A Song for XX

一人でいると言うのは強いことなのだろうか。
がむしゃらに立ち向かって、一人吠えているのは強いことなのだろうか。
時々、そんなかのこのことを強いと表現する人が現れる。
かのこ自身はかつてそう言われた時、それが当たり前であって強いとは思わないという程度の認識でしかなかった。
だが、ある事件を通して自分は本当に一人なのか考え直したことがある。
それでわかったのは、一人じゃないからこそ色々やれるのだと言うこと。
一人じゃないからこそ、強くなれるのだと言うこと。
でも強く出る理由は、それだけではないのかもしれない。
知りあって間もないころ彼はかのこのことを強いと表現したが、高校に入った後で彼はそれを弱いと訂正した……

ことの発端はかのこがある意味おなじみの光景となりつつある女子の集団に囲まれたことだ。
まだ学内の勢力図等を研究中の身であったかのこは、自分のクラスとかろうじて隣のクラスの人が一通りわかる程度の情報しか集められていなかった。
それ以外はどこのだれかもわからないけれど、このような人間がいる程度の情報の端々があるのみ。
だからかのこは、自分を囲んだ集団に見覚えがなく、共通項も弱みも見いだせなかった。
ただかろうじて一学年上――つまり二年生ということがわかったのみ。
こうも接点がないとなれば、この集団がかのこを囲う理由はおのずと見えてくる。
彼――かのこの友人である椿初流がらみだと言うこと。
「アンタムカつくのよ。年下のくせに態度でかくね?」
「先輩に対して礼儀ってもん、ないの?」
「出身が一緒だか知らないけど、お昼まで仲いいの見せつけるのマジムカつくんだけど」
一人が口を開けば、それに追随するかのようにほかの面々もとりあえず罵声を浴びせかける。
進学校とはいえここは公立だからというのか、それともどんな学校にいてもこういうものはつきものなのだろうか。
それにしてもさすが初流だ。同年代に限らず、先輩後輩問わず幅広いファン層を早くも獲得しているようだ。
「ほらあんた、何か言ったらどうなの?!」
黙るかのこに、苛立たしげに一人が声を荒げる。
この時かのこは、この集団に何を言えばいいのか考えていた。
同い年なら、以前桃香の件の時と同じように適当にあしらってもいいだろう。
かと言って初流はただの友達だと言ったところで何の助けにもならない。
むしろ彼女たちの神経を逆なでするだけだろう。
そんなことになれば、もしかしたら今以上に常に人の視線を集める生活を送らなければならないかもしれない。
人の視線を浴びるのが苦手なかのこにしてみれば、これ以上の拷問はない。
「俺がいたいからいる、じゃダメなのか」
かのこの代わりに彼女たちの問いに答えたのは初流だった。
いつの間にかかのこの後ろに立っていて、片手をかのこの肩にのせている。
そのままその手がかのこを後ろに倒すので、バランスを崩したかのこはそのまま初流の体に寄り掛かる形になる。
声のトーンが低いところから鑑みると、初流は今までの中でも1,2を争うほど不機嫌な状態だろう。
そんな初流と密着状態にいる。
彼女たちには悪いが、かのこの心拍数は急上昇して構うだけの余裕がなくなった。
こんなにドキドキするのは、きっと初流が怖いからに決まっている、そう自分に言い聞かせたところで心拍数がおさまるわけがない。
「わかったらそんなつまんねー理由でこいつに手ぇ出すな」
相手が先輩かどうかなんて関係のない初流が声を荒げる。
彼女たちも、初流のファンだけあってか初流本人を相手にする気はないらしい。
でも、とか何とか言いかけた口は結局音を出す前にとじられる。
「行こっ」
一人が言って、残りがそのあとついていった。
去り際、先頭の一人が『あんな子相手にするのは椿君のためにならないのに』と口パクしたように見えた……。

「大丈夫だったか、苗床」
初流はそう言って、かのこを背後からぎゅっと抱きしめる。
この行為がすべての元凶ともいえるし、かのこを勇気づけてくれるものともいえる。
「大丈夫だよ、あんな言葉、言われ慣れているから」
椿君って実は心配症、なんてかのこは思いながら言う。
そう、態度が高圧的だと思われるのは初流に会う前から言われてきていることだった。
その都度立ち向かい、時には軽くあしらってきた。
「大丈夫なわけないだろ」
そう言って初流はかのこの頬をつねる。
初流に頬をつねられることも、もう一度や二度のことではなかった。
「ひゃいじょぉぶだっひぇ」
これまた毎度のことながら、かのこは痛いと体をばたばたさせて抗議しながらも言う。
「訂正するよ、おまえは弱い。だから頼れ」
上から初流は覗き込むように、そう言った。
その目はとても真剣で、奥へ奥へ吸い込まれそうになる。
ひりひり痛んだはずの頬に初流の手が優しく当てられていることにも気づかないほどだった。
「……弱い?」
呆けた声で、かのこはそれだけいう。
今までかのこは強いとかかっこいいとかしか言われてこなかったがために、現実味を帯びない単語だった。
「なんで?力に屈することが弱いことじゃないの?」
意味分かんない。そうかのこは言う。
初流の、たちの悪い冗談なんだと思いたかった。
だがそう言われた初流は、より顔を苦しそうに歪めるだけ。
「椿君?どうしたの?」
なんで椿君のほうが、そう言おうとしたかのこは再び初流に強く抱きしめられる。
まるでかのこが割れものであるかのように、大切そうに抱きしめた。
そんな初流の想いが胸に突き刺さるようで、かのこは言葉を失う。
「頼むから、俺の前でだけは強がるな」
かすれるような初流の声が耳元に届く。
強がっているつもりもないのに、そう言いたかったが初流があまりにも真剣でかのこは口をはさめない。
「俺が受け止めてやるから、気丈にふるまうな」
少し初流が顔をあげたことで、かのこはやっと初流の目を見ることができる。
優しくて、どこか泣きそうな眼をした初流の目だった。
ああ、椿君は本当に何でもお見通しなんだなとかのこは思った。
かのこ自身も気づいていなかったが、指摘されてはじめて、自分が気丈にふるまおうとしていたことに気づく。
どこかで、弱みは見せちゃいけない、誰かに頼ってはいけないと思っていた自分がいた。
いつも一人でいて、そうあることを正当化していたのかもしれない。
強く振舞わなければ、そう考えること自体が弱い自分というものを隠していたのかもしれない。

そういう意味では、かのこの自己完結した予防線に彼らのほうが入ってきたと言っても過言ではないだろう。
きっかけは些細なことだったはずなのに、どうして彼らはかのこのそばにいようと思い続けるのだろう。
かのこが遠くへ引っ越すかもしれないと知ったら、どうしてあんなに悲しむのだろう。
普段クールだと言われる初流ですら、桃香が言うには様子がおかしかったくらいなのだ。
友達だって言葉で片付けてきたけれど、きっとそんな簡単なつながりなんかじゃない。
友達なんてかりそめの言葉の裏に潜む裏切りをたくさん見てきたのだから。
巷に出回っている友達よりも、ずっとずっと深い意味での友達。
それを親友と呼ぶのかもしれないが、なんか違う気はする。
でも、大切な友人には変わりない。
かのこだって、彼らのうちの誰かが遠くへ引っ越して会えなくなったら悲しくなるだろう。
このつながりは一方的なものでないからこそ、安らぎがあってとても居心地がいい。
一人でいる時よりも強く、自分の居場所というものが感じられる。
だから、初流のその言葉を信じてもいいのかもしれない。
今すぐには無理でも、少しずつ頑張れば信じられるのかもしれない。
「努力するよ」
かのこはそう、初流に言った。
言われた初流は複雑そうな表情をするものの、すぐに優しい顔になってかのこの頭をなでる。
この時になって、初流の腕がずっと震えていたことにかのこは気付いた。
一人でがむしゃらになるかのこのことを、本当に心配していたのだと言うことにかのこはいいようのない思いがこみ上げてくる。
「ありがと、椿君」
初流の腕の中で、かのこはそっとそうつぶやいた。
その言葉が初流の耳に届いているのかは知らない。
届いていなかったとしても、気持ちはきっと届いたのだろう。
初流の、かのこを抱きしめる腕は少し力強くなり、震えもおさまっていた。

本当に強いのは弱さを知っていることだとかつてかのこは言ったことがある。
しかし、知っているだけでも強くはないのかもしれない。
自分の弱さにもしっかり向き合い、認めなければならないのかもしれない。
人は、一人では生きていけないのだから。
だから人は、そばにいる人を信頼しようとするのだろうし、信頼できる人をそばに置きたくなるのかもしれない。
それなら、そばにいる人を信じられるようになりたい。
そこまで考えた時、初流はどうなのかということにかのこは思い至った。
一人でないと言うことは、相手がいると言うことだ。
今までずっと初流は物事をよく知っている人などとうわべだけの面しか見てこなかった。
かのこが強さの裏に弱さを隠していたのだとしたら、初流はクールの裏に何を隠しているのだろうか。
知りたい。おそらく初めてそう思った。
観察対象とかそういう知りたいと違う、もっともっと深い面でその人というものが知りたくなった。
五年先も十年先もたぶん、そばにいれたらいいなという思いもある。
深くまで知りたいと思える人というのはきっとそういう人。
この腕の中がかのこの居場所で、かつては見れなかった未来を見せてくれる場所なのかもしれない……。
ってことで、勝手に椿かの三部作ラスト。タイトルはあの有名な(笑)浜崎あゆみさんの曲より。
今までが椿視点だったのに対して、三作目はかのこ視点。
曲の持つ雰囲気とは全然違う気がしますが、かのこ(過去)の人物像としては曲の持つ雰囲気に近いんじゃないかなって思ったところから。
裏切られることに怯え(ていたことにも気づいていない)、一人を好んでいた過去に向き合い、その殻から脱却していく……
さらに一歩進んで、周りにも少しずつ目を向けていけるようになったらいいなってところから。
今回三作は全然リンクしていないようで、どこかリンクしているような感じになっていたらいいなって思います。
(舞台設定はそういうわけで、二作目が笑うかのこ様ラストだったからこちらは恋だの愛だの編に突入)

三部作をしばらく寝かせたためか、今回ものすごく書くのにてこずりました。
書きたいものも、書かなきゃならないものもたくさんあるので、ネタが薄れる前に書きたいです。はい。
一応今回のテーマは上に書いたとおり、
・一人がむしゃらに生きていたかのこさんがもっと周りを信じようと思うこと
・椿君も表には見えないところでいろいろ考えたりしているのではないのかとかのこさんが思うこと
の二点です。後者はもっと掘り下げるつもりだったはずなんだけどなぁ…
そうなったら、かのこさんが椿君の気持ちに気付きそうだったので却下しましたwww

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

戻りませう