from your letter

初流はいつものように、校門に立っていた。
先に下校した女子生徒が周りを囲うのもいつものこと。
初流にとって、その女子生徒たちは興味がないので何を話しかけられても無視して校門から出て来る人影を目で追う。
初流にとっての関心事は、この学校にいるとある特定の生徒一人だけだったからだ。
背が高い方だという認識はあまりなかったが、こうやって人待ちをしていると、背が高くてよかったと思うようになった。
今まではバスケ部の助っ人とか、背が高く運動神経が悪くないからこそ呼ばれることが多くて、嫌だと思っていた部分も無きにしも非ず、だ。
それが今この場では、周りを囲う集団よりも頭一つ分以上飛び出ているため、視界が遮られることがない。
そして遠くからでも、見つけてもらいやすくもなる。
人待ち、人探しをするうえでは絶好の条件と言っても過言ではないのだろうか。
もっとも、見つけてほしい人には一度だって見つけてもらったことはないのだが。
時々自分でも不思議に思う。
なぜ、一ヵ月半しか同じクラスにいなかった友人を学校が変わるたびに会いに行こうと思うのか、と。
そしてなぜ、彼女は会いに行く都度浮かない顔をしているのだろうか。
一人がいいと言っている割には、何かと厄介なものを拾っている気がする。
そしてこの日もそうだった。
「おい!苗床!」
校門を出てきたかのこはなぜか重苦しい空気を背負ってどんよりと歩を進めていた。
もちろん初流の姿なんて眼中になし。
カッコイイとか言ってまとわりついて来る女たちはウザかったが、ここまで男として見てもらっていないようだったら逆にへこむ。
「あ、椿君。どうしたの?」
かのこが初流に顔を向けて聞く。
表情が若干暗いのは、初流にしか分からない差異だろう。
あいさつしたものの、決して自分から近づこうとしないのがかのこらしいと言うのか。
これまたいつものように初流は周りを囲んでいた女子たちの間をいささか強引に突っ切り、かのこの隣へ移動する。
かのこの隣は、初流の定位置だ。誰が何と言おうと初流の定位置である。
初流が勝手に決めて、周りもそれを黙認している。
ほかに彼女の隣を定位置にするのは、彼女の親友である桃香ぐらいだろう。
いや、初流と桃香で隣を押さえてしまうからだれもかのこの隣には立てない。
立つことは許されていなかったし、許すつもりもない。
「バスケ部の助っ人だよ、また。お前こそどうしたんだ」
「まあ、ちょっとね。考え事」
かのこの答えもこれまたいつもと似たようなもの。
一人でいるようになった事情を初流は知らないが、ずっと一人でいたためにかのこは人を頼ると言うことを知らない。
それが寂しくもあり、違う学校なのだから仕方ないと割り切らざるを得ないところでもあった。
「そっか」
それが初流の言える唯一の言葉なのかもしれない。
沈黙のまま二人並んで歩く。
特にどこへ行くとも言っていないので、たぶんかのこの家へ向かうことになる。
それかどこかファーストフード店によるか、そもそもの選択肢がそれしかない。
かのこが初流を駅まで見送りに行くなんてことは考えられないし、かのこを一人で返すほうが初流にとっては心配なのでさせない。
「それにしても、椿君はよくわかるよね。前にあてずっぽうだって言っていたけど」
そのまま沈黙が続いた時、かのこが話題を変えた。
不思議そうに、初流のほうを見上げる。
「そりゃお前が何も言わないからだろ。だから俺らがわかろうとしてやっているんだ」
的中率あげるのは大変なんだぞ。感謝しろ、と初流は横柄に言う。
でもその視線が優しくなってしまうのは、自分でも十分自覚していた。
「じゃあさ、私がほしい言葉をタイミング良く言ってくれることは?それもわかろうとすればわかるものなの?」
少し乗り出すようにして言うかのこに、初流は驚く。
現在の近距離に。今までかけてきた取り留めのない言葉の端々に、彼女が求めていた言葉があったということに。
正直こう毎回遊びに行っては辟易するかのこを見ると、迷惑をかけているのではないのかと思うこともあった。
それでも、俺が遊びに来てやっているから感謝しろと自分をごまかしてきていた。
なのに、今の言葉はかのこの感謝の言葉ととらえても差し支えないのではないだろうか。
「知らねーよ。たまたまだろ、たまたま」
前後関係がわからなきゃ、何を言えばいいかなんてわかるわけねーだろ、そう初流は言葉を続ける。
そんな初流をかのこは目を大きく見開いて見つめる。
俺の顔に何かついているのかよ、そう初流は聞こうかと思った時、かのこは正面に向き直った。
やっとかのこが離れたことに、初流は安堵する。
胸がドキドキ鳴っておかしくなりそうだった。
「そっか」
先ほどの初流と同じ言葉を口にする。
ただ、その言葉の持つ重さは違った。
幾分軽くなったように聞こえるし、かのこの顔は晴れやかなものに変化していた。
かのこはこの些細なやり取りの中で、何かを掴んだのだろう。

初流はかのこを家まで送り、一人駅へ向かって歩く。
隣にかのこがいないだけでうっすらと寒さと寂しさを覚える。
それでも、彼女に会えたことで感じる温かさはまだ残っていた。
駅に着いた後は当たり前だが、一人で電車に乗った。
電車に乗り、ドアの窓越しに外を眺めながらかのことのやり取りを回顧する。
結局かのこの事情は聞けていない。
本人が言おうとしなかったことも、初流には解決しようがないことでもあるため、仕方がない。
そんな状態でかのこを一人残してきた。
かのこのことが心配でないと言ったらそれはウソになる。
もっと自分に力があれば、と悔しくなる。
そばにいることができないからこそ、思いだけはどんどん募っていく。
どうしているのか知りたいから、大丈夫なのか心配だから、わざわざ毎回寄っていくのだ。
このことに関して、かのこがどう思っているのかは知らない。
初流が会いたいと思っているから会っているだけ。
認めたらなんか悔しいから絶対に認めないけれど。
自分に会ってかのこが元気になるなら、今はまだそれでいい。
それ以上は今のところ特に望むものはなかった。
望んだとしても、空振りに終わるだけで空しくなるだけだろう。
そのうち彼女もいろいろと知っていくことになる。
初流の気持ちだって、知る日が来るだろうし、それを認める日も来るだろう。
その時もし彼女が恋愛に興味を持ったら、対象が自分に向いてくれればいい。
サンプルとかではなく、必要だと思う人間として。
彼女の気持ちのベクトルが初流に向くだけで、きっと自分は今以上に欲張りになるだろう。
醜い感情が吐露されようと、それは今は関係なかった。
事実、ほかの男のところへ行かないでほしいと願うことは、すでに今と同じだと言うことも棚に上げている。
かのこには悪いが、一生心の狭い男でいるかもしれない。
初流にとって苗床かのこと言う少女は、すでに必要不可欠な存在なのだから。
そのことに気づいていないのはかのこ本人くらいのものかもしれない。

翌日、初流はかのこのもとへ再び足を運んだ。
いつものように連絡を入れるだけにしようかとも思ったのだが、前日の受け答えを振り返れば振り返るほど、かのこの歯切れの悪さが気になったのだ。
たとえ別れ際には持ち直したとしても、どこか根の深いところを刺激したものがあったはずだ。
そう簡単に拭い去れるものではないだけに、直に顔を見ておかなければならないという思いが胸を占める。
電話なら声という音声情報を得ることができるが、メールなら機械的な文字だけで、文面情報以外何も得られない。
声や文字情報以外に、表情という最も根源的で隠されにくい情報の中に本音とか大事なものが隠されている。
テレビ電話とかをする環境のない初流たちは直に会うしかその情報を得ることはできない。
もっとも、テレビ電話とかも所詮デジタル化された映像で、人の微妙な変化を再現することはできない。
「あれ、椿君。どうしたの?」
不思議そうな表情をしたかのこがそう聞いてきた。
珍しくかのこが初流を見つけたかと思えば、これまた珍しいことにかのこが初流のほうに近づいて来る。
初流としてはそれだけでぐっと来るものもあるが、今はそういう問題ではない。
「昨日どうしたのか結局聞きそびれたからな」
だからわざわざ来てやったんだと言外に言う。
かのこはそんな初流に目をぱちくりさせた後、やはり王様だと笑う。
「昨日別に何もなかったよ」
かのこはあくまでも何事もなかったかのようにはぐらかした。
本人としてはばれていないつもりなのかもしれないが、初流に言わせればバレバレでしかない。
「そんな嘘が通用するか、よ」
よと言う音に力を込めると同時に初流はかのこの頬を強く引っ張る。
「ひゃにしゅんのひょー!!」
両頬を引っ張られたかのこが抗議の声をあげる。
まだ何か言いたそうなかのこが、初流と視線があった時急におとなしくなった。
「……椿君?」
心配そうに、初流を見上げるかのこ。
その様子から、初流は自分が今さびしそうな笑みを浮かべているのだと言うことを知る。
「どうしたの?なんで椿君が悲しそうな顔するの?」
心配そうでいて、それで不思議そうな、そんな顔をかのこはしていた。
誰のせいだと思っているんだ、そう声には出さずその代りその想いを両手に込める。
「痛ッ……!いたたたた!!」
「お前がいわねーのが悪いんだよ!」
かのこの抗議の悲鳴を無視して、初流は怒鳴る。
本当は何かがあったのはわかっているから。
その相談相手に自分が選ばれないことが腹立たしいから。
初流自身、自分の感情がどのようなものかよくわかっていなかった。
「なんで言わなきゃならないのよ。それよりもこの手を早く離して!」
相変わらず頬をつねられたかのこが抗議の声をあげる。
一人に慣れたかのこは時々周りの心配などが自分に向くことがあることを知らないようなふるまいを起こす。
「友達だろ」
初流はそう言って、つねられて赤くなったかのこの頬をそっとなでる。
本当は、友達という表現を使うことは好きではない。
かのことの距離が遠く感じられ、そして望みの薄さが空しさを与えるからだ。
「そっか。ごめん」
何に対してなのか、初流が推測することしかできない謝罪をかのこはした。
そのまま特に言葉を交わすこともなく、示し合わせたかのように同じ方向を並んで歩く。
かのこの向かう先がどこかは分からないが、なんとなくわかる。
そしてこれまた毎回のことだけに、かのこも特に不思議には思わない現象だった。
もし、かのこが普通というものを知っていたら、初流のこれらの行動の一つ一つに違和感を覚えていただろう。
友達という範疇を疑わないかのこを、さびしくも初流はそっと見守りながら歩いた。

ポツリポツリと、かのこと同じ学校の生徒が道から消えてきたころ、かのこはようやく口を開いた。
「なんかね、昔の私を見ているみたいだったの」
それがかのこの第一声だった。
少し影を帯びた小さな声で、初流は危うく聞き逃すところだった。
しかしそこは初流である。どんな些細な変化であれ、かのこのことなら決して見落とさない。
かのこが話し始めたことは、昨日のことだろうと一瞬のちに初流は思い至る。
下手に口出しして口を閉ざされても困るので、初流は黙って先を促す。
そんな初流に気づいているのかいないのか、かのこはぼそぼそと言葉を続ける。
「同じグループに所属しているんだと思っていた人たちから裏切られているのに、知ってしまったって感じ」
そこで初流にもかのこが言いたいことがなんとなくわかってきた。
つまりは、イタイ状況に置かれた人を見ている立場にかのこはいたのだ。
かのこ自身も同じような立場にいたからこそその状況の辛さが身にしみてわかるのだろう。
いや、もしかしたら、だからこそ彼女は間違ったものが許せないのかもしれない。
そしてわかっているからこそ、どう関わればいいのかがわからない。
かのこの心の殻を破ったのが何かはかのこにしか分からないだろうが、そのきっかけが初流たちにあることぐらいは初流にもわかっていた。
問題がなくなったところで傷は癒されないし、時が解決できるものでもない。
苗床かのこと言う人間は基本的に好奇心だけで動くが、自分の心に引っかかりを覚えた物をそのまま放置する人間ではない。
自分と似ている辛い境遇というのは好奇が持てなくても引っ掛かりは残る。
かのこは今、第三者の立場に立って過去の自分と向き合っているところだったのだろうと初流は推測する。
どういう風に接してもらうのがうれしくて、逆にどう接されるのが嫌だったのか。
それを知る覚悟がついたのか、それとも知りたいと思えるようになったのか。
初流には分からないことだが、ただ、かのこが自分の道を歩き出せたことだけは唯一分かったことだった。
初流はおもむろにかのこの腕を引っ張り、抱きしめる。
一人じゃないんだと言うことを伝えたくって。何からも守ってやるという思いを込めて。
かのこの傷は全部受け止める、受け止めるから安心していいんだという思いも込め、腕に力を入れる。
「ちょ、ちょっと椿君?!」
突然のことで状況の飲み込めないかのこが戸惑った声をあげる。
「そんなこと、させねえから」
初流はそれだけ言う。もう、かのこにその思いはさせたくなかった。
初流にとってのかのこは、それほどまでに大切な存在。
かのこにとっての初流もそのような存在になってくれたらいいなとずっと願っている。
でも今は、そういうのを抜きでただそばにいたい。
たまのメールや風の便りから入ってくる近況ではなく、直接確かめたい。
彼女は今、笑えているのかを――
椿→かのこ。誰が何と言おうとも。
珍しく(?)笑うかのこ様ネタ。
タイトルは三度浜崎あゆみさんの曲より。
一時保存にUPしたものの加筆訂正版。
やはり後半失速気味でした。これ以上文章重ねられない。
minkさんの『Eternal Love』とネタが被れそうなので、そっちの方でまた頑張ってみる。
…椿視点って難しい。二度目のはずなのに。

って思っていたのですが、三段落目からは一時保存の拍手に後押されて書かれたものです。
はじめ上二段落で終わっていたんです。マジで。
拍手がなかったらたぶん書かなかったと思う。と言うか完全にあきらめていた。
平日時間ないーとか何とか思いながらも書けたのは拍手をくださった皆様のおかげです。ありがとうございます。
このような結末になりましたが(おかげで舞台設定が完全不明。時期いつだよ。←)、楽しんでいただければ幸いです。

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