世代交代

これが最後なんだと思うと、感慨深いものがある。
そう思いながらシャウトは道を歩く。
見慣れた通り。いつも出前でも通る道。
これからは、普通の住人としてでしかここは歩かない。
「姉ちゃん、なんか用事でもあるのか?」
「暇だったら、俺らと遊ばない?気持ちいいこと知っているよ。」
そんなシャウトに絡んでくる男が数人いた。
もちろんシャウトには彼らに対する興味がない。
無視してスタスタと歩くが、それに構うことなく彼等は付いてくる。
ねぇ、とか何とか、ひっきりなしに話しかけてきて、不快感が募っていく。
そうすぐに怒りを出さないくらいには大人になったシャウトだが、さすがにこれは限界だった。
大声で一発怒鳴ろうか、ブーメランでも投げようか、本気でそう検討し出す。
その時、急に男たちが静かになったのにシャウトは気づいた。
今までうるさかった分、逆に不気味だ。
思わずシャウトは後ろを振り返る。
男たちは、冷や汗を浮かべながら、恐る恐る後ろを向こうとしているところだった。
男たちの後ろに何があるのか。シャウトの位置からは何も見えない。
しかしその疑問もすぐに氷解した。
男たちの体の隙間から、見慣れた細身の男の姿が見えたからだ。
シャウトがその姿を間違えることはない。
「ば、バーディ?!」
氷点下何度という冷たさを湛えたバーディの射るような目が男たちを睨んでいたのだ。
周囲の空気ですら凍てつかせるその雰囲気は、シャウトですらたじろがせる。
これが、男たちが黙りこませたのだ、そうシャウトは納得した。
男たちの皮膚感覚が、恐怖を伝えたのだろう。
一歩、また一歩とバーディが近づく。
蛇に睨まれた蛙よろしく、男たちは誰一人として動こうとしない。
バーディはそんな男たちに興味がないのか、そのまままっすぐにシャウトのところまで来て後ろを向く。
「二度と、俺の連れにちょっかい出すな。」
その言葉の端々に、バーディの怒りが読み取れる。
バーディの手が伸びてきて、シャウトの手をつかみ、先を導かれるようにバーディの進むがままにシャウトは引っ張られる。
「で、どこへ行くつもりなんだ?」
直前までの恐ろしさは跡形もなく消え去り、いつもの、優しさを浮かべた表情でバーディが訊ねる。
「えっと、博士のところ。」
どうもバーディのギャップについていけずに、シャウトはおどおどしながら答える。
「なんでまた、博士のところまで歩いていくつもりなんだ。」
あきれた風に、バーディが聞いた。
「だって、もう、ジェッターズとしてここを歩くのは最後だから…。」
その言葉に、一瞬、バーディは目を大きく見開かせた。
ジェッターズのリーダーであるシャウトが、ジェッターズを去るというのだから無理もない話なのかもしれない。
もともと行方不明のマイティの穴を埋めるようについたポジションだったのだから、降りることに対してバーディは異存はない。
むしろ、バーディとしてはシャウトの負担が減るのならリーダーはもうそろそろ降りてもいいのではと思っていたところだっただろう。
そのあたりはシャウトもわかっていた。
そして、博士も同じことを聞くだろうということも。
実際のところ、バーディはシャウトの告白に対して何も言わず、手をつないだまま一緒に歩いただけだった。
取り残された男たちは、二人の姿が豆粒大ぐらいになった時ようやく動き出したのは余談である。

博士のところにはシロボンもいた。
「あれ?なんでバーディも来ているの?」
シャウトの来る気配に気づいたシロボンが、その後ろにいたバーディの姿を見つけて聞く。
ちなみにバーディの手はすでに離されていた。
「途中で会ったのよ。」
「シャウト、一人で歩きたいって言ったじゃない。だから僕先に来たのに、なんでバーディはいいの?」
「別に、ちょっと途中で色々あったのよ。バーディだからいいんじゃなくて、その時バーディが助けてくれたから一緒にいただけ。」
不満そうに言うシロボンに対して、シャウトは一息にまくし立てる。
相変わらずシャウトの家にシロボンは居候しているので、確かに一緒に行っても良かったのかもしれない。
しかしシャウトは、思い出に浸りたかったので、それを阻害する要因であるシロボンとは歩きたくなかったのだ。
「で、シャウトはわしに何の用があるんじゃ?」
今まで黙っていたアインが訊ねた。
「ジェッターズのリーダーを、シロボンに任せます。」
深呼吸した後、シャウトが言った。
「えっ?ぼ、僕がリーダー?身長、僕の方が高いの?」
やったーと一人、シロボンがはしゃぎ出す。
シャウトはもうそろそろ二十歳に届こうという年齢になっていた。
成長期はとうの昔に過ぎていて、身長が伸びない代わりに育つところは育っていた。
対するシロボンは十代半ば。男の成長期は比較的遅いこともあって、近頃ぐんぐん伸びている。
本人の気付かないうちに、シャウトの身長を追い抜いていたのだ。
「それで、これを機に、ジェッターズを引退します。」
そんなシロボンをそっちのけに、シャウトは宣言した。
「え?シャウト、ジェッターズやめるの〜?」
シロボンが残念そうに言う。
「うん、今がちょうど引き際だと思うから。」
甘えん坊の息子に言い聞かせるように、シャウトが言う。
「お父さんみたいに、ちゃんとした自分の道を歩んで行こうと思うの。それに、本当はお父さんもお義母さんも、怪我しないかとか、いろいろ心配だったと思うの。」
一言ひとこと、吟味しながらシャウトは言葉を紡いでいく。
「だから、あたしはもう、心配かけたくないなって。」
そこでシャウトは、シロボンの様子が変だということに気付く。
「ちょっと、あんたどうしたのよ!あたしが直々にリーダーとして必要なこと教えたでしょ!大丈夫だから自信持ちなさいよ!リーダーがそんなんでどうするの!」
シャウトがシロボンにげきを飛ばす。
シロボンは目をごしごし擦ってから、うん、頑張る、と言った。
よし、と、その様子にシャウトは力強く頷く。
「ツイストさん、ナツミさん、シャウトは自分の道を歩み出したようじゃ……。」
その様子を見つめながら、アインはひとり呟いた。

「いいのか、あいさつしなくて。」
帰り道も歩きたいというシャウトの希望に従って、バーディは一緒に歩いていた。
シャウトが辞めると言った時も、そのあとのやり取りも、ずっとバーディは見守っていた。
「うん、もう会えないわけじゃないから。」
そんなバーディに、シャウトはさわやかな笑顔を向けて返す。
ガングとボンゴには、今頃、アインのところに残ったシロボンから話があるだろう。
「あたしが辞めて、誰か入って。また誰かやめて、誰か入るんだろうね。」
ぽつりとシャウトが言う。
次はいるのはどんな人だろうか、今度のジェッターズはどんなチームになるだろうか、疑問は尽きない。
でもそれは、もう辞めたシャウトが決められることでもなく、そしていつか来るはずの未来にすぎない。
「ああ。そうやって、組織は受け継がれていくんだろう。」
バーディが相槌を打つ。
「ところでバーディはどうするの?」
シャウトが聞いた。シャウトより古参である彼等は、まだジェッターズに籍を置いていた。
ボンゴは王子という身分らしいので、特に心配はしていないが、二十代半ばのバーディはジェッターズの一員と言うだけでは生活を成り立たせるには余裕がない気がしていた。
いつもの単独行動で、どれほどの収入を上げているかなど、シャウトにとっては知らないことももちろん多いのだが。
それでも、ずっと続けられるようなものなのだろうか。
そして、ずっと続けることが、組織としていいことなのだろうか。
そのあたりはシャウトには分からない。
「実はな、シャウト。博士に、あのポジションを継がないか誘われたんだ。」
バーディが言った。
「…そう。」
「だが、俺は断ったさ。あそこでじっとしているなんて性に合わないからな。」
そう言ってバーディは笑った。
確かに、スピードが武器と言っても過言ではないバーディに、静の状態は想像がつかない。
「もともとはリーダーだったのに継がせたかったのかもしれないが…。ボンゴがついで丸く収まるだろ。」
シャウトの顔を見ながら、バーディが言った。
博士はあたしに継がせたかったのか?そう思うと申し訳なくなる。
シャウトはそんなバーディに、頷くことしかできなかった。
「気にするなって。あくまでも俺の想像だ。」
そう言ってバーディはくしゃっとシャウトの頭を撫でる。
バーディの目は、笑っていて、シャウトもそれにつられて顔に笑みが戻る。

あっという間に、シャウトの家までの距離がわずかになってしまった。
今は義母がいるので、シャウトがいなくても父親の手が回らない事態にはそうそう起こらない。
でもきっと、ルーイも加わったメンバーで、昼間の書き入れ時をやり過ごしたのだろう。
「なあ、シャウト。一つ聞いていいか。」
相変わらず隣を歩くバーディが訊ねた。
「ん。何よ?」
前を見たまま、シャウトが答えた。
「お前…これからどうするつもりなんだ?」
「お店、継げるように頑張ろうかなって思うんだ。お父さんがラーメン作るの見て育ったから、かな。」
バーディの問いに、シャウトは答える。
その道が平らでないことも、微妙な味覚の違いを答えられる自信がないことも、すべて承知のうえで。
亡き母に対する、なにがしかの思い残っている気のするこの店を、残していきたいと思ったのかもしれない。
そのあたりの微妙な気持は、シャウトでも表現できる言葉がなかった。
「だから、バーディも、さびしくなったらいつでもお店に遊びに来てよ。」
にっこり笑ってシャウトが言う。
「ば、ばか言うな。俺はツイストさんのラーメンが食いたくなったら店に行くんだ。」
そんな笑顔が眩しいのか、バーディは顔をそむけて言う。
今はこんな関係でもいいのかもしれない。
そんなことを思いながらシャウトはバーディを見ていた。

「じゃ。今まで、ありがとな。お疲れさん。」
店の前でバーディが言う。
「うん。頼りないリーダーだったかもしれないけど、ありがとう。」
シャウトが言った。その両の目は水を湛えているように、光を反射させ、揺れている。
「ありがとう、バーディ。…そして…。」
「あ?」
シャウトはそこで一息つく。
シャウトが再びありがとうを繰り返したことと、ただならぬ雰囲気にバーディは呆けた声しか出ない。
「ずっと、好きだったよ。」
そしてシャウトは自分の部屋に駆けていった。
残されたバーディは、突然の出来事に立ち尽くすのみ。
何が起きたのか、バーディが理解したのは一拍間が空いた後で、その時にはシャウトの姿はなかった。
「くそっ。」
頭に手をやり、バーディの悪態付く姿は、帰宅中のシロボンに見つかったとか見つかっていないとか。
This is 言い逃げ!!←

楽しかったです。ありがとうございました(コラ
リーダーを委譲した後、シャウトがジェッターズに残ることも考えていました。
ただ、今回はやめる話が書きたいなぁ…と思っただけで。
個人的には、シャウトは、味の違いが分からなかろうと、なんだろうと、お母さんとの思い出ごとお店を継ぎたいと思っているといいなーと思います。
ツイストさん自体はお弟子さんを取っていないあたり、お店は一代限りのつもりなのかもしれないですけど。
でもあのお父さんだから、娘が、思い出ごと継ぎたいと言ったら、継がせそうな気がしますけどね。
っと、少し話がそれましたが、シャウトにとって、夏海館はお母さんとの思い出の残る地であり、新しいお義母さんと思い出を築く地でもあると思うんです。
だから、それら丸ごとを残していきたいと思っていたらいいなーと思いながら、考えた設定です。

ジェッターズの今後に関しては、なんか、アインが作ったと言った描写があった気がするのですが(本当に作品にのめり込んでみると言ったらそれはもう六年ぐらい昔のことなので、だいぶ忘れているのですが)、そう考えると、ジェッターズの歴史ってせいぜい数十年ってところかなぁ、と思ったり。
アインもそろそろ引き際を迎える(あの人のことだから、死ぬまでやっているとは思うんだけど、死んだ後どうするんだよって意味もあって)から、そうしたら後継者を立てないといかんよなぁ、って思って。
ジェッターズを束ねるもの、情報に敏感でなくてどうするんだというコンセプトで、バーディに打診しそうな気がしますが…。
バーディ自身は、リーダーに向いていないことは自覚しているから、なんかあの手この手でリーダーより上の位は断りそうだなぁ、と思う次第。
そうなると適性はボンゴかなぁ、なんてね。相変わらずバーディが情報収集していたりして。

バーディって言ったら、あのMAXが初登場したあたりでナイトリーに札束を渡しているのですが、あれってどうやって稼いだお金なのかが謎です…。
き、気になるぅ…!!
ジェッターズって収入ないのかなーって思うのは、シロボンやボンゴ・ガングあたりを見ているとそんな気がするだけです。
いや、博士は受け取っているはずだし、お代の話は3話とか28話とかにあったはずなんだけど…!!
でも、だからと言って、家庭をもし持つと仮定したら、ジェッターズの収入(バーディの場合は+副業)で家庭って成り立つのかなぁって。
金銭的に成り立つとしても、夫婦間の交流ってほとんどなさそうな気がするし、それって家庭って呼べるのかなぁって。

シロボンがリーダーにいつなるかっていうのは、いつシャウトの身長を追い越すかってところなんですが…
フツーに、今の人間の第二次成長期を取り入れて考えることにしました。
彼はリーダーになることによって、一回り大人になると思いますが、それまではやっぱり子供の側面が強かったんじゃないかな、と。

個人的には、シャウトの「育つところは育っていた」という部分が入れたかったので、無理やり組み込んだ←
たぶん、この翌日、シャウトは自己嫌悪に陥って自室にこもりっきりになるんじゃないかなーと予想。
シロボンはジェッターズをやめたからだと思っていそうですが、ツイストさんはたぶん原因を察しているんじゃないかな。
…って感じで、翌日編が非常に書けそうな気がしますが、今回はこんなところで。
近いうちに翌日編でお目に書かれれば。

戻りませう