半分だけの愛

バーディと付き合うことになった。
その事実は今でもシャウトには信じられなかった。
夢を見ているのではないかと不安を感じずにはいられない。
だからこそもしこれが夢なら、一生醒めてほしくはないと願わずにはいられなかった。

「ごめん、遅れた!」
まだ落ち着かない呼吸でシャウトは言った。
そんなシャウトをバーディは呆れたような仕方ないと諦めたような表情で見ている。
待ち合わせにシャウトが先につくことは珍しい。
たいていバーディが先に来ているが、それでもシャウトが待ち合わせ時間に遅刻することは滅多になかった。
今回は久しぶりに――恐らく付き合ってからは初めて遅刻した。
「まぁ…間に合うだろ。行くぞ。」
時計を確認してバーディが言う。
手を繋ぐことにお互い気恥ずかしさが残るのか、並んで歩くだけ。
通りは大勢の人が行き交い、少し気を抜けばすぐにはぐれてしまいそう。
周囲の雑踏にとけこまれてしまいそうで、シャウトは思わずバーディの顔を見上げた。
バーディの端整な顔は真っ直ぐ前を向いていた。
しかし何かを思い出しているのか、その瞳に目の前の景色は映していないように見える。
ずっと遠くの、シャウトの知らない何かを映しているようでもあった。
「どうかしたのか?」
じっと見上げるシャウトの気配にようやく気付いたバーディが聞いた。
「ううん。掴んで…いい?」
おずおずとシャウトが聞いた。
そのままバーディがどこか行きそうな気がして、まだ忘れられないことに寂しさを感じて心が冷えてきていたことは胸にとどめる。
そんなシャウトの心情を知ってか知らずか、バーディはシャウトに左手を差し出した。
シャウトはその手を右手で掴む。
バーディの温もりが伝わってきて、シャウトは何故か泣きそうになった……。

時々、シャウトは自分がマイティの代わりなんじゃないかと感じることがある。
バーディの中では、彼女というポジションではなく、大切な人というポジションなのではないかと不安になる。
バーディにとって大切な女というのはそれなりに誇れるのかもしれない。
だが、大切は大切でもシャウトの求めるものとは何か違うのだ。
そして、今のままではバーディに愛されているとは実感できない。
わがままなのかもしれない。それはもう何度も考えてきたことだ。
欲張りなのかもしれない。そう、何度も言い聞かせてきている。
マイティと自分は別なんだとわかってほしい。
あたしは女なんだ。そしてあたしが望んでいるのは親友関係ではなく、カレカノの関係なんだ。
そう、声に出して言えたらどんなにいいだろうと思う。
そうしたらきっと、バーディは困った顔を向けるだろう。
そしてきっと、聞くのだ。どこが違うのか、と。
バーディの手を掴みながら、シャウトの心はなぜか闇にとらわれていた。
それはバーディが無造作に左手をさし出しただけだったからなのかもしれない。
相変わらずバーディは、ただ正面を向いているだけだったのだ。
だからシャウトは一人で思いを巡らす。
それが負へのスパイラルだとわかっていても止められない。
たこ焼きを見かけたとき、一瞬目を細めるのをシャウトは見逃していない。
そういう行動の一つ一つが切なく、苦しい。
こういうときのバーディは一瞬かもしれないが、シャウトを忘れているように感じるからだ。
死者にはかなわないとはよく言うが、全く歯が立たないようで悔しい。
「本当に何もないのか?」
いつの間にか、シャウトはバーディの腕を引っ張っていたらしい。
沈み込む気持ちに合わせて体は重く感じていた。
その時に一緒に重力に従って下がったのだろう。
引っ張られる腕を怪訝そうに見ながら、バーディはそうシャウトに聞いた。
驚きで目が見開かれている。
わがままを言ってバーディを縛りたくないシャウトは、ただ首を振ることしかできなかった。
なぜなら、バーディがシャウトを大切にしているのは、つながった左手からわかっていることだったからだ。
バーディは分からないという表情を浮かべていた。
しかし、シャウトの求めているものがわかったのか、シャウトの右手から自身の左手を抜く。
それからその左腕でシャウトを軽く抱き寄せた。
シャウトの左肩に、バーディの左腕が回されている。
「そうだったら、何っつー顔しているんだよ。」
バーディはシャウトを見て、ほほ笑んだ。
今のバーディはシャウトを見ている。前を見ているときも、目の前の風景をその瞳に映している。
シャウトはつられてほほ笑んだ。あくまでも、自分の中ではほほ笑んだつもりだった。
でも、寂しそうな笑みを浮かべていやしないか不安でもあった。

向かった先は映画館だった。
シャウトがかねてから見たいと言っていたものだ。
バーディの肌に合うかは分からない。
しかし、バーディがつきあってくれるというのだから素直に甘えることにしたのだ。
シャウトが選んだものは、恋愛ものというよりは命の輝きを扱ったようなもの。
バーディはマイティを亡くし、シャウト自身は母親を亡くしているので、どこか重い作品でもある。
シャウト自身は向きあうまでに時間がかかったが、思い出から逃げるのはやめた。
だから、作られた物語とはいえ登場人物が死や病とどう向き合っていくのか知りたかった。
だが、バーディはまだ思い出にとらわれているきらいがある。
そこがシャウトの心配ごとでもあった。
事前にどんな映画かはバーディに話してあるし、バーディはそれをなんとも思っていない風だった。
バーディにとってはシャウトとマイティは別の人間だからとくに気にも留めていないからだろう。
シャウトがどんなに、バーディの心に立ち入りたいと願っても、バーディは半分しか見せてくれない。
残りの半分、もしかしたら大半はまだマイティで占められているようで、寂しいことを知らないだろう。
結局、妬みの感情を持って見ていると妬みしか見つからなかったのかもしれない。
唐突に大切な人を奪われたシャウトにしてみれば、恨みこそはすれど、感謝はできなかった。
余命を宣告され、それまでの葛藤、そして受け入れて短い人生を全うしようと本人も周りもしていく姿。
だからこそ、最期は出会えてありがとうと思えるのだろう。
悲しくても、いくら悲しくても、そこには悲しさ以外の正の感情もある。
どうしてと思う時期は相手が生きているか死んでいるか異なるが、唐突に失った時は受け入れるまでの期限がない。
宣告された場合は、相手の生存中に受け入れられなかったら、もしかしたら一生の後悔につながるのかもしれないが。
バーディもシャウトと同じで唐突に大切な人を喪った側だ。
いまだに思い出に縛られ、後悔に縛られている。
バーディはきっと、シャウトと同じかそれ以上のものを感じただろう。
映画を観終わった後のシャウトは無言で、バーディも無言だった。

昼食の時は映画のことを忘れてたわいもない話をした。
といったところで、話をしたのはほとんどがシャウトだ。
バーディがあまり話をしないからこそ、シャウトは常に壁を感じてしまっていた。
相槌くらいしか打ってくれない。
シャウトのことを考えて行動してくれていることとかがわかるとはいえ、雑談できる仲じゃないんだと感じさせられると辛い。
あえてそのことを考えないようにと、シャウトはとにかく自分の口を動かすことしかできなかった。
これが積み重なったら、いつか唐突に、どうしてあたしを選んだの?と聞きかねない。
ひょんなところで口をついて出てくるかもしれない。
そういうのは全部考えないことにしている。
ほとんどシャウトが話すといっても、バーディが全く話さないわけではないからだ。
そしてそれが事務連絡とかそういうのではなく、軽口をたたくこともある。
からかわれているのがわかっていてシャウトはすねることもある。
それでも、相手にしてもらっている、自分を見てくれているという嬉しさがある。
もちろん悔しいのでそれを顔には微塵も見せない。
そんなすねたシャウトの心情を見通しているのかいないのか、バーディは笑みを向ける。
今となってはシャウトにしか見せない笑み。
しかし、かつてはマイティによく見せていた顔だと思うと胸の中がズキンと痛む。
かわいくないな、そうシャウト自身が感じていた。
マイティのことを忘れろとは言わない。それはマイティがかわいそうだから。
でもバーディを独占しているようで妬ましく想う感情を抑えることはできない。
バーディの全部が見たい。全部がほしい。
そんな醜い感情が渦巻く。
いつか、そんな日が来るのだろうか。ふとシャウトは思った。
バーディがシャウトだけを見て、シャウトをぎゅっと抱きしめてくれる日が。
願わずにはいられない。
かつてはそばにいるだけでよかったはずなのに、いつの間にか願うものがどんどんわがままになってきている気はしていた。
考えにどっぷりつかっていたため、シャウトはバーディが不安げにのぞきこんでいたことに気付かなかった。
「シャウト、シャウト」
不安げにバーディは呼びかけ続けていた。
思い返してみれば、今日のシャウトは変に映っていたかもしれない。
そう頻繁にあるわけではないデートなのに、特に喜ぶそぶりも楽しむそぶりも見せなければ、バーディでなくても不安になる。
このまま終わりになるのだけは嫌だ。それだけは確かなことだった。
だが、シャウトにはうまく感情を切り替えるすべを持っていなかった。
「ごめん、大丈夫。」
だからシャウトはこれしかいうことができない。
バーディはどうすればシャウトが楽しめるか悩んでいるようでもあった。
そばにいるだけで幸せなのに、それだけでは今のシャウトの顔に笑みは戻ってこない。
今この瞬間はバーディがシャウトに向いているが、いつこの関係に疲れを覚えるかもわからない。
そのときシャウトはどうするのか、今はまだ考えたくなかった。
「大丈夫って…。」
そこでバーディは言葉を失った。
「なんか、自分でもまだよくわからないから…さ。」
やっとの思いで、それだけは言えた。
バーディは少し考えた顔をしたが、小さく頷いた。

そのあとはバーディの提案でゲームセンターを回ることにした。
「ほら、やるよ。」
ただバーディがやる姿を横で見ていたシャウトの手に、バーディはぬいぐるみを押しつける。
バーディの動体視力によって見事に取られた景品だ。
それは肌触りのよい、ふわふわした白いウサギのぬいぐるみだった。
どう考えてもシャウトのために取ったとしか考えられない愛敬のあるぬいぐるみだ。
ぬいぐるみのぬくもりがバーディのぬくもりを伝えてきているような錯覚にシャウトは一瞬おちいった。
だが、バーディがシャウトを女として大切にしていることは十分に伝わってきた。
「好きだろ、そういうの。」
バーディがシャウトに視線を投げてよこす。
今日一日様子のおかしいシャウトのために、バーディは何かしようとずっと思っていたのだろう。
バーディの笑みに、シャウトは自然の笑みを返せた。
「ありがと、バーディ。」
「やっと笑った。」
シャウトのお礼に、バーディはそう言って笑った。
表情が一層柔らかくなっている。
バーディは確かにシャウトのことを想っていた。
それが表に出るのが阻まれていたのは、もしかしたら再び喪うことへの恐怖があったからなのかもしれない。
もしそうならば、今はまだ、半分だけでいい。
時々嫉妬してしまうかもしれないけれど、そんなアタシを見捨てないのなら。
でも、いつか、ありったけの愛で向いてくれる日が来てほしい。
いつもの笑みを取り戻したシャウトはそう願いながら、バーディの横でほほ笑んだ。
諫山実生さんの『半分だけの愛』はマイティを想うバーディでの鳥叫にしか見えません…。
BLとかそういうことではなく、友としてマイティを強く想うバーディって、その想いが強すぎるからシャウトは最初のうち複雑なんじゃないかなって。
36話だったかな?ジェッターズの一日の時に思った事なんだけど(結局そこには書きそびれたから別のどこかに書いてあるんだけど)、バーディって最初のうちは喪われたマイティの穴を埋めるために女をとっかえひっかえしていそうだなぁって。
でも、シャウトは大切だから、そんな道具として扱いたくなくて、傷つけたくなくて、あの時はシャウトにだけは手を出さないんだろうなーって。
で、シャウトと付き合うようになっても、それはまだマイティのことを本当にまだ消化はできていないんじゃないかなって。
だから、シャウトがそばにいるのに、ふとした時にマイティを思い出してそのことを想ってしまうのかもしれない。
今度こそは絶対になくしたくないと思う反面、喪った友のことを思い出さずにはいられない。
そのことがシャウトを複雑にさせているんじゃないかな。そんなことを思いながら書いていました。

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