Hana

なんでこんなことになったんだろう。
往来の激しい通りに立ちつくし、かのこは思った。
人間観察を趣味にしていたとはいえ、ここまで往来の激しい場所はただただ迷惑なだけだ。
それに、ここは人の多さと同じくらい通りがうるさい。
ビルにはテレビがついていて、そこで曲やCMが絶えず流れる。
お店のBGMですら、BGMが何の略語なのか聞きたいくらいの音量を流すところが多い。
普段なら好んでくるような場所でもないだろう。
そもそもかのこは、特別何か興味関心があって一人で来たわけではない。
そして、今は待ち合わせをしているわけでもなかった。
この現象を正しく表現するのなら、はぐれたと言うよりも離れた、だろう。
場所が悪かったのだ、そう言い訳をしてみる。
だが、その言葉に、何か言ってくれる人はここにはいない。
だからかのこは同じ言い訳を重ね続けていた。
時々、今の状況を振り返るときを除いて。

そもそもの発端はかのこの親友である桃ちゃんこと桃香が行きたい場所があると言ったことにある。
そこは期間限定のカフェらしく、食べ物の飾り付けがとてもかわいいとのことだ。
一人で行けない場所ではないが、せっかくだから二人で行こうと桃香がかのこを誘ったのだ。
桃香の誘いで、なおかつかのこにかなえられないものではなかった。
かのこは即答でその誘いを受けた。
が、いつものようにかのこと一緒にいた男――椿初流も一緒に行くと言いだした。
それなら、と桃香はいつもの四人組で唯一欠けていた男である夏草透太にも声をかけ、とある休日四人で集まることとなった。
ここまではよかったのかもしれない。
いつものように四人で集まって、なんだかんだワイワイやって帰る、そんな日々の繰り返しだとその時は思っていた。
約束の日、四人が集まった後は桃香の先導で歩いていった。
先頭の桃香は必死に地図とにらめっこしながら進んでいく。
そのやや後ろを透太が地図を覗き込みながら道を指し示す。
必死に地図を読もうとする桃香を邪魔しないため、かのこはそのさらに後ろを歩き、初流が最後尾だった。
まだお店が開き始めた時間帯で、前を歩く二人を見失うほどの人は通りにいなかった。
しかし、それはあくまでも路上での出来事。
桃香の目的のお店に着いたときは、その店の噂を聞いたのかたくさんの女性が列をなしていた。
さすが桃香の行きたいお店、とでもいうのだろうか。
かのこたちは最後尾にいたスタッフから整理券をもらい、時間まで暇つぶしをするためぶらぶらとほかを散策することとなった。
「あれ?椿?夏草に花井もいるのか!」
とくに行く当てもなくウィンドウショッピングを繰り返していた時、そう後ろから声をかけられた。
その声にかのこも振りかえる。
かのこの知らない男がそこには立っていた。
どこか透太に似ている属性を醸し出している男だった。
誰だろうと思ったかのこはいつの間にか真横にいた初流に視線を向けるが、初流もかのこと似たような顔をしていて頼りない。
桃香は必死に思い出そうとし、透太とほぼ同時にそれが誰かを思い出したようだ。
「幸寿(ゆきひさ)君?」「筒居か?」
桃香と透太の口をついた言葉は違えど、それは同じ人を指しているようだった。
「なんでお前らそこで疑問形なんだよ。しかも椿にいたっては覚えていないだろ」
「あー。そう言えばいたな、お前」
名前が出たことで初流は相手の男を思い出せたようだった。
「ひっでー。お前そんな奴だったのか。同じ小学校の仲じゃねーかよ」
幸寿は心底傷ついたというような顔をする。
どうやら感情の表現が豊かな人のようだ。
「しらねーよ、そんなこと」
初流はそんな幸寿を適当にあしらうように相手する。
「それにしてもこんなところで会うなんて奇遇ね」
場をつくろうように桃香がそう言う。
その助け船にこれ幸いと幸寿は飛びついた。
「そうそう。奇遇だよな。しかしお前ら三人そろっていたらいろんな意味で遠目からでも目立ったぞ。相変わらずなんだな」
そうやって四人の会話はどんどん進んでいく。
気づけばかのこは一人、取り残されていた。
観察者として人と距離を置いていた時はこんなこと全然平気だった。
だが、この時かのこを占めている感情は、寂しさだったのだろうか。
寂しさなんて、とうの昔に失くした感情だと思っていたのに。
ふとかのこは胸に痛みを覚えた。
これ以上この場にいるのは辛くてしょうがない。
消えるように、かのこはこっそりその場から離れる。
そうして今に至る……。

場所が悪いのだ。
かのこは再び自分に言い訳をした。
こんなに人が大勢いて、みんな仲睦まじく楽しそうにしているから。
そして自分は、友達のぬくもりを知ってしまったから。
いないほうがいいんだと思う一方で、いてほしいと思っていることをかのこは願った。
人であふれた場所に一人取り残されたかのこには、どうすればまた彼らに会えるのかわからない。
人が大勢いるのだから、見つけ出すなんて不可能に近い気がする。
もし見つけ出せたら、それこそ奇跡だろう。
もし見つけてくれたら、どれほどうれしいことなんだろう。
もし、そうなったら、友達と言う存在を、本当に信じられるような気がする。
しょせん無理だろうとどこかであきらめにも似たような感情をかのこは持っていた。
電車に乗って先に帰ろうかとも考える。
人ごみであふれたこの街は、いるだけで酔いそうだった。
人と言う存在で埋め尽くされ、息苦しさを感じる。
人と言う波に飲み込まれ、おぼれてしまいそうだった。
誰か、助けて――
声にならない叫びが体から飛び出ようとする。
誰か、と助けを求めている時点で、あれほど距離を置いていたにもかかわらず、やっぱり人を求める自身の姿が滑稽に見える。
そして、誰かと思いながらも、脳裏によぎるのは一人の男性の姿――初流だった。
なんで椿君、と頭の片隅で考えるが、もう思考がついていけていない。
そんな時だった。
「苗床!!」
一瞬、かのこはそれが空耳だと思った。
幻が見せた、幻聴なんだと。
しかし、声の方を振り向くと、人波の間から突き出るのは見なれた頭、初流のものだった。
「椿、君……」
驚きで、かのこはやっとそれだけいう。
必死の形相の初流は人波をかき分け、すぐにかのことの距離を詰める。
ぎゅっとかのこを抱きしめたかと思うと、かのこを離し、耳元で大声を出す。
「ばっかやろう!勝手に一人で歩くんじゃねぇ!」
かのこはその声に、反射的にギュッと強く目をつぶる。
「お前消えてどれくらい迷惑かけているのか知っているのか!」
花井も夏草もお前のことを探しているんだぞ!と椿はいう。
そんな初流に、かのこも黙ってはいられない。
「そんなこと言ったって、先においていったのはそっちでしょ!」
かのこが言うのは、物理的な事象ではないけれど。
おいていかれたことには変わりない。
「そんなのあいつが勝手に絡んできたことだろ!」
「関係ない!だったら追いかけてくればいいじゃない!」
「行こうとしたさ!あいつさえ止めなければな!」
初流とそんな言葉の応酬が続く。
だが、ここでかのこは言ってはいけない言葉を滑らせてしまう。
――信じられない、と。
「あっそ。信じられないんだったらもう知らねぇよ」
そういって初流が言葉を切り上げる。
かのこの目の前で背を向け、徐々にその姿は人ごみに溶けていった……。

本当は嬉しかったのだ。
自分を見つけてくれたことに。
自分の叫び声を聞きつけてくれたことに。
それなのに、素直になれなかった。
それどころか、疑ってしまった。
大切な友達だから、疑うのはやめようと決めていたのに。
「椿君……」
再びかのこはその名前を呟く。
そこに彼の姿は、ない。
ただ彼の消えた方向を向き、魂が抜けたようにその言葉を呟くのみ。
一瞬、道路の真ん中だと言うこと忘れて泣きたい衝動に駆られる。
大切な何かを失ったような気持ちに支配される。
もう、自分には戻る資格がないんだと悲しくなる。
一人になるときに失くしたと思っていた涙をぐっとこらえる。
泣かない。泣けない。ここで泣くわけにはいかない。
そう自分にいうことで落ち着かせようとする。
「苗床……」
先ほどのかのこと同じような声のトーンで、初流の声がどこからかした。
かのこは今度こそ、それが幻聴だと信じて疑わなかった。
なぜなら、先ほど初流を傷つけたばっかりだったのだから。
この声が桃香や透太だったらまた別の結果を招いただろう。
「お前のこと、考えなくて悪かったな。」
再び、しかし今度は優しくかのこはぎゅっと抱きしめられる。
ここまでくれば、もう疑う余地もなかった。
「なんで……」
消え入りそうな声で、かのこは初流の胸の中でそう言う。
「なんで、戻ってきたの……?」
優しく初流に続きを促されたかのこは、相変わらずの小声でそう初流に聞く。
「だってお前、自分を傷つけただろ」
初流は、初流だった。
かのこのことを見透かしているようで、それが不思議でならなかった。
でも、今はそれが心地よい。
「こんなことで絶交なんかしないから」
初流がさらに言葉を重ねた。
かのこはその言葉に驚き、顔をあげる。
「喧嘩するってことはな、遠慮なく自分の本音が言えるってことだろ。だから、そんな顔するんじゃねぇ」
くしゃくしゃと、初流はかのこの頭をなでまわす。
このせいでかのこの頭は珍しくぼさぼさになる。
反射的にかのこはその頭を押さえるが、そんな様子を初流が楽しそうに笑う。
不思議と、それに対して反抗的な感情はわかなかった。
「あ、かのちゃーん!椿くーん!」
桃香と、そのあとを追う透太がかのこたちを見つけて駆けてくる。
よかったーと桃香はにこにこと喜び、今度こそ四人でカフェへ向かう。

かのこのその感情に名前がつくのは、そう遠くない未来かもしれない――
椿×かのこ…喧嘩ネタ??(汗
タイトルは浜崎あゆみさんの曲より。
舞台は渋谷、カフェはリヴリーカフェをモデルにしております。
あそこの人の多さも、待ち時間の長さも半端なかった…。←

個人的には、かのこさんは今まで触れてきた漫画やアニメの登場人物の中で一番自分に近いものを持っている気がします。
だからこそ、こういうこともあるんじゃないかとか、こう思ってしまうこともあるんじゃないかって思うことが多い。
僕自身は、友達との距離の取り方を誤って(近すぎて)、一度絶交まで持っていったことがあります。
なので、大人な椿君が教えてあげてほしかったってところもあるかな。
くだらないことでもいい。自分のこだわりを通して喧嘩することはあっても、仲直りをしたら今よりもずっと仲良くなれる。
そんな強い友情とか愛情とかそんなものが好きです。
ぎくしゃくしか残らないような喧嘩はしてほしくないけれど、仲直りをしたらばいにも成長する喧嘩は好きだなぁって。
でも書くのが難しかった…。楽しんでいただければ幸いです。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました!

戻りませう