Eternal Love

「苗床、おっせぇなー」
塀に寄り掛かり、初流はつぶやいた。
何度かかのこに電話しているが、聞こえてくるのは女声の機械音のみ。
音声ガイダンスが伝えるのは電話がつながらないという事実で、メッセージを残すという案内だけ。
つながってほしい彼女にはつないでくれようとしない。
「こんな遅くまで何やってんだ、あいつ」
誰も聞いていないこと前提で初流がつぶやく。
とうの昔に日は沈み、あたりは暗くなっていた。
しかし、かのこの帰ってくる気配は見せない。
中学生である以上アルバイトなどは考えられないし、そもそも転校人生のかのこにアルバイトという選択肢はないだろう。
それにかのこ自身はまったくもって自覚がないようだが、かのこは女だ。
どこでどんな輩が待ち構えているかなんて知ったこっちゃない。
だから初流が何をやっているのかとイライラするのは無理もない話だった。

そもそもどうして初流がかのこの家の前にいるのかといえば、率直に言ってどうすればいいのかわからなかったから、だ。
かのこが外国の僻地へ最後の引っ越しと聞いて何かもやもやした感情が胸を占めていた。
その感情に名前なんてつけられるわけがなく、ただぶつけようのないイライラ感だけが積み重なる。
そんな中、まさかと言いたくなるような人物――桃香に自分が意地を張っているのだと指摘された。
とたんに自分が行ってきた物事が子どもの駄々と同じものに見えてくる。
今までもやもやとしていた視界が少し晴れてきたような気がした。
それでも、自分がどうしたいのか見えてこなかった。
わかるのは、かのこが自分から離れてしまうと言うことそれ一点だけだった。
そしてそれが気に食わない自分がいると言うこと。
何がしたいのか、どうしたいのかはさっぱり分からない。
このもやもやとした感情の名前もわからない。
もしかしたら、かのこに会えばわかるのではないのかという淡い思いがふと湧きあがる。
それで来たものの、肝心のかのこがいないどころか連絡がつかない。
仕方ないので初流は、自分がかのこのことをどう思っているのか考えながら待つことにした。
どう思っているのわかるためにも、初流から見た苗床かのこと言う少女がどのような人物なのか整理するところから始めるしかない。
初流の記憶ははじめて言葉を交わした時からさかのぼる。
顔の悪い女とは話すらしたくないとあしらったあのころが妙に懐かしい。
それでもあの頃から何か目が離せないものを持っていた。
関心を持つことによって、かのこのいろんな側面がその翌日から見えてくるようになった。
知れば知るほど、もっと貪欲に知りたくなる。
気づけば半年という月日が流れていて、もっと長い時刻(とき)をともに刻みたいと願う自分がいる。
まだと言う二字に込められたそんな願いはきっと、かのこは気付いていない。
それなのに、彼女は初流から離れようとしているのにやけに淡々としていた。
まだ中学生である初流たちにはどうしようもないことだが、せめてさびしいと思っていてくれたら。
たださびしいというわがままな感情を隠しているだけなのかもしれないが、さすがに今回ばかりは初流には分からなかった。
なぜなら、初流のほうが動転してしまったから。
誰にも気づかれていないと今でも信じているが、初流にとっては天と地がひっくり返るほどの出来事だった。
その後から続く、落ち着かない感情。
桃香に指摘され、かのこの家の前でかのこのことを考え、なんとなく感情が形になりつつある。
でも、決定打がない。どこかで認めようとしていない感情なのか、つかむことができない。
喉まで出かかっているのに、というようなもどかしさばかり覚える。
感情にはっきりと形を与えられないばかりに、何をしたいのかもわからない。
なんとなくこんなことというアバウトなところしか把握できず、結局何がしたいんだと自分に問いかけてばかりだ。
悶々しつつも、ここまで来たのだからと初流は考え、想い続けた。

物音がして、うなだれた表情のかのこが遠目でも視認できるようになった時、初流の中で何かがはまる音がした。
一人で大丈夫だと気丈にふるまっていたその肩が、今にも押しつぶされそうに見える。
騎士(ナイト)になりたいと思ったことは一度もない。そんな面倒なもの、なりたいと思う方が不思議だ。
しかし、かのこの細い双肩が今にも折れそうな姿を見るのはとても辛い。
だから、初流の存在を認めてほしい。信じてほしい。守らせてほしい。
どんな時でもそばにいて、守ってやりたい、その想いが強くこみあげてくる。
「苗床!」
うつむき加減のかのこが近づいた時、初流は声をかけた。
かのこは驚き、顔をあげる。
遅いと抗議する初流に、かのこはどうしてここにいるのか尋ねてくる。
どうしてと聞かれても、わからないから来たとしか答えようがない。
答え自体が明確な言葉となって出たのはかのこを見たとき。
大切なんだ、すんなりとその言葉が出てきた。
初流の目の前で、初流にもわからないことがあると知って驚くかのこ。
人の相談に乗るのは初めてだとドキドキしながらも必死に頑張ろうとするかのこ。
そのようなかのこのすべての表情がとてもいとおしい。
今回はまだ見れていないが、かのこの邪気のない笑顔はとてもかわいらしくていつまでも見ていたいくらいだ。
趣味が変わったと言いたい人がいるなら言わせればいい。
苗床かのこと言う少女が大切だからこそ、なんだってよく見えてしまうのだから。
ドキドキしているかのこの腕を引っ張り、力強く抱きしめる。
苦しいと抗議するかのこは無視する。
この腕の中のぬくもりがいとしくて、手放したくないと思う。
それでも、今は手放さなければならない。
彼女は遠くへ引っ越してしまうのだから。
どんなに遠くても、何かあった時は絶対すぐ会いに行く、そう心に決める。
その決意は彼女に伝わっていないようで、外国人みたいと言われてしまったが。
かのこだけだと、壁に押し付け逃げ道をふさいだものの、あともう少しというところでかのこに押し返された。
しかも、かのこは何が起きようとしていたのかわかっていないようで邪気のない笑顔を向けてくる。
いつもはかわいらしくて、ずっと向けていてほしいこの顔も、この時ばかりは拷問だった。
仕方ないので、一応お別れだからと初流は自分の学ランの第二ボタンをはずす。
わからないから来たのであって、餞別なんて用意していなかったのだ。
でも、初流の第二ボタンだ。ひょっとしたらプレミアがつくかもしれない。
もっとも、第二ボタンの価値なんてかのこにはわからないのだろうが。
ただかのこが大切そうにぎゅっと握りしめた事実だけは確認できて、それがうれしい。
どんなに離れても、ボタンの存在が常に初流を思い出させるものになればいい。
「ありがと」
かのこは言う。
握りしめた自身の手に視線を走らせて。
「元気でな」
初流はそう言って別れる。
いつものような、それでいていつもとどこか違う別れ方。
初流は一度も後ろを振り返ることなく帰り道を歩いた。

今はまだ、何もできない中学生だけど。
大きくなったら絶対迎えに行くからな。
この気持ち、変わらないこと誓うから。
どうか君も、君のままで俺を待ってほしい――
椿→かのこ。笑うかのこ様ネタ。
タイトルはminkさんの曲より。ひとつ前の『from your letter』に続いて一人勝手に椿かの三部作の第二作。
難しい難しいと思いながらも書きすすめた物です。
始めは特に意識していなかったのですが、たぶんfrom〜のほうの拍手の影響で、最終回の椿視点で描いて見ることにしました。
椿君は飛行機見ながら、いつか迎えに行くことを誓っていたらいいなと思います。
個人的に、椿君は夢見さん分類だと奪って系だと思っていたんですが、これ書いていて、攫って系もアリだなーと思いました。←
原作と流れが被るのって初めてで、これ二次創作としてどうなのって思って、ものすごくドキドキしています。
なんかものすごく畏れ多いことをやってしまいました。そのまま没にした方がいいかと思いたいくらいです;;
でも第二ボタンですよ!!椿の第二ボタンですよ!!プレミアだよ!!←
このネタはどこまでも引っ張りたい!!(コラ

さらに個人的な(それでいて場所違いな)話ですが、夏草君にとってかのこさんは妹ポジションだったらおいしいなーと思います。
椿君はお兄ちゃん(笑
でも椿君にとっても、かのこさんにとっても空気な存在(扱い)だから出番が…(滝汗
ごめんよ、夏草君。仕方ないからここで思いっきり君のこと語っているよ。←

ここまで読んでいただきありがとうございます!
次は三部作最後…の前に夏草君の出てくるネタが思いついたので、ワンクッションはさむ予定です!

戻りませう