Over

「馬鹿……。」
地面に手をつき、ミスティは涙を流した。
いや、正しく言うなら、こらえていた涙が流れた、と言うべきだろう。
バーディから聞いた話と、ゼロが見せた映像。
それらから大まかなものは想像できていた。
それでも、信じるわけにはいかなかった。
そして、手の中にあるものが憎らしくも感じられるのだった。
「馬鹿……。」
もう一度、ミスティは呟く。
こらえていた雫が、また一つこぼれおちた……。

        *     *     *

「本当に、ミスティなのか…?」
目の前のものが信じられないかのようにバーディが呟いた。
盗賊稼業をいまだに続けているミスティは基本的に盗みの痕跡を残さないはずだった。
バーディのよく知っているミスティは、自分だという手掛かりなど残さずに鮮やかに物だけ盗んでいた。
「へぇー。さすがミスティだぁー。」
「どうしたの、バーディ。」
感心するシロボンと難しい顔をしたバーディに声をかけるシャウト。
「何感心しているんや!盗まれたんやろ!」
そんなシロボンに突っ込むのはもちろんガング。
盗むという予告を受けてジェッターズは駆け付けたのだ。
もちろんボンゴもこの場にいる。
そんな彼らの前にあるのは、ミスティの置手紙。
ご丁寧にも、何を盗んだかまで書いてある。
隠密というよりは、自分が来たことを大々的にアピールしていると言っていい。
何より、ミスティが大々的に予告すること自体が不自然だった。
「何を考えているんだ、ミスティ……。」
また、ひとり呟くバーディ。
その様子を、不安げな表情を浮かべてシャウトが見つめていた。
バーディはそんなシャウトに構う余裕がないようで、相手にする気配すら見せない。
「あれ?バーディどうしたのー?」
「ほんまや、バーディ、どないした?」
バーディの様子に、シロボンとガングもこのときになって気づいた。
「あぁ?いや、なんでもない。」
考えに没頭していたらしいバーディは、ほかのメンバーが自分を注視していたことにようやく気付いたようだ。
「とりあえず、ミスティの先回りをしないとな。」
そう言ってバーディはその場を立ち去る。
そのあとを追うのはシャウト。続いてシロボン。
「お前らは足手まといになるからついてくるな。」
バーディがそんな二人に一喝する。
二人がひるんだすきに、バーディは足早に立ち去った。
「あ、ま、待ってよ!」
あわてて追いかけようとしたシャウトの目の前には、すでに誰もいなくなっていた……。

        *     *     *

予告した割にはあっさり盗みだせた現実にミスティは戸惑っていた。
これだけ派手にやったのだ。あいつがいたら、あいつの耳に入っているはずだろう。
一度は受け入れたはずの現実に、また抗いだしたミスティ。
こんなもの、なければよかった。
そう思っていても、一番近い場所に置かずにはいられないものができてしまった。
「返してもらおうか、ミスティ。」
正面から、男性の声がした。
それはミスティが一番求めていた声ではなかったが、“あのころ”をよく知っている人物の声だった。
「バーディ……。」
だから、ミスティは声の人物の名前を呟く。
ミスティの知る、一番今のミスティに近い人物の名前を。
「いったいどうしたんだ、ミスティ。お前らしくない……。」
「なぁ、なんで、あいつだったんだろうな。」
バーディの言葉をさえぎり、ミスティはそう言葉を漏らす。
バーディに呼び掛けているようでも、自分自身に向けて言っているようにも取れるイントネーションで。
「はぁ?」
そんな唐突な問いかけに、バーディは戸惑いを見せた。
「馬鹿だよ、あいつは。」
再びミスティが言う。どこか自嘲気味な雰囲気だった。
こんなものを遺して、その言葉はミスティの胸にとどまった。
知らなかったら良かった。
マイティの、ミスティに対する想いなんて。
壊れたバッジを直してしまうくらいには想っていたということ。
その想いが何なのかは、ミスティの想像、うぬぼれでしかないとしても。
「あいつ…か…。確かにな……。」
バーディが相槌を打った。
「あいつじゃなきゃ守れないものを守らなかったんだからな。」
それはマイティのことを慕うシロボンであり、バーディやミスティでもあって。
体調が回復するまで、縛りつけてでも行かせなければよかったと今でもバーディを苛ませていた。
マイティは、いろいろな物を守ってきたが、大切なモノは守れなかったのかもしれない。

「……マイティに……会いたかったの……?」
バーディとミスティ、二人だけのコミュニティーにまた別の声が加わった。
ところどころ、ぜいぜいと荒い息が聞こえるところを見ると、本気で走ってきたのだろう。
「シャウト!」「お前は……!」
バーディとミスティが同時に叫ぶ。
そう、新たに加わった人物はシャウトだったのだ。
「あたしは、マイティを知らないから、語る資格なんてないのかもしれないけど……。」
そこでシャウトは口ごもる。
「でも、こんなことをしても、マイティは喜ばないと思う。」
そうシャウトははっきりした口調で告げた。
まるでミスティとマイティの間でどのようなやり取りがあったのか見ていたかのように。
「お前に何が分かる。」
吐き捨てるように、ミスティが言う。
「わからないよ。でも、あたしだって、お母さんのお墓参りだけはいけなかったんだから。」
どうしても母親の死が受け入れられなかったから。
受け入れるまでに、どれほどの歳月を要したのだろう。
「だから、ミスティもそうだと思っただけだよ。」
盗みを働けば、ジェッターズはやってくる。
派手にやるのは、その分噂が伝わりやすくなるから。
それがシャウトの考えの根拠だった。
「バーディなら覚えているだろ、これを。」
ミスティは胸ポケットに入っていたジェッターズのバッジを取り出す。
これが、答えのひとつなのかもしれない。
正直なところはミスティ自身もわからない。
「あいつが、直したんだ。あたしのバッジ。ゼロの最後の手紙に書いてあった。」
ミスティはそれだけ告げる。
そこに、様々な思いが込められていた。
追いかけに来てくれることを期待して、会いに行かなかったこと。
素直になれずに、伝えられなかった言葉がたくさんあったこと。
いつでもなんて、変わらない未来が来ると思っていたこと。
素直になれたら、何か変わったのだろうかなんて柄にもあわずに思うこと。
「一度は受け入れたはずなんだけどな。これを見るとどうしても。」
そう言って、ミスティは悲しげに笑った。
「ミスティ…。」
バーディはそう声を漏らすが、それ以上かける言葉が見つからないようだった。
シャウトに至っては頭を振るだけで、言葉すら出てこない。
彼女自身、母親の死を受け入れようとして、その実忘れようとしていたような過去があったからだろう。

「ミスティ、みーっけ!……あれ?シャウトもバーディもいたの?」
この場に不似合いな声が響いた。
「おりょ?ミスティ、ジェッターズに入るの?」
目ざとくミスティの手の中にバッジを見つけたシロボンが訊ねる。
「いや、入らないさ。」
「えー、どうしてー!」
はっきりと、意思を示したミスティに不満げな表情のシロボン。
「そうだ、これは返すよ。」
もうあたしにはいらないものだから、さびしそうにつぶやくミスティ。
シロボンは渡された物に、驚きを隠せないでいた。
「え、えぇー!これって、今回の…!」
ミスティが盗んだものだった。
そしてミスティはそのまま三人に背を向けて歩き出した。
「「ミスティ!!」」
バーディとシャウトが同時に叫ぶ。
「お前、これからどうするつもりなんだ?」
振り向いたミスティに、バーディが先に問いかけをした。
「さあね。」
はかなげな笑みを浮かべて、ミスティはそう返した。
「ミスティ!いつか、いつか、遊びに来てね!」
場所はバーディが知っているから、そうシャウトはミスティの背中に向けて叫ぶ。
根拠があったわけではない。
ただ漠然と、ミスティと語りあえるとシャウトは思ったのだ。
ミスティはそんなシャウトに背中を向けたまま、片手を振って見せた。

きっと、これからがミスティの旅立ちとなるのだろう――
マイティとの思い出を携え、出口の見えない旅に――
だんだん脱線していったきらいがありますが、一応ミスティ→マイティの方向で。
諫山さんの「Over」は激しくミスティ→マイティのきらいがあるなぁ…と思ったのです。
ただ、マイティ亡きあとにミスティだけでマイティに対して語るのって無理があるなぁ…と思ったり。
どうもアニメ本編でもジェッターズがいたからか、ジェッターズ抜きで話の展開が思いつかなかったです。
個人的には、人の死に関してはシャウトが一番の先輩だと思っています。
シャウトとミスティはどこか似ているところがある(大切な人を喪うとか)ので、仲良くなれるのでは、と思います。

ミスティ大作戦とか26話とかをじっくり見て書きたかったなぁ…と書きながらつくづく思いました
そう言う意味ではうろ覚えのデータだけで書いたとも言えるわけで。
気に入っていただけるのか、楽しんでいただけたのかかなりドキドキです…。

戻りませう