ある秋の日 -Side K-

それは唐突な出来事だった。
「薫さん、ごめん。少しの間泊まっていい?」
薫が戸を開けるなり、少女が手をついて頼み込む。
突然のことで薫は眼を白黒させた後、その少女が操だということに気づく。
「み、操ちゃんどうしたの……。」
その操の気配に、気圧され気味の薫がようやくそれだけ口にする。
そして、そのまま噛みつかんばかりの操を、中へ誘導する。
場所を部屋に移して、じっくり操の話を聞くつもりでいた。
「おりょ?操殿、来ていたでござるか?」
「剣心!ちょうどいいところに!剣路、見ていてくれない?剣路、いい子でいるのよ。」
部屋へ操を連れていく最中、薫はたまたま剣心に遭遇した。
もっとも剣心は夫である以上、たまたまというのもおかしな話ではあるのだが。
息子の剣路のほうは相変わらず母親が好きで、この時も薫と一緒にいた。
しかし、操の様子をかんがみると、剣路は一緒にいないほうがいいと判断したのだった。
相変わらず剣心には懐いていないようだが、父子二人きりの時間を過ごすのもいいかもしれない。
そう思いながら、薫は近くの空き部屋に操を招き入れる。
ふすまを閉める音が合図になり、堰を切ったように操が薫の肩を掴む。
「薫さん、薫さん!」
両眼に涙を浮かべて薫を揺さぶる。
操がこのような顔をするときは大体蒼紫がらみだろうということは経験上、薫にはわかっていた。
「蒼紫さんがどうしたの。」
揺さぶられながら薫はそう尋ねる。
相変わらず薫には、蒼紫の考えなどは理解できなかったが、操を大切にしていることだけはよくわかっていた。
操は薫に蒼紫のことだというのをいい当てられて少し驚きを表したが、相変わらず涙を流し続けている。
操は悲しくて泣いているのではない。
蒼紫と何かあって、だだっ子のように泣きつく先を求めて薫のところへやってきたのだろう。
「蒼紫様に今日は早く帰ってきてくださいって頼んだの。」
相変わらず興奮が収まらない様子の操は、とりあえずそう話しだした。
今日と操は言っているが、まだ朝早い時間帯しかも操が京都からやってきたと考えると数日前の話だろう。
「でも夜遅くなっても蒼紫様帰ってきてくれなくて……。」
操はそれですねて家を出たそうだ。
いくら操でも、蒼紫が外法狩りをしていることは知っているはずである。
知っているからこそ、こういうところで蒼紫を困らせるのは操らしくない。
「でも蒼紫さんだって……。」
必死になだめようとするが、何と声をかけていいのか薫にはわからなかった。
そろそろ門下生たちの練習が始まる時間だが、それは師範代の二人に任せても大丈夫だろう。
頭の片隅で薫はそう考える。
「わかっているよ、わかっているの。」
操は薫のひざ元で泣きじゃくりながらそう言う。
そしてさびしそうに、忘れちゃったのかな……そうつぶやいた。
その時ばかりは涙も止まって、どこか遠くを見るような顔をしていた。
「ごめんね、薫さん。いきなりこんな話しちゃって。」
我に返ったのか、操がいつものように努めて明るく振舞って言う。
先ほどまでのギャップが大きい分、この姿は痛々しくもあった。
「あたし、ほとんど寝ていないからちょっと部屋借りるね。もし蒼紫様が来てもいないって言ってくれる?今はちょっと合わせる顔ないしさ。」
操はそう言うや否や、畳に横になる。
布団も何も敷いていないが、本当にほとんど寝ていないのかすぐに眠りについたようだ。
時々、蒼紫様〜と寝言が操の口からこぼれおちる。
その様子をほほえましく見守りながら、薫はそっと部屋を出た。

「操殿はどうしたでござるか?」
部屋を出た薫を、剣心がそう声かけた。
「よくわからないんだけど、操ちゃんにとって大切な日に蒼紫さんが帰ってこなかったみたい。」
剣心から剣路を預かり、廊下を並んで歩きながら薫が言う。
二人とも蒼紫が何を行っているのか、操がどういう性格なのかはよく理解している。
薫のこの一言だけでも、剣心はおおよそのことが推測できただろう。
「それで、蒼紫さんに合わせる顔がないからもし来たとしても、操ちゃんは来ていないことにしてほしいって。」
一応口裏を合わせるためにも、そう操の言伝を剣心に伝える。
これで蒼紫に通用するとは、薫も思っていない。
蒼紫という人物は誰よりも操に近い存在だからこそ、操のことはだれよりも理解しているだろう。
もっとも、操がいないと言われた後蒼紫がどのような行動をとるのか好奇がわきあがっていたと言っても過言ではない。
「まあ、どこまで嘘を通すことができるかは分からないけれど。」
「操殿の心の整理のためにも、必要かもしれないでござるな。」
剣心と薫の意見はここで一致した。
蒼紫が操を大切にしているのも、二人ともよく理解していた。
操がいないと聞いたら、すべての用事を投げ出してでもすっ飛んでくるだろう。
普段能面に近い蒼紫でも、操のこととなると血相を変えるなど表情豊かだ。
だが、今操に必要なのは自身と蒼紫との関係に向き合うための時間だ。
操が一人で向き合いたいというのなら、そうしてあげるべきだろう。
剣心の人切りの答えとは違い、二人の関係の答えなので、蒼紫がいたほうがいいのか正しい選択は薫にはわからない。
でも、それは二人が決める問題で、薫たちが口出しするものではない。
初めから嘘だと蒼紫は見破るだろうが、それを踏まえたうえでの蒼紫の選択もまた尊重すればいいだけのこと。
そんなことを考えながら薫は道場のほうへ向かった。

蒼紫がやってきたのはその日の夕方のことだった。
操は時々起きてきたが、不貞寝をしているのか今もまた寝ている。
どっちが蒼紫の相手をしようかと剣心と目で会話した薫は、結局自分が引き受けることにした。
「操は来ているか。」
薫には一瞥をくれただけで、蒼紫はそう尋ねる。
「いえ、来て…いないです。」
蒼紫の視線にいすくみながらも、薫は辛うじて操との約束を守る。
蒼紫はそんな薫にもう一度目を向けた。
「そうか。操が見つかるまで厄介になる。」
そう言って中へ入って行った。
蒼紫が入った以上、操と鉢合わせすることはきっとあるだろう。
蒼紫との会話が終了して肩の荷を下ろした薫は、そのことに気づいて一人再びあわて始めた。
蒼紫は目的地がわかっているかのように、迷うことなく歩いていく。
薫はあわててそのあとを追った。
もし操のいる部屋に着いたら、薫がそう思った時、蒼紫は歩を止めた。
御庭番衆は耳がいいとかつて蒼紫が語っていたことがあるそうだ。
縁と戦った後、なぜ操たちがあの時耳を押さえていたのか薫は聞いたことがある。
操は今、時々寝言で蒼紫の名を呼んでいる。
もしかしたら、蒼紫の聴覚は操の声をとらえたのではないのか、そう考えて、薫の背筋に冷たい汗が流れる。
最悪操が見つかった時、薫には言い訳する言葉がない。
どうしてこんな時に限って剣心は隠れるのよと心の中で悪態をついてみるが、何の慰めにもならない。
剣路がそんな母親の百面相を楽しそうに見ていることには、頭いっぱいになっている薫は気付いていない。
蒼紫は少し元来た道を戻ると、一つの部屋の前に立った。
そのふすまを開けると、忍び装束とはいえだらしない恰好で眠る操の姿があった。
薫は、蒼紫に何か言われるのかと覚悟した。
しかし蒼紫は何も言わず部屋に入り、そっとふすまを閉めた。
薫は完全に外へ閉め出された形となる。
仕方ないので、薫は剣心を探すことにした。

「もう。剣心どこに行っていたのよ!」
剣心を見つけた薫がそう叫ぶ。
「蒼紫はどうなったでござるか?」
そんな薫をなだめながら剣心が尋ねる。
「操ちゃんと一緒。ふすま閉められちゃったから、わざわざ開けてのぞき見るようなことはしていないわよ。」
ため息をつきながら薫はそう返した。
蒼紫が何を考えているのか、目が覚めた操が何を見たのかなんか薫の知る由もない。
その時、操の叫び声が聞こえた。
きっと目が覚めたのだろう。
「ちょっと道場に顔出してくるね。」
操の声に負けず劣らず声を張り上げて練習しているから、きっと操の声は聞こえていないだろう。
それでも、もし聞こえて怪訝に思う人がいるのなら、気にしなくていいと言ってあげなくてはならない。
そう思って薫はこの場を離れた。

翌日、機嫌を直した操は蒼紫とともに京都へ帰って行った。
これはまるで、少し季節外れの台風一過のよな出来事――。
一年振りにるろ剣書いたー!!
ってことで、なぜか薫サイドからの蒼操。若干剣薫(笑)。
初めは操視点で書きたかったんだけど、蒼紫さんが出てくるあたりの一連が書けなくなるので薫サイドにしてしまいました。
まぁ、そう言うわけで、いろいろ補足的なことを後で操サイドで書いていくつもりです。
今回薫視点で略字をKと置いたのですが…
操:M、蒼紫:A、弥彦:Y、燕:T、佐之助:S…恵さんと剣心どうやって略せと?(汗
恵さん:Me、剣心:Ke…でOKですか?(汗

戻りませう