マリッジブルー

そこは、土手の一番上だった。
さわやかな風が吹くのどかな場所に、一人時間が止まったかのようにたたずむ少女の姿があった。
彼女の目に何が映っているのかはわからないが、ずっと蒼い空を見上げたまま動く気配を見せない。
少女の名は、シャウト。ここ、ジェッター星にあるラーメン屋「夏海館」の看板娘だ。
その娘がなぜこの場にいるのだろうか。
答えは実に単純だった。
彼女の父であるツイストは不安に揺れる彼女の心に向き合うよう黙って諭していた。
少なくとも、シャウトはそう解釈した。
お店では、どこからかシャウトの婚姻を聞いた客が店を訪れる都度祝いの言葉を述べていた。
そしてその都度、シャウトはどこか遠くを一瞬見て、彼女には似合わない失敗を繰り返していた。
だから、シャウトはお店から離れた場所で考えを巡らせることにしていた。
そう、数週後に控えた結婚式に関することで。

シャウトは悩んでいた。
自分が本当に、彼のことが好きなのかと。
そして、彼の彼女にふさわしいのかとも。
五つ年上の彼は、すれ違う女性の視線をくぎ付けにしているほどの人物だ。
もちろん、外面だけがすべてだというわけではない。
むしろ、早い時に母を亡くしたシャウトにとっては、確かな温もりと安心感を与えてくれるところが大事だった気がする。
それでも、周囲の視線を常に気にしてしまっていた。
このままでは本当に幸せになるのか。
彼に迷惑をかけるだけではないのか。
彼に、ふさわしい人が別にいるのではないか。
その思いばかりがシャウトの胸を占める。
彼がシャウトを選んだはずなのに、今でもその事実に信じられないでいた。
その原因は、本当は彼のことが好きというわけではないからではないかと自分で自分を疑ってしまう。
なぜなら、シャウトにとって大切な男の人は父親と彼を除いてあと一人いたからだ。
四つ年下で、まだ子供で、何かと面倒を見てやらないといけないと思わせる子が。
特別、という言葉だったら同じくくりにある二人だが、シャウトが持っている想いは異なる。
どちらに対しても、愛おしくて、儚い、そんな想いだが、何かが違うのだ。
どちらが恋なのか、どちらも違うのか、それが分からないでいた。
結婚を前に、これだけははっきりさせないといけないような気がしているのだ。
だが、いくら考えても、思考は同じ所を行ったり来たりするのみ。
一向に出口が見えてくる気配はなかった。
「シャウトか?」
そんなシャウトに、背後から声がかかった。
振り返らなくても、どんな顔をしてそこにいるかシャウトにはわかっていた。
おそらく、大切な人にしか見せない、優しくも心配そうな目を浮かべている。
そう、声をかけた人物こそが、シャウトの婚約者だったのだ。
だから、シャウトは声の主の方を振り向かない。
今、彼にあわせる顔が見つからなかった。
「たまたま下から見上げたらお前がいたから、どうしたのかと思ったのだが…。」
「ごめん、バーディ!!」
相変わらず背を向けていたシャウトに、バーディはやってきた理由を答え出した。
その優しさに耐えられず、シャウトは言葉をさえぎって駆けだす。
お、おいっ!という、バーディの戸惑う声が背後から聞こえていた。
でも、追いかけてくる気配は感じられない。
バーディだって、こんな女相手にしたくないよね、と考えはどんどん悪い方へ行く。
きっと愛想尽かしただろうな。これがバーディのためなんだ。
脈絡の無い負の思いだけが衝きあげてくる。
その思いを払拭するかのように、シャウトはただ走り続けた。
自分がどこへ向かっているのかも、何も考えずに。

気づいた時には、空が暗くなり出していた。
そろそろ帰らないと普段感情をあらわにしないツイストも心配するだろう。
それに、居候で手伝いでもあるシロボンはさぼったと不満を言うだろう。
初めてであった頃よりはだいぶ成長したシロボンだが、いまだに女心が分からないらしい。
いつだったか、マリッジブルーの話をした時、シロボンには分からないと言った話が懐かしい。
あの時は、マリッジブルーなんて完全に他人事だった。
でも今は、自分が当事者だ。
とても辛くて、それでいて結論が出ないことは相手に対して失礼だと思う自分がいる。
どう結論を出せばいいのだろうか、そればかりが頭の中で回る。
「さて、と。」
思い出に終止符を打ち、シャウトは帰路を探すことにした。
夕闇に染まりつつある街はだんだんと見知らぬ風景を映し出していた。
無我夢中に走ったこともあって、帰路が分からない事実にようやくシャウトは思い至った。
見慣れたはずなのに、全く分からない現在位置。
こういう場合は、誰か人を探して道を聞くのが無難な選択だろう。
だが、夜の街はどうしても一人で近づきたくはない場所でもあった。
「シャウトー!」
そんなシャウトの背後から、痛いほどの思いのこもった叫び声が聞こえた。
闇の中からだんだんとその声の主の姿が見えてくる。
シャウトに気付いたのか、駆けつける速度が見る間に上がる。
「シャウト…。」
一瞬ののちには、シャウトはバーディの腕の中にいた。
ずっとシャウトを探していたのだろうか。シャツが汗でぬれていた。
「よかった……。」
小さな声で、安堵するバーディの声は、確かにシャウトの鼓膜に届いた。
本当に、バーディに心配をかけていたのだとこの時シャウトは気づいた。
それまでは、帰り道が分かることに対してしか安堵していなかったのだ。
バーディがここまで心配していたことがうれしく、また、自分が思い出せなかったことに罪悪感を覚える。
きっと、バーディはそんな些細なことを気にしないだろうが。
バーディのぬくもりに包まれ、不意にシャウトは涙がこみ上げてきた。
よくわからないけれど、とてもすがすがしい気分だった。
しかし、涙は涙。バーディは突然のシャウトの涙に驚いているようだ。
体を包む腕からその動揺をシャウトは感じ取っていた。
痛いのでも、悔しいのでもない。
ただ純粋に、涙が流れるのだ。
たとえて言うなら、今まで蓄積していた何か負のものを流し出すような、そんな作業。
このことを表現する言葉を、シャウトは残念ながら持っていない。
ただ、違うことを意味するために、首を振るだけだった。
そのことがバーディに伝わったのかはわからない。
力強く、何からも守るような、そんな温かい抱擁をするだけだった。

「昼間、なんかあったのか?」
バーディのタクシーに乗り、帰路の途中、バーディが聞いた。
ドライバーであるバーディは視線を前に定めているため、後ろに座るシャウトにはその表情がうかがえない。
もちろん、シャウトには答えられるような答えを持ち合わせてはいない。
それどころか、せっかく忘れられたのになんでまたぶり返すの、とバーディを恨みたくもなる。
もっとも、また翌日には同じ問いにぶつかって一人で悩んでいただろうが。
「恋愛に背伸びする必要はないからな。お前は今のままでも十分俺にはもったいない。」
信号が赤になったのか、タクシーが一時停止した。
バーディはこちらに顔を向け、優しく微笑む。
付き合うようになってから見るようになった、バーディの顔だ。
始めのうちは妙にどぎまぎしていたが、今は素直に温かく感じられる。
バーディが恋愛論を語るのはちょっとおかしい気もするが。
もしかしたら、バーディもバーディなりに悩んできたのだろう。
信号が青に変わり、タクシーは再び走り出した。
目指すはシャウトの家、ラーメン屋である夏海館。
明日からはちゃんと働けるような気がする。
そしていつか、彼女であることを誇れるようになればいい、そう願いながらシャウトはじっと彼の横顔を見つめていた。
前回に引き続き、登場人物の名前はぎりぎりまで出さないよう頑張ってみました。
…とか、わけのわからないことをやっています。
一応年齢設定は設けていませんが、このサイトでの話につじつまが合うように考えた場合、シャウトは二十歳くらいです。
(一応子供設定の方ともつじつまが合うようにしているので)

推奨傾向及び第七話の暴走ログでシャウトはバーディとシロボンの間で揺れているとイイ!というようなことをかいたので、それをかき起こしてみよう、と。
揺れているというか、バーディとの結婚を控えて、思いっきり悩むシャウトになりましたが。
今度はバーディがシャウトのことを好きだと認めるまで悩む過程をかきたいなぁと思いつつ。
ここではバーディにとって、シャウトは申し分のない彼女でも、シャウト自身はもっと美人だったらよかった、とか、もっとお淑やかなほうがいいよね、とか、いろいろコンプレックス持っている気がするのですが…。
実際バーディも最初は、そう言うシャウトのマイナス面ばかり意識的に目を向けて、シャウトを想う自分を否定していたんじゃないかなぁ、と思うので。

あ、たぶん、シャウトが帰った後、シロボンはいかに働いたか自慢していると思います(笑)
まだ16歳だから仕方ないよね^^;

戻りませう