Like There Is No Tomorrow

朝になり部屋がだんだん明るくなるころ、かのこは目覚めた。
そのまま起きようとして、布団が引っ張られているのに気づく。
一人でベッドに入っているのならどこかに挟まっていない限りありえないことだ。
そもそも普段は畳に布団を敷いて寝ているのであって、ベッドで寝ることはない。
そんな違和感を覚えつつも、かのこは記憶を反芻する。
そこでかのこは、自分がホテルにいることを思い出す。
――昨日は、椿君に頼んでホテルとってもらったんだっけ。
そのことにようやく思い至った。
前日、かのこは例に例の如く好奇に任せて物事に首を突っ込んだ挙句帰宅するタイミングを逃した。
それでいつかの再来というわけではないが、あの時と同じようにそばにいた初流に頼みホテルを取ってもらった。
お前が出せよと言われるかと思えば、折半だと言われたのは余談だ。
ホテルを取ったのが初流ということもあってか、部屋に入ったかのこを待っていたのはツインではなくダブルベッドだった。
そこまで思いだして、かのこは隣で寝ているであろう初流に目を向ける。
低血圧の初流はまだ熟睡していた。
長いまつげ、整った顔立ち、眠っているからこそ静かな口。
普段はどんなに憎まれ口をたたかれようとも、かわいい寝顔の優しい友人がかのこは好きだった。
そこで、ダブルベッドを見た時の初流のセリフをかのこは記憶から呼び起こされる。
――一応付き合っているんだから、問題ないだろ。
律義にもその場面の初流の表情、声までもが脳裏に再現される。
それがどうした、とその目が訴えていた。
そう、かのこは初流と付き合っていた。
だから友人という表現は間違っているのかもしれない。
でもかのこにとって初流は大好きな友人であって、大切な恋人なのだ。
そうやって記憶を思い返しているところで、かのこは自身の記憶の途切れ目にぶつかった。
机の前で考え事をしていたところまでは覚えている。
一日のことを振り返り、いろいろ考えて楽しんでいたのだ。
人間観察をやめたとはいえ、今でもときどきこういう過ごし方をすることがあったからこれ自体は珍しいことではない。
だが、その後どうやってベッドに入って眠ったのか、全く記憶になかった。
隣に寝ている初流が運んでくれたのだろう。それ以外考えられない。
かのこは穏やかに眠る初流の髪をそっとなでた。
三十センチ以上も身長差のあるかのこが、初流の髪をなでられるのは一日の中でこの時間帯しかない。
「は、はつ、る……」
ドキドキしながらかのこはその名を呟く。
名前で呼ぶのは、付き合うに当たって俺様な初流の絶対命令だったが、かのこはいまだに起きた初流を名前で呼べない。
そっと一人で練習しているのだが、どうも本人を前にすると急に声が出なくなる。
だから、というわけでもないのだが、必然的に初流を名前で呼ぶのは初流が寝ているときになってしまった。
それでもまだうまく言葉を紡げないでいるのだ。
慣れないし、馬鹿らしいと思っていたことを自分がやろうとしている現実がばかばかしい。
でも練習してしまうのは、惚れた弱みだろうか。
まさか自分がこんなことになるとはね、かのこは自嘲した笑みを浮かべた。

少し初流の髪をなでまわしたかのこは、その手を離そうとした時に自身の手首を掴まれた。
掴む犯人はこの部屋には一人しかいない。
眠り姫――もとい、王様の初流だ。
そろそろと、かのこは視線を初流の顔へ向ける。
聞かれただろうか、みられただろうか、そんな思いが渦巻く。
初流の閉じられた目はゆっくりと見開かれ、かのこと目が合う。
その瞬間、かのこの胸がトクンと鳴った。
初流の目は、いつものにやにや笑う時の目ではなく、どこかやさしくて、それでいて眠そうな目だった。
寝起きだからか、かすかに動く口からは音が出てこないが、かのこは確かにその口が「かのこ」と動くのを見逃さなかった。
たったそれだけのことに、かのこは自分の頬が熱を帯びるのを押さえることができない。
そんなかのこを、初流はニヤッと笑った。
眠気なんかいっぺんに吹っ飛んだのか、それとも反射なのか、かのこにはわからない。
ただ、いつもの初流だなとそう思っただけ。
「おはよ、椿君」
かのこが言う。
「……はよ」
やはりどこか眠たげな声で、初流が答える。
それだけ確認してかのこは起きようとするが、腕が鎖で繋がれたようにピンと張って進めなくなった。
もちろん犯人は初流で、彼はこの状態でもかのこの腕を離さない。
本当に、眠いのか眠いのを演じているのかがわからない。
「……椿君、腕、離してよ」
「やだ」
かのこの頼みはしかし、即答によって却下される。
それどころか、逆に初流に腕を引っ張られ、かのこは初流のほうへ倒れこむ。
顔と顔がぶつかりそうなところで、かのこの反対の腕が体をようやく支えた。
そのせいか、ほんの数センチ先という近距離で初流と顔を合わせることになる。
初流の瞳がしっかりとかのこを見つめていた。
その真剣で、優しい目で見つめられていると、気恥かしさと愛されているんだというよろこびを覚える。
いつまでも見つめられていたくって、見つめていたくって。
でもやっぱり恥ずかしくって。
複雑な想いだけどどこか幸せな気持ちになる。
やっぱり好きなんだな、そうかのこは思った。
初流の目元が優しく緩められ、かのこの頬へ反対の手が伸びてくる。
そっとなでられたかと思えば、さらに後ろへ回され、かのこの頭は優しく初流のほうへ引き寄せられる。
そのまま軽く、唇と唇が合わされる。
目をぱちくりさせたかのこは、されるがままに任せた。

軽く合わせるだけのキスだったが、それが終わった後になって初流はようやくかのこの腕を離した。
かのこが起きた後で初流もゆっくり起き上がる。
初流と寝た翌日の朝はほぼ毎回のように同じやり取りが行われるが、いまだになれなかった。
かのこの胸はまだ、そのドキドキを伝えている。
どれほど日が経てど、初流に対する想いが褪せることはなかった。
毎朝毎朝、新たに湧き上がり止まることのない愛しいという想い。
人に裏切られ、傷つけられた古傷も初流の想いの前では治されてゆく。
かのこが苦しんでいるときはいつだって、初流が優しい言葉をかけてくれるから、気づいた時には傷の数が減っていた。
心に負った傷は一生治らないと思っていたけれど、完全に治癒するのもそう遠い未来ではないだろう。
だから今度は初流の力になりたい。
かのこがそばにいることで初流の力になれるのなら、ずっとそばにいたい。
毎日毎日、新しい明日が来ても二人の関係が変わりませんように。
服を着替え出した初流へそっと視線を滑らせ、かのこはそう願った――
椿かの三部作はちょっとわきへおきました(ぁ
タイトルはminkさんの曲より。
甘甘を目指したんですが…どうなのかは読んでいただいた方の判断に任せます。甘甘はやっぱり苦手だなぁ…。
というか、甘ければ甘いほど僕の場合文章量が減っているような…
もう本当に、楽しんでいただければ幸いです。
反応怖ぇぇぇぇ;;

舞台としてはとりあえずちょっと未来。大学生くらいじゃないかな。
一緒のホテルに泊まってもやはり何事もなければいいと思う。
もともとのネタは確か、二巻がなかなか入手できなかったときに「椿君生殺しの回をお預けって〜!」というようなことばっかり書いていたことに起因していると思います。
椿君生殺しはかのこ様クオリティだと信じてる。←
けれど、一時保存にUPした落書きとかから、このサイトの傾向として椿君はバカだと言うのがほぼ固定されつつあります。
あくまでもクールな椿君を求めている皆様には本当に申し訳ない;;
反省しないけどね!!←
(言い切りました。やはり反省しません。←)

ここまで読んでいただきありがとうございます!
次こそは三部作最後を…書くかな。
年内までに続き物は全部書きあげたいです。頑張ります。

戻りませう