姫を守るナイトのように

何でこんなことになったんだろう…。
目の前で気持ちよさそうに眠る晴香を恨めしげに見つめながら八雲は思った。
ため息をついていても仕方ない。
そう分かっていてもため息をつかずにいられない現実がそこにあった。

そもそもは、いつものように八雲が、晴香のことを暇人だと揶揄したことにある。
暇じゃないですよ、とやはりいつものように晴香が言った後、
「今日だって放課後に、飲み会に誘われているんだから。美樹に。」
と付け加えられた言葉に、言いようのない悪い予感を感じたのだ。
それゆえに、僕も一緒に行く、とついつい言ってしまった。
晴香は目を丸くして驚いた。
これ以上眼を開くことはできないのではないかと思うくらい、その瞳は大きくあけられている。
そしてうれしそうに、「美樹に聞いてみるね〜」と言ったのだった。
その姿は、今にでも鼻歌が聞こえてきそう。
そしてあっさりと承諾はとれた。
晴香は、あとで迎えに来るねと言って別れ、そして実際に迎えに来た。
二人で並んで歩く。
晴香は本当にうれしそうで、八雲もそれにつられてなぜか心持うれしい気分になった。

「ちょ、晴香。あんたいつの間に彼氏できたの。」
それが、八雲を見た美樹の第一声だった。
ご丁寧にも、ちょいちょいと晴香を自分の近くに招いたあとに言っている。
美樹はいろいろな意味で自己主張の強い印象を与えるバイタリティに富んだ女性だというのが八雲の見た美樹の印象だった。
目を閉じても、その存在は関知できる気がする。
霊にとりつかれていたころとは印象が真逆だった。
「彼氏ってわけじゃないんだけど…。」
晴香は口ごもりながらちらっとこちらを見上げる。
八雲は黙ってその視線を受け止めた。
「なかなかかっこいいじゃないの。彼氏じゃなかったら何なのよ。もったいない。」
「友達…かなぁ…。」
せわしなく晴香はこちらに視線をよこす。
何か言いたいことがあるなら言えばいいのに!
「何弱気になっているのよ。こういうものは押したもの勝ちよ。」
「お、押すって…!!」
腕をからませるとか、もっと積極的にならなきゃ、という美樹に対し、晴香はただ赤面するのみ。
きっと、美樹直伝の彼氏を落とすテクニックとやらを晴香に伝授しようとしているのだろう。
聞いている方が気恥ずかしくなって、八雲は少し離れた所へ移動した。
心臓が普段よりも早く脈打つ。
なぜ僕の心臓が…!という思いもあったが、努めてそれは表に出さないようにした。
あくまでも普段の無関心を装って。

晴香あいつから聞いていた美樹のイメージ通り、それは飲み会というよりは合コンに近い集まりだった。
八雲は当然のように晴香の右隣にいた。
「えへへ〜八雲君の左隣だ〜。」
そう言って、晴香はとても喜んでいた。
「そんなことで喜ぶなんてまだまだ君も子供だな。」
いつものような言葉の応酬。
「だって、八雲君のきれいな左目が見れるんだもん〜。」
頬をふくらませて、晴香こいつは言う。
ご丁寧にも、「きれいな」を強調させて。
ざっと右目で周囲を確認したところだと、晴香の隣や正面を狙う男は少なくなさそうだった。
それを、この「きれいな」左目でけん制していることに晴香は気づいているのだろうか。
八雲の左目は、まるで意志を持っているかのように赤々と輝いていた。
注文された飲み物がやってくる。
カクテルやら、サワーやら、ビールやら、アルコール飲料ばかりの中でウーロン茶が一つ混ざっていた。
トラブルメーカーがトラブルを起こしても対処できるよう、アルコールは飲まないと決めたからだ。
晴香の前にあったのはカクテルで、八雲の目のような赤い色をしていた。
「晴香、それおいしいー?」
聞いたのは美樹だった。
肯定した晴香に、美樹は自分のを一口あげるから一口ちょうだいと言った。
もちろん晴香はそれを了承し、そうやって色々なお酒をみんなと共有するのだった。

何杯か飲むと、酔いが回ってきたのだろうか、声が大きくなる人や、寝る人、饒舌になる人が現れてきた。
よっぽど気になっていたのだろう。
いつの間にか美樹は晴香の左隣に来ていて、八雲がどんな人か聞いていた。
晴香も晴香で、八雲君ってひどいんだよ!という話から、いろいろと愚痴を言う。
勝手に消えたこと、いつも何も話してくれないこと、プールに投げ入れられたこと。
うんうんと頷きながらも、美樹は晴香のグラスにビールを注ぎ込む。
隣で聞く身としては、恥ずかしくて聞いていられない。
僕がいるからこんな話になるのか、僕がいなかったらもっとエスカレートするのか。
それは八雲にも分からない問い。
「だから私って八雲君にとって何なのかわからない〜。」
美樹に注がれたビールを一気に飲んでから、晴香はそう言って泣き出す。
泣き上戸か?!八雲は内心焦りを覚えた。
そんな八雲を知ってか知らずか、よしよし、と美樹は晴香の背中をさする。
「でもやっぱり好きなんじゃない。そうなんでしょ?」
その美樹の問いには、嗚咽で体を上下させるだけだった。
「ほらほら、もっと飲みなよ〜。」
と、さらに美樹はビールを晴香のグラスに注ぐ。
「そうだよ、晴香ちゃん。俺だったら絶対に泣かせない。」
「俺だったらそんなひどいことしないな。」
ほかの男たちも口々に言う。
飲んで嫌なことを忘れろ、というのが彼らの持論だろうか。
だからとはいえ、さすがに晴香を酔いつぶすわけにもいかない。
「その辺にしとけ。」
八雲は晴香の手からグラスを奪い、自分の右手側に置く。
晴香は恨めしげに八雲を睨み上げる。
「君の適量はとっくに超えているだろ。自分のためにも止めた方がいい。」
そんな視線を流して八雲は言う。
「晴香ちゃんは飲みたいんだからさ〜。」
そんな男の声が次々と八雲に飛んできた。
「適量以上飲むことはやめろと僕は言っているだけだ。」
別にお前たちが急性アルコール中毒になろうと僕の知ったこっちゃない、言外にそのことを含めて八雲は睨みつける。
「あはは〜、八雲君だぁ〜いすきだよ〜。」
間延びしたような、呂律の回っていないような、そんな声で晴香は言う。
普段の晴香こいつからは考えられないような、空気の読めなさ。
そしてその言葉の内容。
八雲は思わず固まった。
その場の視線が一気に八雲に集まる。
八雲は右手で頭をガシガシと掻いた。
トラブルメーカーは、やはりトラブルメーカーだった。
八雲は周りに睨みをきかせることで結局その場をおさめた。

二次会だー、と言う美樹に別れを告げ、八雲は半ば強引に晴香を連れて帰り途についた。
はじめは並んで歩いていたのだが、晴香の足取りのおぼつかなさが不安で、結局背負うことにした。
なんでこいつはヒールのある靴をはくんだよ、と内心で悪態をつきつつ。
首に回された腕のぬくもり、背中に当たるネックレスの固さ、背中と腕にかかる重みが晴香の存在を主張していた。
やがて寝出したのか、コックリコックリ揺れる頭が八雲の頭に触れる。
「八雲君…大好きだよ……。」
耳元で晴香が囁く。
夢の中に来てまでこれですか。
おそらく言った本人は覚えていない。
生殺し気分を味わいつつ、八雲は晴香の住むマンションへ向かった。

内心で晴香に謝ってから、八雲は晴香の鞄を漁る。
鍵を取り出し、オートロックをくぐって晴香の家へ入る。
靴とストッキングとコートを脱がし、ネックレスを外してから晴香をベッドの上に横たわらせた。
ネックレスは以前八雲があげたもの。
それを大切そうに毎日晴香はつけている。
外したネックレスをしばし見つめた後、それを近くのテーブルに置いておいた。
そして八雲はため息をつく。
帰ろうか、とは考えたが、玄関を開けっ放しにして晴香を寝かしておくのは心もとなかった。
そうなると出るわけにはいかない。
もう一度ため息をついた八雲は、椅子に座り腕を組んだ。
少し時間がたってから、そんな八雲も夢の世界へ旅立った。
テーマが「酔っ払い」ということで。
一応八雲視点です。晴香サイドの翌日の朝ストーリーもちゃんと用意してあります。
酔っ払いのテーマに添えているのかは甚だ疑問ですが。
それにしても…何で五月雨の小説だと、美樹さんの出現率が上がるんでしょうか??(笑
ちなみに美樹さんのイメージは漫画版のイメージを基に作られているところが多々あります。
タイトルが思いつかなかった〜〜〜〜。(笑
ちなみに、七巻で、八雲君がビール嫌いという描写があったのですが、五月雨としては、アルコール飲める気がします、八雲君。
ただビールが嫌いなだけで。
五月雨自身はアルコールダメなので分からないのですが、人づてで、ビールは苦いから嫌いだけれどほかのお酒が好き!という話は聞いたことがあるので、それをイメージ。

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