交錯する想い

ジェッターズのメンバーが一人抜けて、早々数週間が経過していた。
かつて例外的にボンバー人以外、しかも女がリーダーをやっていたという名残はもうどこにもない。
ただ、メンバーの記憶に刻まれていることを除けば、だ。
いつの間にか彼女の話題もほとんどメンバー内では出なくなっていた。
そんなある日の話だ。
「そういえば最近、シャウト可愛くなったとちゃうか?」
ガングのこの一言が発端となった。
それはいつものように任務を終えてジェッター星に戻った時の話だった。
「えー。そう?ガング、目がおかしくなったんじゃない?」
毎日シャウトを見ているシロボンがそう言った。
毎日見ているからこそ、シロボンはシャウトの微妙な変化は気付いていないのかもしれない。
「そ、そうか?」
内心動揺する心を押さえて、バーディはそう言う。
この時バーディはシャウトと付き合いだして数週間が経過しているが、そのことはまだ誰にも言っていなかった。
その理由には博士やガングがこの話題に食いついたら、とんでもないことになるのが目に見えていたから、というのもある。
「おかしくなったってなんやシロボン!わいの目は問題なしや!」
「この間道でシャウトを見かけたボンゴ。」
いきり立つガングをよそにボンゴがそう話し始める。
しかしそれを聞いていたのはバーディだけだ。
ボンゴとガングはたいてい一緒に行動しているため、ボンゴが見たということはガングもその時見かけたのだろう。
「まとう雰囲気が変わっていて一瞬誰かわからなかったボンゴ。」
おそらく彼らがそれをシャウトだと気付いた後導き出した結論がそう言うことだったのだろう。
その背後ではシロボンが、『シャウトが可愛いだなんておかしいよ!』といい、ガングが『わいだって疑ったわ!』と叫んでいた。
「あのシャウトが、やで。あのシャウトがあそこまで変わったんや!きっとこれには何かある…!!」
ガングがそう結論付けた。
「そうかなぁー。シャウト、変わったー?」
シロボンは半信半疑の様子で首をかしげた。
ガングが勘づくのも時間の問題かもしれない、バーディは冷や汗が流れるのを感じた。
そして追い打ちをかけるかのタイミングでシロボンがあることを思い出した。
「そう言えば、バーディ、この前シャウトに何を言ったの?」
バーディは体がこわばるのを覚えた。
もちろん、ガングはこの状況を見逃しはしない。
「シロボン、なにがあったんや?」
ガングはそうシロボンに尋ねた。
そこにシャウトの変化の原因があるとにらんでいるかのように。
「ジェッターズやめた後からシャウトさ、自分の部屋にこもることが多かったんだ。」
シロボンが思い返しながらそう言う。
何が起きたかわかっているバーディは興味なさげな風を装ったが、ボンゴもガングもそんなシロボンの話に興味津々なようだった。
「で、バーディがお店来た時に、シャウトに何か話したんだけど……。」
ここでシロボンは恨みがましくバーディに視線を投げつけた。
「僕には出ていけって言って、何を話したか教えてくれなかったんだ。あの後出てきたバーディを捕まえてもはぐらかされるだけでさー。」
もったいぶるようにシロボンはここで一度言葉を切った。
ガングもボンゴも身を乗り出すかのようにシロボンの言葉を聞いている。
シロボンはバーディから視線をそらさないから、迂闊に立ち去るわけにもいかない。
バーディはただただその視線を受け止めるだけだった。
「それでさ、その次の日からシャウト、いつものように戻ったんだよね。だからバーディと何かあったんじゃないかなって思うんだけど。」
この言葉で、バーディを見つめる視線はシロボン一つからガングとボンゴを加えた三つになった。
「バーディ、何か知っているんやないか…?」
ガングがそう言い、バーディににじり寄る。
「知らねぇ。ただ愚痴を聞かされただけだ。」
だったら僕がいてもいいじゃないかと言いたげなシロボンには目で黙らせる。
「あー、それは災難やったなー。」
わかるで、バーディ。うんうん。そうガングは頷く。
時々、ガングのこの単純な所に救われるとバーディは感じていた。
ボンゴのほうはもしかしたらすべて見通しているのではないかと思うことがしばしばだが、それでも何も言ってこなかった。
もしかしたらボンゴはボンゴで経験的にバーディに関して何か学んでいるのかもしれない。
「それじゃ俺は帰るぞ。」
一々宣言するようなものでもないが、今回ばかりはそう断っておかないと逃げたと思われかねない。
「あ、うん。」「お。バーディお疲れー。」
そんな声に送られてバーディはその場を立ち去った。

扉が閉まるや、バーディはため息をついた。
このようや経緯に至るまでのことを考えると、バーディですら疑問を覚えていた。
バーディにとってシャウトは初めての女ではないが、今までの女とはいろんな意味で違っていた。
第一に、ほんの数か月前までは同じジェッターズとして働いてきた仲だ。
それをきっかけにして、バーディは夏海館でラーメンを食べる回数も増えたし、またシャウトがバーディのタクシーを利用するようにもなった。
ともに接客業に身を置いている身分であるが故に共有できる苦労も数多い。
もしかしたら、彼女の父であるツイストやその友人である博士を除けば、バーディほど彼女を知っている人も少ないのかもしれない。
それほど、バーディにとってはよく知る人物であった。
第二は容姿だ。彼女は美人と評するよりもずっと、かわいらしいと評したほうが似合うだろう。
服装も決して華美ではなく、肌の露出もそこまで多くはない。
そういう意味では人目を引く容姿ではなく、それが彼女自身のコンプレックスでもあるらしい。
また、よく知っている相手であるからには、彼女の性格についても重々承知している。
若干世話焼きでうるさいところがあることも知っている。
もう少し“女らしい女”のほうが好みであったはずなのに。
単純に好みで言ったら、シャウトよりもずっとずっといい女なんてたくさんいたのに。
それでもそんな女たちでは駄目だったのだ。
どうしても、シャウトが忘れられなくて。
なんでシャウトと付き合うことにしたのだろうか。
なんでシャウトのことが忘れられなくなってしまったのか。
なんでシャウトの行動が、想いが気になって仕方がなくなってしまったのだろうか。
そして、いつからそのことを気にするようになってしまったのか。
バーディにはその答えがわからないでいた。
ハーっともう一度、バーディは深いため息をついた。
考えてわかるようなことなら苦労しない。
とりあえず、この後も副職であるタクシーの運転をしなければならない。
今はシャウトのことを脇にやるしかなかった。

一方、バーディが出た後もガング達の話題は変わらなかった。
「で、ガングはどう思っているのー?」
結局シャウトが変わったということにしたシロボンがその理由を尋ねる。
「それはわいも考えたんや。でな、女が可愛くなる理由は一つしかないということに気づいたんや!!」
「うんうん。それはなんなの。」
こことぞばかりに力説するガングに、身を乗り出して尋ねるシロボン。
ボンゴは一歩離れたところでそんな二人を見守っている。
さすがに付き合いが長いだけあって、どのようなやり取りがあるのか、そしてどんな行動を起こすのか見当がついているようだ。
「女が可愛くなる理由!それは恋や!シャウトも人並みに恋ができるんやなぁー。」
シャウトのロマンチックな部分は何度か見ているはずなのに、ジェッターズの面々の共通認識としては、男勝りでしおらしさとは無縁であるようだ。
自分をかわいらしく見せることで相手をひきつけるのが普通の恋する女性だとするのなら、それはシャウトに当てはまるようには思えなかったのだ。
「えー!うっそー!シャウトに好きな人?!」
シロボンが驚きの声を上げる。
「そんな男の人の姿、見たことないよ?!シャウト、出前の時くらいしか外に出なくなったし。」
「その、出前を受け取る男が可能性としては高いんやな…。」
ガングは一人で腕組みしてふんふん頷く。
「そうかなぁ〜?」
シロボンは首をかしげる。
色恋沙汰をまだよく理解していないシロボンは、そういう方面の人間観察はできない。
ボンゴは黙ってそばにいるだけだった。
ボンゴの場合、ある程度の事情は推測ができていたが所詮それは推測の段階でしかない。
その推測を迂闊に二人に告げてしまえば、事態がこじれるどころでは済まされないことも推測がついていた。
だから、そっと事態を見守るだけにとどめる。
「どうや、シロボン。また原因を調べにシャウトの後を追っかけて見ないか!」
ガングが提案した。
すぐにシロボンはその提案に賛同する。
そしてシロボン・ガング・ボンゴの三人もこの場を後にした。

どんなにたくさん人がいたとしても、シャウトだけは絶対に見つけ出せる。
いつの間にか、バーディはそう断言できるようになっていた。
一番見なれた姿だからだと何度も自分に言い訳してきた。
しかし、どんな経緯があったにしろ、シャウトと付き合うことになった現実は変わらない。
バーディが相変わらずこのような態度を取っていてはシャウトを傷つけてしまいかねない。
これは、頭ではわかっていても、どうしても考えてしまうことだった。
その時、ふとバーディの視界の端で見なれた影をとらえた。
見まごうはずもない、シャウトの姿だ。
シロボンは先ほどまでジェッターズの仕事をしていたので、シャウトが出前に行っていたことには頷ける。
仕事とプライベートをはっきり分けているバーディは、一瞬浮かんだ挨拶しようかと言う考えを打ち消した。
そう言うことは、後で電話でもすればいいことだろう。
そう思いながらも、バーディはシャウトの姿をやさしく見守った。
そして見守ったからこそ、その後ろに三つの影があることに気付いた。
「……。何やってんだ、あいつら。」
その影がだれだか認識するや、バーディはそうため息をついた。
ガング・ボンゴ・シロボンの三人がぴったりとシャウトの後を追いかけている。
当人たちはうまく隠れているつもりなのかもしれないが、はたから見たら不審者でしかない。
現に通行人の何人かはそんな三人に対していぶかしげな視線を投げかけていた。
シャウトに気づかれなければそれでいいのかもしれない。
シャウトに話しかけなくて正解だったな。
直前までガング達が話していたことを思い返してバーディはそう思った。
今はまだ、彼らには知られたくない。
バーディ自身の整理がついていないから。
そのタイミングで信号が青に変わったので、バーディはタクシーを走らせた。
誰にも気づかれず、バーディはその場を去った。

「しっかし、それらしい様子は見えないなぁ。」
「デートは毎日するものじゃないボンゴ。」
じりじりするガングとシロボンにそうボンゴはなだめる。
「そうやな。また明日出直すか。」
ボンゴの一言でガングはそう思いなおす。
もうすでに日は暮れていた。
シャウトがこれから出かけるとは考えにくい。
シロボンに、それとなくシャウトを見張るようガングは何度も念を押して、三人は帰るべき場所へ帰った。

「どうしたんだ、バーディ。」
客を下し、一日の仕事が終わったバーディに話しかける人物が一人。
「ナイトリーか。何の用だ?」
「きいたぜ。この間のお譲ちゃんと付き合うようになったんだってな。」
若干頭をあげてあいさつするバーディに、ナイトリーはそう言った。
相変わらず情報には早い奴だ。
バーディはだれにも話していなければ、シャウトもそのことはだれにも話していない。
お互い、いきなり関係が変わってもまだその実感がわかないでいたからだ。
「だからどうした。」
そっけなくバーディはそう言う。
それだけで、ナイトリーならバーディがシャウトのことを考えているのだと見抜いてしまうだろう。
「お前、趣味変わったなと思ってな。」
そう言ってナイトリーがかすかに笑う。
趣味が変わった。それはバーディ自身も感じたことだ。
感情に理由はないと言うが、それらをひっくり返すだけの理由はきっとどこかにあるはずなのだ。
「ま、なんだかんだ言いながらも彼女として付き合う女はあのお譲ちゃんが初めてだろうから、趣味も何も関係ないんだろうけど。」
そう言ってナイトリーはさらに笑う。
こいつの情報網は末恐ろしいと時々バーディは感じる。
しかし、友人知人の場合はそのためにそっと慰めに来てくれるから大いに助かるところでもある。
その慰め方がどんなに突き放すようなものであっても、その時バーディが一番必要とすることをナイトリーは常に言ってきていたのかもしれない。
「いいんじゃないの。あのお譲ちゃんのいいところは、お前にはないしな。」
それだけ言うとナイトリーは立ち去った。
「お前がそんなんじゃ、お譲ちゃんのほうはつらいだけだぞ。」
バーディの耳にその言葉がこだました。
ナイトリーは、バーディにシャウトのいいところも見るべきだというためだけに来たのだろう。
シャウトのいいところなんか、ナイトリーよりもずっとわかっている。
そうバーディは心の中で思った。
たくさんの辛いことがあっても、人に甘えず気丈にふるまう彼女。
彼女が口にする愚痴は、そのこと自体は大問題でも、彼女自身に対しては些細な問題でしかない。
母親の死に対してすら、周りの助けを多少借りたとはいえ、ほとんど彼女自身で乗り越えている。
それがどんなにつらく、難しいことはマイティを喪ったバーディには痛いほどよくわかっていた。
かつて、父親が再婚すると聞いた時、シャウトはそのことを受け入れた。
父親も前に進んでいるのだと言って。
その時のシロボンではないが、この出来事はバーディをも驚かせた。
その強さは、彼女の魅力でもある。
その一方で時々見せる弱さもある。
夏海館の経理面を管理しているが故の悩みや、それ以外の局面での不安や恐怖など。
おそらく、母親を喪い、気丈にふるまうようになってから、彼女はそれらの感情を隠すために強く見せかけていたのだろう。
強さ自体は備わっている。だが、弱さを隠すためにふるまわれる強さもある。
そのことに気付いた時、ふとバーディはシャウトをいとしく感じた。
弱さを隠そうと無理に肩を張る姿を想像し、思わず抱きしめたくなる。
もちろん、ここにシャウトは存在せず、突き出た腕は宙を掻くのみ。
また、彼女のよさはそこだけではないのも事実だ。
気配りできるし、そういう意味では感情を読むのはうまい。
アンドロイドであるゼロですら、敵ではないことを読みとっている。
ただ、この時は情報不足が多すぎたため、彼女自身すごく苦しかったのかもしれない。
一度、彼女の代わりにリーダーをやったこともある。
その時、彼女も、マイティもすごいことをやっていたのだと実感した。
初めは女には無理だとかたくなに認めていなかったが、いつの間にか彼女だったら大丈夫だと思えるようになっていた。
その彼女に、喪ったマイティと同じものを求めてしまった。
今となっては推測でしかないが、彼女がジェッターズをやめようとした一因にはバーディのその姿勢があったのかもしれない。
シャウトのことに思いを馳せていると、様々な彼女の表情が頭をよぎる。
一言で笑うと言っても、寂しげな笑み、楽しそうな笑み、何か考えているような笑みとたくさんの笑いがある。
怒った顔は見せても、すぐに優しげな笑みになれるのは、彼女の器が広いからだろうか。
最近はむくれた顔もよく見るようになったが、それが作りものなのはよくわかっている。
シャウト、シャウト、シャウト……。
こんなにもシャウトの思い出を大切にしていたのだと気付かされる。
いつの間にか、マイティと同じくらい大切になっていたのだと気付かされた。
かたくなに認められなかったのは、もしかしたらバーディ自身が変化に恐れていたのかもしれない。
今日と同じ明日が来ないことはマイティを喪ったときに知ったのに。
それだからこそ、より悪い明日が来ないようどこかで願っていたのかもしれない。
無性に声が聞きたくなって、バーディは携帯に手を伸ばした。
バーディがシャウトに電話することはない。必要なかったからだ。
それでも、シャウトの番号は空で覚えていた。
呼び出し音が鳴る。きっと彼女は、どうかしたの?!と驚いて電話に出ることだろう。
その彼女の様子を想像して、バーディはひっそりとほほ笑んだ。

翌日、シロボンはガング達と修行してくると言って夏海館を後にした。
シロボンがリーダーになってからシャウトはあまりシロボンの行動に口出ししないようになっていた。
リーダーという自覚は自分で体験しなければいけないと考えているのだろう。
「なんやって?!今日のシャウトはご機嫌だったやと?!」
シロボンからの報告にガングが驚く。
シャウトがだれかにあった形跡も、あの後でかけた形跡もないということも併せて報告される。
「きっと電話で友達と話をしていたボンゴ。」
早とちりする二人にボンゴはそう言う。
「そうか、電話や!今度の日曜日空いていませんか?とか言ってデートの約束を取り付けたんや!」
しかしそれは逆効果だったようだ。
おおそうか!とシロボンとガングの二人は電話という単語以外ボンゴの話を聞いていなかった。
「じゃあさ、近いうちにシャウト、誰かとデートするのかな!」
楽しいものが見れるかのようにシロボンは目を輝かせる。
「きっとそうや!遊園地行ったり、映画館行ったりするんや!」
二人で観覧車に乗り、沈む夕日を眺めて、ああ、なんて奇麗なのかしら、とガングはシャウトのかつらをかぶって祈るような恰好でつぶやく。
相手の男性がまだわからない状態なので、ガングはシャウトに扮したまま、完全に遊園地デートモードに突入していた。
それがいつものことなので、ボンゴは特に何も言わない。
シロボンは何がロマンチックなのかわからないようで、頭にクエスチョンマークをいくつも浮かべていた。

実際のところ、バーディは電話したものの話す話題がなかった。
受話器を取ったシャウトは、バーディの予想通りの反応をした。
驚きと、喜びをにじませた声でどうしたのか聞いてきたのだ。
その声を聞いただけでバーディは十分満足できたのだが、彼女のためにも何か電話する口実があったほうがよかったのかもしれない。
「いや…別に…。」
そうバーディは言葉を濁らすことしかできなかった。
「そう……。」
そう言って彼女のほうも黙ったのだった。
「ねぇ、バーディ。シロボン、どう?リーダーとして。」
話題を模索していたシャウトがあかるげな声でそう尋ねた。
声が明るいのはきっと、話題がなくて沈黙してしまった重みを払しょくするためだろう。
「あ?ああ。まだまだ甘ちゃんだが、なんとか様になってきているさ。」
「そう。もし変な失敗しでかしたりしたら思いっきりしごいていいから。」
バーディの返事に、シャウトはそう返した。
若干声のトーンが落ちてきたのはさびしさからだろうか?バーディはそう推測した。
「ああ。わかった。」
あえて気づいていない風を装ってバーディはそう返す。
だが、シャウトの返事はなかった。
おそらく、ここでこの話題も終わったからだろう。
もし、シャウトも、バーディの声が聞きたくて受話器を手放せないのなら。
ふとその仮定が頭をもたげる。
話題がないことは電話を切ることにつながり、そこで今のつながりも切れてしまいそうに感じているのかもしれない。
そしてそれは、バーディも同じことだった。
今の二人は顔も見えない、電話一本だけのつながり。
「ねぇ、バーディ。」
唐突にシャウトが言った。
どこか寂しげで、悲しそうな声だった。
「電話するのに、理由はいらないよね。」
すがるように彼女はそう言う。
その声を聞いた時、今すぐにでも彼女のもとへ飛んでいきたいとバーディは思った。
シロボンに見つからないで行くには窓から行くしかないのだろうけど。
「いや、理由はあるはずだ。」
バーディは自分の心を押さえ、そうはっきりとシャウトに告げた。
そばに行かない代わりに、彼女を安心させる言葉が告げられたらと願って。
「現に俺は、お前の声が聞きたいという理由だけで電話したんだ。声さえ聞ければそれで十分だった。」
はずなんだけどな、小声でそう続けた声は、マイクに拾われたかはバーディにはわからない。
ただ、シャウトの息を呑む音だけは聞こえた。
「そう言うわけだ。じゃ、お休み。」
「ま、待って、バーディ。」
電話を切ろうとしたバーディにあわてて止めるシャウトの声がした。
「それ本当?」
おずおずとシャウトが聞く。
バーディから電話がかかってきただけでも驚きなのに、バーディが言った言葉にさらに驚いたようだ。
「そんな嘘俺がつくか!!」
そう言ってバーディは今度こそ電話を切った。
そのあとシャウトがどうなったのか気になって、翌朝ガングに報告するシロボンの後をついていったが、唐突に電話を切られたことには怒っていないようで安堵した。
そして今日も、バーディは仕事を始める。

ガング達はそれから一週間、時間さえ許せばシャウトの様子を遠くから見ていた。
さすがに電話を盗聴することはしなかったが、行動はほとんどすべて見ていたことになる。
この間特に変わったことは見受けられない。
相変わらず化粧っ気のない顔で、服装なんかも人目をひくものではない。
時々、ジェッターズの時は着ないような服を着ているときもあるが、シンプルな服であまりデートという気はしない。
実際その時のシャウトは義母の付き添いで出かけるようなことが多かった。
お店に顔を出す人の中にいるのでは、と疑ったこともある。
あまり実感はわかないが、一日百人強は最低でも来ている夏海館だ。
一週間見ていたところで、全員を覚えることは不可能だった。
知っている顔といえば博士やバーディが時々来ることで、これは以前から変わっていない。
二人ともシャウトがジェッターズをやめたとはいえ、特別接し方を変えてもいない。
もっとも、ガング達は博士やバーディ普段夏海館でどのように食事をしているかは知らない。
だからシャウトがバーディに楽しそうに話をしていても違和感は覚えないのだ。
遠くからだから声は聞こえない。
バーディはほとんど返事していないのか、シャウトが怒っている様子が見えても、それはそれでバーディらしいと片づけてしまう。
ただ、この一週間の観察でわかったことがあった。
それはシャウトの性格が丸くなったことだ。
ガング達の中では、シャウトはいつもカリカリしているような印象がぬぐえないでいた。
だが、この一週間。シャウトのまとう雰囲気は常に穏やかなものだった。
それ以外の変化は皆無で、シロボンもガングもこの件に関して関心を失っていた。
だから三人はこれで終わらせることにしたのだった。
結論としては、男ができたか、好きな男がいるかは不明だが、性格は変わった、ということになった。

そんな三人の様子を見届けてから数日後、バーディのタクシーにシャウトが乗った。
バーディとシャウト、双方の都合がついたからだ。
電話では埋められない隙間は、実際隣にいるだけで十分埋められる。
今日くらいは彼女のわがままに耳を傾けて、一日を楽しもうと思う。
彼女は彼を選び、彼は彼女を選んだのだから。
彼女だからいいのだ、といつか伝えられる日が来るだろうか。
ミラーに映る彼女を見ながらふとバーディは思った。
あどけない表情で眠る彼女は、完全にバーディを信頼しきっているように見えた。
その様子にバーディはほほ笑み、お疲れさまとつぶやく。
彼女は横にあるお弁当のために、早起きをしたと言っていた。
めったにないことだからこそ、大切にしたいという彼女の気持ちが痛いほど伝わる。
そしてそんな彼女だからいいのだと、バーディは再認識した。
もう、迷わないだろう。
ほかにどんな女性が現れたとしても。
自分の彼女はシャウトであり、自分が付き合いたいのもシャウトだと。
もともとは疑惑って仮題のガングがシャウトが可愛くなった理由を追求する話と、バーディがシャウトを彼女にしたのを受け入れる話の別々の二本でした。
ただ、前者はそれだとあまりにも分量が短くなりそうだし、せっかくの機会だし(笑)一緒にさせることに。
そのため、段落ごとにガング達サイドとバーディサイドに分かれているのですが…
シャウト出てこないけど、ほぼオールスターってなんで?(笑
ナイトリーさんとかママとか、どさくさにまぎれて出てきやがって…!!
個人的には、精神年齢はシャウトのほうがバーディより上だとうれしい^^←
ママは、バーディに、『バーディちゃ〜ん。あたしの娘泣かせたら承知しないわよ〜』って非常に言わせたい。
だからそんなシーンをいつか書きたい←

戻りませう