ユメウツツ
ロゼリアは困っていた。
一人旅をしている気丈な主人は、珍しく路上で倒れていたからだ。
ロゼリアが主人のこのような姿を見たのは、記憶が正しければこれが初めてだろう。
早くどこかで休ませなければならない、そうは思うものの体の小さいロゼリアには主人を運ぶだけの力を持ち合わせてはいない。
誰か主人を休める場所に連れて行ける人を探さなくては、そう思う一方でこのような状態の主人を残すことにも不安がある。
矛盾した二つの想いにロゼリアは板挟みになっていた。
そのため、オロオロとどこか遠くと主人をロゼリアは交互で見つめることしかできないでいる。
ロゼリアができたことと言ったら、アロマセラピーで主人を落ち着かせること。
だが、そもそもこれはポケモンに対する技。
人間にどこまで通用するかは分からなければ、路上で横たわっている状況自体に事態を悪化させる要因がある。
ロゼリアはもう一度主人の顔を覗き込んだ。
とりあえず落ち着いて入るようで、場所さえ考えなければ安らかな寝顔とでもいえるだろう。
少し心配ではあるが、誰か探すなら今しかないかもしれない。そうロゼリアは決意する。
ロゼリアはこの主人との付き合いが一番長いので、ほかのポケモンよりもずっと主人のことは知っている。
それゆえにメンバーのポケモンたちのことも、ロゼリアが一番知っているのかもしれない。
主人がどこにモンスターボールを置いているか、誰が一番頼りになるか、そういうのを考慮してロゼリアは一つのモンスターボールを選ぶ。
ボールから出てきたのはフライゴンだった。
せっかく落ち着いた主人に刺激を加えないためにも今はまだ見守るだけにしてほしいと頼む。
しかし、何かあった時は主人を連れて自分のところへ来てほしいとも伝えた。
何かあった時、ロゼリアは草笛を吹くからと言って。
フライゴンが了承したのを確認して、ロゼリアは町の中心目指して歩き出した。
そういう経緯を経てロゼリアは一人…いや、一匹道を歩いていた。
珍しく衰弱した主人はどこへ向かおうと心配の種ではあるが、今は考えないことにする。
本当に主人のことを考えるのなら、今は引き返すわけにはいかないのだ。
主人を救えるかは自分の行動にかかっている、そうロゼリアは感じていた。
だからこそ、ロゼリアは気丈にふるまいながら一歩一歩しっかりと歩いていく。
道を歩くのはロゼリアだけでなかったが、見かける人に声をかけようとは思わなかった。
時々、ロゼリアが歩いていると指さされることもあったがそれには反応しない。
野生かなと思ったトレーナーも、こうも見事に無視させると捕まえようと言う気も失せるのかかまってこないのが幸いだった。
頼みを聞いてくれる人を探さなくては、それしか今のロゼリアの頭にはなかった。
たぶん、ポケモンセンターにいるジョーイさんに頼むことになるだろう。
無条件に信用できる人間と言ったらジョーイさんくらいしか思いつかない。
そう思っていたロゼリアの前に、見覚えのある赤い人影が見えた。
とくに周囲を気にしなかったロゼリアは、その人物に視線を定める。
それはロゼリアがよく知った人物だった。
何かと主人と因縁のある人物。
でも、だからこそ彼女ならきっと助けてくれる。そう思ってロゼリアは駆けだす。
ロゼリアに気付いたのか、彼女はロゼリアのほうを向いた。
後で主人が彼女に助けられたと知ったらどう思うかは頭から吹っ飛び、ただただこれで助かるんだと言う安堵が胸を占めていた。
しかし、彼女の姿はすぐに見えなくなる。
ロゼリアとの間をふさぐ影が現れたからだ。
大きな橙色の影は彼女とは違う生き物――リザードンだった。
モンスターボールの投げてきた方を見てみると、そこには一人の少年がいる。
おそらく先ほどロゼリアが追い越していった、ロゼリアを捕獲しようと思ったトレーナーの一人だろう。
ロゼリアに無視されてなお、闘おうと思ったのだろうか。
今はそれどころではないのに、そう思うもののリザードンが道をふさいで進めない。
倒すしかないのだろうが、炎飛行タイプのリザードン相手に相性は悪すぎる。
そして今は一分、一秒ですら無駄にしたくない時だ。
ポケモンバトルで余計な時間を取りたくはない。
どうすればこのバトルを切り抜け、彼女のもとへ辿り着けるだろうか。
考えたところで名案は思い浮かばない。
ここは一刻も早くリザードンの動きを止めるしかないだろう、そうロゼリアは腹をくくる。
リザードンは火炎放射を繰り出してきたが、コンテスト慣れしているロゼリアには単純な攻撃をかわすことなど造作ない。
草笛はフライゴンへの合図を意味しているから眠らせることで足止めはできない。
それなら、とかわしながらロゼリアは花びらの舞を繰り出す。
花吹雪が華麗に舞い、一時リザードンの視界をふさぐ。
願わくは、主なしロゼリアのこの技の切れに、彼女が異変に気づいてくれること。
彼女なら、この技を見ただけで自分がシュウのロゼリアだとわかってくれると信じて。
「ちょっとあなた!そのロゼリア私のかも!リザードンしまってほしいかも!」
ロゼリアの願いが届いたのか、彼女の声が聞こえた。
その声に少年とリザードンがひるむ。
野生と思っていたロゼリアにトレーナーがいたのだから無理もないことだろう。
これ幸いとロゼリアは駆けだし、彼女の胸へ飛び込む。
こうまで見せつければ、誰だってロゼリアとこの少女の関係に異論ははさめない。
「で、あなたシュウのロゼリアよね。」
ロゼリアにトレーナーがいると知ったからか、急にロゼリアに向けられる視線が減ったころ少女――ハルカは言った。
念を押すように尋ねられたその問いにロゼリアは首肯する。
ハルカにどうしたのか尋ねられ、ロゼリアはハルカから飛び降り目いっぱい腕を伸ばして主人のいるほうを指す。
「シュウに何かあったの?」
少し青ざめた顔をしたハルカがそう言う。
ロゼリアの不安や危機迫った思いを、彼女はおそらく受け止めたのだろう。
この場に主人がいないことも、不安に輪をかけたかもしれない。
これでもかというくらい必死にロゼリアは首肯した。
「早く連れて行って。」
ハルカはそう頼む。それは言われなくてもわかることではあった。
ロゼリア自身、早く戻りたくて仕方なかったのだから。
ロゼリアは駆け足で主人とフライゴンが待つ場所へ向かう。
背後からハルカの駆け足でついてくる気配を感じながら。
主人は今、どうしているのだろうか。
誰か看病してくれる人にでも会えただろうか。
病気が回復して一人で歩き回っているのだろうか。
それともまだ寝ているだろうか。
誰にも気づかれず、倒れたままなのだろうか。
頼れる人を見つけられた安堵からか、ロゼリアは再び主人へ想いを馳せる。
時々後ろを振り返ると、ロゼリアと同じくらい様々な思いが渦巻いていそうなハルカの姿があった。
ハルカにとって、主人はどのような存在なんだろうか。その様子を見てふとロゼリアは思う。
ロゼリアの主人であるシュウにとってハルカと言う少女は大切な女性だとロゼリアは思っている。
何度か揶揄したことはあるが、いまだ本人は認めていない。
ただ、先行き楽しみなコーディネーターだとしか言わなかった。
おそらく今のハルカに聞いたところで反応は同じかもしれない。
でも、シュウと言いハルカと言い、相手に何かあるとがむしゃらに進む姿はきっとそれだけではないのだと心の奥底では思っていることを伝えている。
そんなハルカが今一緒にいるからこそ、もう大丈夫だ、とロゼリアは思いえるのだ。
きっと主人はハルカに助けられることを望まないかもしれない。
男の子が好きな女の子に助けられるのは、それこそ美しくないのだろうから。
彼の美学に反することだろう。
こればかりは彼に目をつぶってもらうしかない。
ロゼリアとハルカはようやく彼の姿がかろうじて識別くらいまでたどり着いた時だった。
「シュウ……!!」
わなわなとふるえる声を出して、ハルカは叫んだ。
ロゼリアのことを忘れたかのように、一気に速度をあげて彼に近づく。
ロゼリアは彼女の背中越しに、主人の様子を見た。
道の端に寄せられているが、フライゴンが心配そうにのぞきこむ先にはまだ主人が倒れていた。
ロゼリアが去る前よりも若干苦痛にうめいているようだ。
ハルカはそんな彼の額と自分のに手をあてる。
「大変!熱があるかも!」
そう叫ぶと、ハルカは彼の腕をとり自分の体に回した。
フライゴンはそんなハルカを手伝って、主人が重心をハルカに預けられるようにする。
幸いここで主人のほうが意識を取り戻した。
「君は……。」
苦痛にうめきながらもそれだけいう。
体調は悪いようで、あんまりよくものが見えていないようでもある。
「シュウ、しっかりして!今ポケモンセンターに連れていくから!」
ハルカは前を向いたまま、歯を食いしばってそう言う。
全体重を支えているわけではないにしても、自分と同じくらいの年齢の少年を少女が運ぶというのはそれほどまでに重労働なのだろう。
少しハルカには申し訳なくなった。
これに対するお礼と謝罪は後で主人にさせることにしよう、ロゼリアはそう決める。
フライゴンにハルカの手伝いを任せて、ロゼリア自身はそんな二人と一匹の後を見守りながらついていった。
時々主人のあえぎ声が聞こえ、ハルカはそんな主人に必死に声をかける。
頑張れとか、しっかりしてほしいかも!とかそんな声が聞こえてくる。
ハルカが困っていることは少し離れたところからでも十分伝わってきた。
どこまで効くかは分からないが、落ち着かせるのはロゼリアの仕事だ。
テトテトっとフライゴンの体を登ると、ロゼリアはアロマセラピーで主人を落ち着かせる。
「ありがとう、ロゼリア。」
少しは苦しみから解放された主人の様子に、ハルカはロゼリアにお礼を言う。
助けてって頼んだのはこっちなのに。
ロゼリアの主人だから、当たり前のことをやっただけなのに。
なんでこの子はロゼリアにお礼を言うのだろう――?
一人と二匹はやっとの思いでポケモンセンターにたどり着いた。
「シュウのために部屋を借りてもいいけど……やっぱり心配かも。」
ハルカはそうひとりごとを呟く。
そしてハルカが連れていった部屋は、おそらく彼女が自分のために借りた部屋なのだろう。
ハルカの私物と思しきものがちらほら見受けられた。
ずり落ちるように主人はベッドに寝かしつけられる。
布団をかぶせ、ハルカは慣れた手つきでてきぱきといろんなことをやっていく。
上着や靴下は脱がされ、額には冷えたタオルが乗る。
「本当はパジャマを着せて体を休ませたいんだけど、こればかりは困るかも……。」
言い訳がましくハルカはそうロゼリアに言う。
ぴったりな服と言うのはそれだけでも、体には大きな負担らしい。
服を着ないロゼリアには分からないものだが、服というものが多少は体を縛っているのだとしたら、負担と言うのは納得ができた。
「ちょっとジョーイさんに声かけてくるから、ロゼリアはシュウをよろしくね。」
一段落ついた時、ハルカはそう言って部屋から出る。
薬をもらいに行くのか、主人の食事に関することなのかわからないが、ロゼリアはおとなしくハルカの言いつけどおり部屋で留守番をすることに決めた。
フライゴンはハルカがすでにボールに戻しているので、話し相手もいない。
もしいたとしても、寝ている病人を起こす真似は控えたほうがいいからとやはり無言の空間にたたずむことになるだろう。
少し待ったところでハルカは帰ってきた。
手には何も持っていない。
「お粥作ってくれるって。後でシュウの目が覚めたら取りにくればいいって言っていたわ。」
疑問のまなざしを向けるロゼリアに、ハルカはそう言った。
ハルカはそこまで料理はうまくない。
病気をさらに悪化させるようなものは作りたくなかったのだろう。
もちろん、一人旅を始めたハルカなのだから、ある程度料理の基礎は身についているはずではある。
つまり、自信がないということなのだろう。
ロゼリアの主人――シュウに食べてもらうための。
しばらくたった時だった。
主人の口から音が漏れるのが聞こえて、ロゼリアとハルカはひょっこりその顔を覗き込んだ。
目が覚めたばかりなのか、焦点の定まらない半開きな目を開けて主人は天を見ていた。
その目の前をハルカ、少し下の方を急にロゼリアの顔が飛び出てきたのだから、もし主人の脳が覚醒していたら驚くところだろう。
しかし、幸か不幸か主人の脳はまだ眠ったままだったようだ。
夢遊病のように腕を伸ばしたかと思うと、ハルカの後頭部にそれを回す。
そのままハルカの頭を引き寄せ――唇と唇をくっつける。
すぐに弛緩したように主人の腕は下がり、寝がえりをうった。
ほんの数秒の出来事だったが、一人と一匹がパニックになるには十分すぎる威力を持っていた。
ロゼリアは突然目と鼻の先に起きた出来事に目を白黒させる。
ふとハルカのほうを見て見ると、ハルカは両目を目いっぱいに見開き、両手を口にあてて声にならない声をあげていた。
顔は茹でダコのような……彼女にはふさわしい表現かもしれないが、主人は好きではなさそうなのであえて表現を変えよう。
ハルカの顔は、登り始めの朝日よりもずっと赤い色を呈していた。
ロゼリアに見られていることに気付いたハルカは、主人とロゼリアを交互に見る。
そして目で今起きたことがホントなのかロゼリアに訴える。
ロゼリア以上に、今起きたことが信じられなかったのだろう。
ロゼリアはくすくす笑いながらも、そんなハルカに頷いて答えてあげた。
ハルカは再び、声にならない叫びをあげることとなった。
主人が目を覚ましたのは夕食の時間になったころだった。
熱はだいぶ下がったようだが、まだどこかふわふわしている様子でもあった。
「なんだか……いい夢を見ていた気がする。」
大丈夫かと心配するロゼリアに、主人はそうつぶやく。
おそらく主人はあの出来事を、夢だと思っていたのだろう。
そこで主人は今いる場所と、ロゼリアが目の前にいることに気づいたようだ。
「あれ……ここは……。そうか……。ロゼリア、ありがとう。」
若干視点の定まらない目で主人はそう礼を言う。
だが、今回礼を言う相手はロゼリアだけではない。
ロゼリアは、違うんだっと言う意味を込めて首を振る。
そしてロゼリアは笑いをかみしめながら、自身の後ろを指さした。
その視線を追った主人は少し体を浮かし――定まらなかった視線も、それ一点に固定される。
あまり感情を露わにしない彼の顔が驚きに支配される。
振り向かなくてもロゼリアには分かっていた。
そこには、彼を心配しつつもまた口付けに遭うことを警戒した彼女が立っていたのだ。
「ハルカ君……。」
彼のその一言だけで、彼女はすぐに平静に戻ったはずの顔色を朱に染めてしまう。
口づけをきっかけに、彼女は彼を非常に意識してしまうのだろう。
赤くなった顔を隠すように、腕の中に顔をうずめている。
彼のほうは本当に覚えていなかったようで、そんな彼女の様子を不思議そうに見る。
「しゅ、シュウ…覚えていないの……?」
恐る恐る顔をあげてハルカが聞く。
主人は少し考え、そして困ったような笑みを浮かべて首を振った。
ハルカの顔はさらに赤くなる。
その感情は怒りか、恥ずかしいという思いか。はたまた両方か。
「もう知らないかも!ジョーイさんのところに行ってくる!」
そう言い残して、ハルカは部屋を飛び出した。
それでも主人のために行動を起こしているようで、ひっそりとロゼリアは笑う。
そもそもここは彼女が借りた部屋。
また新たに部屋を借りなければ戻ってこざるを得ない。
それに彼女のことだから、きっと病人の彼を一人にはしないだろう。
その時二人はどうするのか。
初めとは違い、ロゼリアはこのシチュエーションを楽しみながら眺めていた。
シュウハルで書いちゃったよ!!ついに!!←
えーと、一時保存に書いたものを加筆修正しました。
よくあるようなネタですみません。
半覚醒のシュウ君が無意識にハルカちゃんにキスする話が書きたかっただけです。
ネタ被りしていたらごめんなさい。
たぶんこの後シュウ君の知らないところでこの二人の仲がこじれると思います。
でもこのことによって、ハルカちゃんはシュウ君に対する想いに気づけばいいと思っています。
AG編ほとんど見ていないので、色々と捏造設定です。ごめんなさい。
戻りませう