないので、ジェッターズのリーダーはシャウトのままだった。
メンバーの方は基本的にリーダーのシャウトをはじめとして、シロボン、ボンゴ、ガングの三人と一台だった。
バーディはナイトリーの怪我が治った後も単独行動をすることが多く、ミスティに至ってはバッジを持っているとはいえ、ジェッターズとして活動する気はないようだ。
もっとも、彼女にとって大切な人のいない今、彼女がジェッターズに入る意味もないのかもしれない。
ヒゲヒゲ団がいなくなったとはいえ、宇宙に一つしかないものを狙う集団はほかにもたくさんいる。
そのため、ジェッターズとして任務に就くことも多い時は二日に一遍くらいはあった。
その一方でシャウトは、父親のお店の看板娘として近所に知られるようになっていた。
少女の体から日に日に大人へと変貌していく彼女を目当てに訪れる客も少なくはない。
店が繁盛することは大変喜ばしいはずなのに、リーダー業務もある彼女の心労は大きなものとなっていた。
リーダーの方は、シロボンの二次成長が始まる時期に差し掛かったこともあって、彼女が降りるのも時間の問題だろう。
まだやんちゃ盛りのシロボンは、リーダーとして不安は大きいが、いざ就けば大丈夫かもしれない。
それでも、リーダーではない今は、相変わらずメンバーをまとめる不安材料として存在していた。
そんな環境下でも、シャウトは一言も泣き言を言わなかった。
どんなに心労が大きくても、それが表に出ることは決してなかった。
だから誰も気づかなかった。
シャウトの体は、とうの昔に限界に来ていたことに。

はじめはいつものように、Dr.アインのところに入ってきた依頼だった。
ドクドク団というグループが宇宙に一つしかない登山靴を狙っているという話だった。
いつものようにバーディの欠けた四人組でコスモジェッターは発進した。
バーディのいないことに疑問をはさむ人は、誰もいない。
シャウトも、いつぞやのようにバーディの秘密を詮索することもしなくなっていた。
それこそ、みんなバーディを信じていたからだ。
そして、目的地にたどり着いたとき、シャウト達は登山靴をもった三人組に出くわした。
そう、彼らこそがドクドク団を名乗る盗賊トリオだったのだ。
「止まりなさい!ここは通さないわよ!」
シャウトが三人組の前に立ちふさがり、叫ぶ。
ボンゴ・シロボンも横に並び道をふさぐ。
「へんっ。止まれって言われて止まる奴がいるか。」
三人組のうちの一人がそう言って、どこからか高く嫌な音を立てる。
それはまるで、給食で使う金属のお椀をフォークでひっかくような脳内でこだまするような音だ。
思わずシャウト達は耳をふさぐ。
その隙に逃げようとする三人組に、シャウトは歯を食いしばりながらもブーメランを投げた。
運よくもブーメランは登山靴を持つ男の腕に絡まったが、男は気にする様子も見せずに走る。
ブーメランの先についた紐に引っ張られ、シャウトまで一緒に引きずられようとも。
そんなリーダーの様子に残りのメンバーも、歯を食いしばりながらも動き出した。
ボンゴはシャウトの持つ紐をつかむ。
シロボンは得意のバーニングファイヤーボムを投げる。
合体ボンバーマンに向けて投げるのとわけは違い、生身の体に当てるので完全なる体力勝負でもある。
一発当てたくらいではびくともする様子を見せなかった。
登山靴を持つ男は相当タフなようで、ボンゴも一緒に引っ張っているのに、引きずられる様子を見せない。
三人目の男が煙幕を張ると、いつの間にボンゴに改造されていたのか、ガングからスクリューの回転する音が鳴る。
高速回転するそれは煙幕を瞬く間に吹き飛ばしてしまうあたり、さすがボンゴと言うのか。
そして、煙幕を張ったということに油断した彼らにシロボンのボムが炸裂して、なんとか戦いに終止符が打たれた。
シャウトの手は摩擦で、赤く擦れた痕ができていたくらい激しい戦いだった。
「終わった……。」
そうシャウトが呟いた時、緊張の糸が切れたのかシャウトの意識は途切れ、闇に飲み込まれた――。

「あれ…?バーディ?」
ぼやけた視線の先に、シャウトはバーディの姿を認識した。
自分がどこにいるのか、何をしていたのか、さっぱり分からない。
とにかく本能的に横になっていることを察したシャウトは起き上がろうとした。
その時、すっとバーディの左手が伸びて、シャウトの頭上で止まった。
起き上がるな、という意味のようだ。
「もう少し休んでいろ。」
若干体を起こしたシャウトに短くバーディが言った。
その眼はいつもよりも鋭く、見るものに恐ろしさを与える。
「え、でも…。」
有無を言わせない厳しい視線に、シャウトは口ごもらせてしまう。
何がどうなっていたのか、シャウトにはさっぱり分からないのだ。
気づいた時には目の前にバーディがいて、それでいきなり休んでいろといわれても困るだろう。
不安げなシャウトの視線と、鋭いバーディの視線がしばらく絡み合う。
やがて耐えられなくなったのか、バーディの視線が緩み、目に優しさが浮かんだ。
「また、同じ失敗を繰り返したくないんだ。シャウト。」
バーディが言った。それでもシャウトには、自分の身に何が起きたのか分からない。
キョトンとした表情でバーディを見ることしかできなかった。
「診断結果は、疲労と貧血だそうだ。無理はするなよ。」
もっとも、俺が気づいてやれなかったことにも責任はあるよな、そう彼は自嘲気味に笑った。
そう言われて、シャウトは自分の身に何が起きたのか思い出した。
今回も任務を無事終了したと安堵した途端、意識が途切れたことに。
自分の意識が途切れた後、残った面々はちゃんと仕事を最後まで終わらせられただろうか。
そんな疑問がふと頭をもたげたが、いつだったかバーディが“仲間を信じろ”と言っていたことを思い出して、聞くのはやめる。
「でも、なんでバーディがここにいるの?」
代わりにシャウトはそんなことを聞いた。
過去にも何度か、何かあった時は何気ない風を装いながらも気にかけてくれていたことをシャウトは知っている。
だが、今回はそもそも現場にいなかったはずだ。
ほかのメンバーがいるならまだしも、バーディしかいないというのはある意味奇妙な話だった。
「いや…連絡受けて飛んできたまでだ…。」
なぜか顔をあさっての方向に向けてバーディが答えた。
「わざわざデコボコ星まで〜?それよりシロボンたちは?」
疑わしそうな顔で、シャウトは聞いた。
シャウトは、周りがデコボコ星と違うことに気付いていない。
「ここはお前の部屋だ。デコボコ星じゃない。シロボンは店の手伝いでもしてるだろ。」
バーディが答えた。その答えを聞いてシャウトはあたりを確認する。
見覚えのあるそこは、確かにデコボコ星なんて屋外ではなく、シャウトの部屋だった。
「ちょ、いやー!女の子の部屋に入るなんて!」
事態に気付き、シャウトが慌てる。
恥ずかしさのあまり、布団を頭からかぶってバーディに背を向ける。
その間わずか数秒。驚くべき早技と言える。
シャウトは自分の顔が熱くなるのを感じていた。
今、自分がどんな顔をしているのか、どんな顔をバーディに見せればいいのか分からないでいた。
しかし、今度はバーディが戸惑う番だった。
「なっ、し、仕方ないだろ!」
そんなバーディの反応に、不思議とシャウトは冷静さを取り戻す。
バーディでも動揺することあるんだぁ〜と思い、その発見にうれしくなる。
「悪かった。それじゃ、俺は出ていくから、くれぐれも無理だけはすんなよ。」
そう言ってバーディの立つ気配をシャウトは感じた。
「待って。」
背を向けたままシャウトは、バーディを呼びとめる。
「…いていいから。……バーディはいていいから……。何が起きたか教えて。」
絞り出すように、シャウトはそう言った。
「あぁ?…ああ。」
そして、バーディがまた座る気配を感じた。
優しく伸ばされた手が、そっと髪を撫でた。
子どもじゃないのに、背を向けながらもひそかにシャウトは頬を膨らませる。
早く追いつきたい背中に、まるで眼中にないような扱いを受けている気分だった。
「俺は、ボンゴから連絡を受けた……。」
ポツリ、とバーディは語り出した。

――バーディ、大変ボンゴー!シャウトが倒れたボンゴ!
ジェッターズバッジが鳴り、バーディが受信するや否、ボンゴの慌てる声が聞こえた。
――はぁ?それホントか?登山靴の方は無事なのか?
そう言えば今は任務で登山靴を守りに行っていたような、記憶をたどりながらバーディが訊ねた。
もし、任務中だったら自分がシャウトを回収しに行こうと考えての質問だった。
――登山靴は無事だボンゴ。これからジェッター星に帰るつもりだボンゴ。
どうやら、仕事は終わったところだったらしい。
それなら余計なことは考えずにシャウトの心配をするのが最優先事項だろう。
――わかった。医者連れて待っているからな。
そしてバーディは通信を切った。
バーディは出せる限りの最速で、医者の所まで行き、Dr.アインのもとへ向かった。
その甲斐あってか、コスモジェッターのつく前にはつくことができた。
もっとも、ジェッター星に彼もいなかったのに、だ。
ボンゴがシャウトを抱え降り、平らなところに寝かしつけた後すぐに医者に診てもらう。
少し顔色が白くなっていたのはバーディの気のせいではなかったらしい。
医者はいくつかボンゴに質問し、血圧などを調べた。
たぶん緊張の糸が切れたのでしょう、そう医者はバーディに言った。
ずっと、神経を張り詰めているようなことがあったのではないのでしょうか、と。
弱音を見せず、常に明るく振る舞っていたシャウトだが、それはバーディが求めたリーダー像に応えようと必死だったからかもしれない。
マイティと違って、お店の仕事でも大変だっただろうに、それを少しも見せなかった。
マイティの時に二の舞を踊らないと誓ったはずなのに、また、同じ過ちを繰り返してしまった。
それはバーディに悔恨として胸に刻み込まれた。
あとは貧血もあるかもしれませんね、そう医者は言った。
目が覚めたら、ちゃんと休んで、栄養のあるものを食べるよう言ってくださいねと医者は締めくくった。
医者が帰ると、シロボンとガングがシャウトは大丈夫なのか聞いてきたので、バーディは大丈夫だと答えた。
シロボンとともにシャウトの家へ行き、シャウトの部屋のベッドに寝かせた。
シロボンは自分が付き添うから大丈夫だと言ったが、うるさいだけだからいらないとバーディは断った。
バーディずるい!僕だって心配なのに!とシロボンは駄々をこねたが、黙れと言ったのが聞けないのかとバーディが脅しをかけるとすごすごとあきらめたようだ。
実は、診断中もシロボンとガングはそわそわと落ち着きがなくずっと話していたのをバーディはちゃんと聞いていたのだ。
ちなみに、ルーイも心配そうにしていたが、こちらは店の手伝いも必要だということに納得して去っていった。
そしてバーディは一人、シャウトの部屋でシャウトが起きるまでそこにいた。

「そう言うわけだ。」
そう言ってバーディは話を締めくくった。
「そっか。」
相変わらず背中を向けたままシャウトが答えた。
「それでバーディだけだったんだね。」
「ああ。」
そこで会話が途切れる。
どことなくぎこちない空気が流れていた。
会話を続けなきゃ、そうシャウトは焦る。
続けなければ、バーディは部屋を出ていくだろう。
それだけは嫌だった。
自分がバーディを追い出したようで。自分がバーディを受け入れていないようで。
そう考えると、胸が苦しくなるのだった。
「バーディ……」「シャウト、」
二人の声が重なった。
お互い、相手に譲ろうとまた黙ってしまう。
そもそもシャウトは言いたいことが何もなかったので、こうなったら黙るしかなかった。
バーディは言っていいのか、悩んでいるような雰囲気だった。
「なにかあったら、俺に言え。シャウトのときくらいは、誰かに頼っていいんだからな。」
深呼吸した後、そう言った。
チームで行動する時、リーダーの動揺や不安はすぐにチームに伝播する。
だからリーダーは決して弱音を見せてはならない。
しかし、リーダーでない時もそれを一人で抱え込まれては、今度は信用がないのかと不安になる。
なんとなく、シャウトにもそのことがわかっていた。
でも、それがバーディの方が大人だからという理由で彼を信じていいと言っているような気がして釈然としないのだった。
素直になれない自分には、彼を頼ることはできるのだろうか。
そんな不安とは裏腹に、両の目からはポツリ、ポツリと透明な雫がこぼれおちる。
「で、お前の話は?…っておい。どうしたんだ?」
バーディの焦る声が聞こえるが、シャウトは涙を止めることができない。
背中を向けて、嗚咽をこらえることしかできなかった。
「ううん、なんでも、ないの。ありがと、バーディ。」
やっとのことでそれだけ言う。
うぬぼれだろうと何でもいい。
ただこの瞬間、バーディがシャウトの心配をしてくれるのがうれしかった。
大切に思われているんだと思えたのがうれしかったのだ。
不意に、今なら言えるかもしれない、そんな想いが沸き起こった。
だから、シャウトは体をバーディの方に向けて、穏やかな表情で口を開く。

「あのね、バーディ。バーディがそばにいてくれたら、大丈夫だよ。」

そう言われた彼は、目をとても大きく開いた後、優しさをたたえた切れ長の目でシャウトの頭を軽くポンポンとたたいた――。
…これ、鳥叫?←
ドクドク団のモデルは、ポケダンのドクローズです。
一応三人とも特殊能力は持っていて、
ズバット→超音波 から最初の男の嫌な音攻撃。
スカタンク→体がでかい&親分 からドクドク団のリーダー兼タフ野郎
ドガース→煙幕 から煙幕(笑
って感じです。ポケダンはいろんなところに探検に出かけるので、登山靴とか必需品だろうなーとか。
登山と言ったら、デコボコな山道は重宝するしなーという理由から、デコボコ星にある宇宙に一つしかない登山靴になりました。
いろいろとぬるくてすみません。
小説を書き切ったことに満足しています←
年齢設定はウィキペディアにあったもの(たぶん漫画の方にあったのかな?)を踏襲して、その三年後の設定で書いてみました。
だから、バーディが22歳、シャウトが17歳、シロボンが13歳(でガングが7歳なのかな?)です。

個人的には、ヒゲヒゲ団・チゲチゲ団以外にも、宇宙に一つしかないものを狙う集団はいるのではと思います。
だから、ヒゲヒゲ団がなくなり、チゲチゲ団とは友好を結んでいる(?)となったら、ジェッターズが出動するためにはほかの団体を考えないとなーというのがことの次第。
はじめは、バーディはナイトリーの付き添いで外れていたんだけど、さすがに三年後だったら、ナイトリーの怪我も治っていそうだなーと思ったので、理由不明の単独行動に変えました。
でも、本音としては、シャウトに対して理性を抑えられる自信がないからだったらいいと思っています←
だから店行くのもなるべくシャウトが出前に行っているときで、実は陰でちゃっかり見守っていたらサイコーだなぁ、とか(マテ

話の展開とか、タイトルとかは、僕の書く奴にありがちのものになりました。
まぁ、仕方ないと言ったら仕方ないというのか。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

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