付添

行きかう人波をしり目に、バーディは壁に寄りかかって人を待っていた。
時計を確認してみるが、約束の時間は五分前にすぎていた。
「まったく、何やっているんだ……。」
スピードこそが命と言っても過言ではないバーディには、時間に遅れるというのは許せないことだった。
五分とはいえ、遅れには変わりない。しかも、まだそのことに関して連絡の一つもないのだ。
そもそも今回の出来事も、頼み込まれて仕方なしに付き合うことになっただけで、バーディの用事ではない。
むしろ、バーディがいなくても、本来は何の問題もないことなのだ。
バーディ自身、仕事を口実に断るつもりでいた。
断りきれなかったのは、おそらく、彼女の目が切実だったからだろう。
「ごめん、待たせちゃって。」
そう言って、バーディの待ち人がようやく姿を現せた。
飾り気のないシンプルな服装はいつもと変わらないが、普段着ないような膝までのフリルスカートがバーディの目を引いた。
シンプルだからこそ、彼女の魅力を引き立てているようで。
「シロボン撒くのに手こずっちゃってさ。」
苦笑しながら、彼女はそう続ける。
彼女の恰好は普段の彼女を知っているだけに、シロボンでなくても当然気になることだ。
「で、どこへ行くんだ。」
実はバーディは、何をしにどこへ行くかは聞いていなかった。
それどころか、何があったのかも、どうしてほしいのかも聞けずにいた。
それほどに、頼む時の彼女の表情に切実さが表れていたのだ。
「今日は服を買いに行くだけなんだけどね。」
そう言う彼女の表情は少し浮かない顔をしている。
普段の強気な様子からは、とても想像つかないほどの弱い姿。
普通の買い物程度なら、一人で出前を届けに行き来する彼女には問題ないはずだ。
彼女自身が、だけと表現しているように。
「そうか。」
バーディは静かに、そう答えた。
ただならぬ事情がありそうだと推測できるがために、深いことは聞くのを避けた。
必要あれば、きっと言うだろうから。
バーディの言葉を了承ととったのか、少し顔に明るさを取り戻した彼女は歩き出した。
バーディは黙ってそのあとについていった。
伸ばせば届く距離。そんなつかず離れずの距離を維持して。
彼女の方も、バーディの気配を感じているのか、振り返ることなく平然と歩いている。
いつもと変わらない様子と、不思議な頼みごと。
少し違和感を覚えつつもそれ以上バーディが考えることはなかった。

女の服の買い物、本来なら付き合うなんて柄に合わないことだとは十分に承知している。
さすがにタクシーをやっているだけに、様々な服装の人を見る分には平気なのだが、自分がその中にいるのは耐えられないのだ。
人の恰好は他人の趣味と割り切れるが、自分がそこにいるというのは自分と結び付けられている気がする。
普段着ない余所行きと見受けられる服ですらシンプルである彼女は、バーディが敬遠するような店には見向きしないのがせめてもの救いか。
男性服、女性服、こまごまとした店が並ぶ通りを二人は通り抜けていく。
目移りなく歩く彼女には、初めから目的とする店が決まっているのだろう。
それだけでも、この通りは通い慣れていると見受けられる。
その時、前を歩く彼女の足が止まった。
何か恐ろしいものでも見つけたのか、後ろからでもその背が張り詰めているのがうかがえる。
「おい、どうした。」
その様子に焦りを覚えたバーディが、数歩踏み出し彼女の横に並ぶ。
横から顔をのぞかせると、驚愕で大きく開いた目が揺れていた。
「おいシャウト、どうしたんだ。」
そう言ってバーディがシャウトの肩をつかむ。
シャウトの顔がゆっくり動き、バーディの顔に視線を定める。
「あ…バーディ……。そっか…そうだっけ。」
ゆっくり動いた口は、そう言葉を紡いだ。
バーディの存在をほんのわずかな間とはいえ、完全に忘れていたようだ。
「どうしたんだ、シャウト?なにかあったのか?」
もう一度、バーディは尋ねた。
シャウトは、あたりをキョロキョロ見渡し、少し首を傾げた後で首を振った。
なんでもない、そう言うメッセージのようだが、もちろんバーディはそれで納得しない。
「たぶん、見間違えたのよ。ここ、だったから…。」
そう言うシャウトは、思い出したくないものを思い出してしまったかのように青ざめていた。

話は一週間前にさかのぼる。
シャウトは昔馴染みの友達に、たまには息抜きをしたらと誘われ、遊ぶ約束をしていた。
友達と遊ぶくらいなのだから、服装なんてそう気にしなくてもいいようなものだが、ファッションを気にする年頃の女の子だ。
自分は気にしなくても、周りは気にしていそうで、そのことで自分が張り詰めてしまうのは仕方がないことかもしれない。
そのため、シャウトは彼女自身が持っている服の中で一番かわいいと思えるものを選んで着ていくことにした。
年に数回しか着ないような服を着たシャウトは、鏡の中でとても浮いた存在に見えた。
でも、それが、ジェッターズでも、ラーメン屋の娘でもない、何の肩書きもないシャウトのような気がしていた。
久しぶりにお店のことも、シロボンの世話も忘れて羽を伸ばせるはずだった。
ジェッターズの仕事さえ入らなければ、気がかりはないはずだった。
実際、そんなシャウトのためを思ってか、ジェッターズの通信が入ることなく一日が終わった。
いろいろ語りあったり、歩きまわったりして疲労の中にも心地よさがあり、明日も頑張ろうと思えるような一日だった。
しかし、それもすぐに恐怖に変わる。
友達と別れ、シャウトはまだ残る楽しい感情のまま帰路についていた。
幸せな気持ちというのは、人を無防備にさせるのかもしれない。
シャウトが気づいた時には、見知らぬ男がぴったりと後ろについてきていた。
たまたま同じ方向なのかとも思ったが、どう歩いていても同じ距離でぴったりついてくるのが気味悪かった。
細い路地に曲がり、それでも付いてくるならブーメランを一発かまそう、そうシャウトは思った。
ブーメランは、いつも、右にさしてあったからだ。
この日の恰好がいつもと違い、そしてブーメランが手の届くところにあっては十分に休めないからと鞄に入れていたことをすっかり忘れて。
ちなみにジェッターズのバッジもブーメランと一緒に鞄の中だ。
しっかりと男から目線を離さずに右手を腰に持っていき、そしてその時になってシャウトはブーメランがないことに気付いた。
男は気づかれたことに開き直ったのか、シャウトが慌てたこの瞬間に、一気に間合いを詰めた。
「そんなに警戒しなくてもいいじゃないか。」
腕をまわし、シャウトの耳元でそう囁く。
シャウトは大声を上げて腕をふりほどこうとするが、男の手はそれよりも速くシャウトの口に伸びふさいでしまって声とならない。
反対の腕はしっかりとシャウトをつかみ、ほどけそうになかった。
「でもそんな目もなかなかいいねぇ…。」
男の不気味な囁きだけがシャウトの耳に届く。
男は片手でシャウトの口をふさぎながら、もう片方の手で撫でまわすように手を這わせた。
シャウトは嫌悪感と恐怖とその他もろもろのあふれる感情を必死に抑えて冷静さを取り戻そうと努力した。
伊達にジェッターズのリーダーをやっているわけではない。
どんな時でも冷静な判断ができなければリーダーにはなれない。
そして、どんな時でも弱気になれないのもリーダーだということも徐々に学んできたのだ。
シャウトは、男の締め付けが弱くなった瞬間を逃さなかった。
鞄を振り回し、足を蹴り上げる。逃げられるだけの空間が広がったらすぐに距離を取る。
鞄からブーメランを出し、シャウトは男の様子をうかがいながらも構える。
足は震えていて、本音を言えば一目散に逃げたいところだった。
案の定というのか、激昂した男がシャウトに襲いかかろうとしていた。
シャウトは必死にブーメランを飛ばして男を追い払い、そのあとは無我夢中で逃げた。
その後、シャウトはこの通りに近づいていない。
男が待ち構えているようで怖かったのだ。
今回も、できれば通りたくなかった場所だったが、目的のお店はもうすぐのところにある。
通らないわけにはいかなく、そしてほかの店で服を探そうと思えるほどシャウトの好みに合う店はあまりなかったのだ。

バーディは、店に入らず、通りの向かいにある喫茶店でシャウトを待ちながら今聞いた話を思い返していた。
不覚にも、この一週間、シャウトの異常に気付かなかったことが歯がゆい。
だが、話を聞いた以上は少しでもシャウトが怖い思いをしないよう心掛けてはいた。
さすがにその男がこの付近に今いるかどうかの判断はバーディにはつかないが、店の中にはいないだろうと踏んでいたため見える位置にいれば大丈夫だろうと考えていた。
だから、もしその男が尾行していた場合は、やはりバーディと同じ場所で同じようにしているのだろうと推測している。
しかし、店内を見渡しても不審な影もなければ、そもそもバーディが尾行に気づいていないはずがない。
それよりも、バーディは別の視線が気になって仕方がなかった。
様々な方向から時々向けられる視線――女の視線だ。
バーディ自身は自覚も何もないのだが、困ったことにどこへ歩こうともたいてい女の視線を引き付けていた。
マーメイドボンバーの一件もあったからか、この手の視線にも苦手意識を感じていた。
視線の数を考えれば、店の中よりはましだと自身に言い掛けながらも、シャウトの用事がすまされることを内心切に願った。
多少は迷ったのであろうシャウトは、やがて小さな袋を持って店から出てきた。
それを確認したバーディは、自身の片づけを終えてシャウトのもとへ合流する。
「よぉ。買えたのか。」
袋に視線をやりながら、バーディがシャウトに尋ねた。
うつむきがちだったシャウトの頭は、その言葉と同時に跳ね上がり、ギュッとバーディの腕にしがみついた。
何も準備していなかったバーディは、突然のシャウトの行動に目を白黒させることしかできない。
バーディの片腕をしっかりつかみ、放そうとする気配すら見せない。
「怖かったよぉ……」
蚊の鳴くような声で、シャウトはそれだけ言う。
両肩を震わせるその姿は、本当に怖かったことが容易に推測でき、申し訳なさがこみあげてくる。
あいている手を使って腕を解放させたバーディは、そのままシャウトの肩を抱き寄せた。
こうすればシャウトが落ち着くと無意識に思ったかのように。
「大丈夫だ、シャウト。俺がいる。」
優しく囁きながらも、バーディは自身の腕の中にいるのが小さな少女でしかないことに驚きが隠せないでいた。
リーダーとしてどれほど大きな存在でいることを維持するのが酷だったかが想像できて、出来るのなら昔言った言葉を取り消したいほどに。
それほどに、今のシャウトの存在はとても小さくバーディの目に映っていた。
守ってやらなければ、今にでも消えそうな存在に。
ふと女とは違う視線を感じて、バーディは顔を上げた。
道のずっと先に黒い男の影が見えた。
人の流れに流されることなく、じっと立っているようだ。
逆光で表情は見えないが、おそらくこちらをじっと見ている。
すっかり歩の止まったシャウトを優しく促しながら、バーディは視線の先にある男の影から目を離さずに歩を進める。

男の姿がはっきり見える距離まで来た時、シャウトも気づいたようだった。
抱き寄せた肩からシャウトのこわばり、緊張がバーディに伝わってきた。
どうやら見間違いではないようだ。
シャウトの肩をつかむ手に、バーディは力を入れる。
その腕一本で、シャウトのおびえている物すべてから守ろうとするかのように。
「やっぱりあんたは、俺の好みだよ。」
不敵な笑みとともに、男がそっと囁く。
耳をそばだてていたバーディにもその声は届いた。
ビクンと体を跳ね上げたシャウトを、さらに力強く、自分の方へ抱きしめる。
「悪いが、こいつは俺の女だ。余計な手出しはするな。」
鋭い目をさらにとがらせて、バーディはそう言った。
内心、彼女でも何でもないんだけどなとは思いつつも。
とりあえず、この場はお互いのにらみ合いで場を収めた。
もちろん、後日、バーディがこの男のことを徹底的に調べ上げたのは言うまでもない。
そして男が、とんでもない人物を敵に回したと知るのはもっと後の話である。
それよりも今このときは、シャウトを護ることが第一だった。
それはできる限り、精神的な面まで含まれる。
それこそ自分が本当に彼氏だったらいいと願いたいくらいに、だ。
そのまま、バーディはシャウトを家まで送った。
別れ間際に、そんな嫌な思いをするかもしれないとわかっていてまでどうしてそんな恰好をするのかということをバーディは尋ねた。
どうしても気になって仕方がなかったことも、シャウトが礼を繰り返してばかりいたこともあって。
シャウトは、目を数回しばたたかせてから、秘密っと笑った。
その答えをバーディが知るのは数年先のこと――。
シャウトは、プチデート気分で服を選んでいたらいいな、と思います←
バーディはこの一件をきっかけにシャウトを意識するようになったらいいな、と思います←

一応この話には元ネタがありまして、昔見たドラマで、(たぶん主人公の)女性が通勤中、ストーカーに遭われたのか彼氏にさせてくれと絡まれたのかってときに、隣の部屋にオフィスを構えている会社の社員の男にたまたま会いまして。
(それでその会社同士は仲が悪いので、社員同士の中もあんまりよくはなかったんだけど)
女性はこの男性に彼氏のふりをしてくれって、腕をからませて「付き合っている人がいるから」とアピール。
とりあえず、その時はその場をしのいだ…って言うシーンが元ネタです。
ちなみにこのドラマ自体は、この後彼氏じゃないことがばれて色々あったり。
あと、このときカレカノをやっている二人は、実はずっと昔からネット(メッセみたいなもの)で交流があったり。
(HNだからお互い相手が知らなかったけど、お互いメッセの相手に惹かれていた)
最後の方は会社同士が協力してプロジェクトをやったか何かもあって、まぁ、それでお互いが和解したかなんかで最後は付き合うところで終わり。
そんな最終回だったなぁ。言葉もほとんど分からなかったし、いつやっているかもわからなかったので、かなり飛ばし飛ばしで見ていたんだけど、結構好きなドラマだったかも。
できるなら、今度は通して全部見てみたいですねー

って、まぁ、それを踏まえた上でこんな話を書いてみたんですが…
見事に違う気がしますね(笑
自分の独断と偏見で描いたキャラクター像でバーディとシャウトを描いてみました。
バーディが「シャウト!」って言うまで、シャウトの名を出さないようにしようとこだわってみたとか意味がわかりません。
シャウトって、絶対シンプルな服は好きだと思うんですよ。
シンプルでかわいい服なら普通に着るんじゃないかな〜って。

戻りませう