I dressed you

「あれ、ハル君、どこ行くの?」
外出準備をする初流に彼の姉がそう話しかけてきた。
なぜか彼女は、ひょっこりとドアから顔だけを出していた。
近頃では、初流の機嫌を伺うようにどこか隠れるように最初話しかけてくる。
それで話しても大丈夫だと判断したら部屋から出てくると言った感じだ。
「あー。友達と遊びに行ってくる」
めんどくさそうに、しかしどこかウキウキした雰囲気をにじませて初流が答える。
自然と心が弾んでしまう、そのことを初流は自覚していた。
自覚したうえでこの感情を抑えることはできない。
この気持ちがかのこへの恋心だけで起きているものではない。
確かに恋心も大きい。誰だってイブに好きな子に会えると知ったらウキウキするだろう。
だが、初流の気持ちを昂らせているのはその先にあることに力点が置かれている。
彼女がどう、変わったのかということ。
「もしかして、友達ってこの間のあの子もいるの?」
おずおずと、しかしただの友達よねと強く念を押すように初流の姉は問いかけてくる。
ただの、を強調されることが初流には面白くない。
あまり人に興味を持たなかった初流が珍しく興味を持った人物だから、何かと彼の姉が気にかけているのは分かる。
一度かのこ本人にあって関心が失せたかに見えたが、まだ何かと初流の心理的隣の立場にいる彼女を気にしているようだ。
でもそれは、初流の願いを打ち消すかのような希望も抱かれているのがありありと伝わってくるから初流の機嫌は降下の一途をたどる。
初流に対して過干渉なのは今に始まったことではないが、せめて弟の気持ちを尊重するくらいの優しさは持ち合わせてくれないだろうか。
そう思ったところでそれは無理だなと打ち消す自分もいた。
とりあえず姉貴の質問には答えなければならない。
ただのを強調された時点で無視すると言う選択肢もあったが、そうなると後々いろいろと厄介になるだろう。
面白くない、そう思いながらも初流は口を開いてこう答えた。
「そ。ただの友達」
答えた時、ただのを強調しなければならない自分も面白くなかった。
初流にとってかのこはただの友達という範疇には入っていないのだから。
どうしてもただのという三文字に怒気を孕んでしまう。
なぜ、次元を一つも二つも落とさなければならないのだろうか。
それにそうすることによって、距離が広げられたように感じてしまうのが気に食わなかった。
友達と好きな子の間に、絶対的大きな壁が立ちはだかっているような錯覚すら感じられる。
先ほどまでのウキウキした心持ちから打って変わって、初流はいらだちを隠せないまま外へ出た。
見送る彼の姉は、なぜ唐突に機嫌を損ねたのか考えあぐねているとは知らず。

「遅いっ」
初流のほうをじっと見つめていた少女がそう言った。
初流より頭一つ分ほど低い彼女、苗床かのこはどこか見なれない恰好をしている。
「はぁ?別に時間決めてねーだろ。お前が少し早めに出て来いって頼んだだけだろ」
そうは言うものの、初流の機嫌はかのこを見た瞬間に直っている。
かのこのほうから、先に初流に会いたいから別の場所で待ち合わせするよう提案された時は思わず天にも昇りそうになった。
なぜ先に初流にだけ会うのか、その理由は言われなかったが大体のところ推測はついた。
悲しくもそれが恋愛がらみでないことも知っている。
苗床かのこという少女に、恋とか愛とかを期待するほうが間違っている。
たとえ本心では願っていたとしても、彼女自身に関心がないのがわかっているから期待するだけ裏切られる。
「ねぇ、本当にこれで大丈夫なの?おかしくない?」
そんな初流の心情をよそに、かのこはせわしなく自分の姿を確認しながら、意見を求めてくる。
これが、待ち合わせの理由なのだ。
かのこの恰好の確認を第3者の目線からしてほしいということ。
初流の気持ちを知らないからこそ初流に頼めることともいえる。
当のかのこの恰好は丈の短い白地に黒チェックのワンピの上にクリーム色のタートルネックのセーター。
すっかりおなじみになりつつあるロングコートにニーハイブーツ。
そのうえでファーベレー帽を斜めに被っている。
アクセントとして本人いわく慣れていないネックレスもつけているが、これはマフラーに隠れている。
もしマフラーに隠れているのではなくネックレスは忘れたとか言ったら処刑ものだろう。
ネックレスはぱっと見では透明な、ほんのり桃色の小さなハートの形をしている。
最初見た時、かのこは柄じゃないと言っていたが、控え目なデザインだからこそきっと彼女を引き立ててくれると思う。
「おかしくねぇよ」
誰が選んだと思っているんだ、面白くないという雰囲気が再びこみあげてきた初流が言う。
すべての理由は一週間前にさかのぼる。
「わかっているよ、椿君が選んだことくらい」
かのこの着ている服のほとんどが初流からのプレゼントだった。
変わる気はないと言うかのこに、半ば強引に押し付けたと言っても過言ではない。
早めのクリスマスプレゼントといっても、かのこは絶対着ないとか着れないとか言ってきた。
だからイブは四人で集まることを分かっているうえで、イブに着るよう強要した。
それならそんな恰好を命じた初流に責任を取ってもらおうと、かのこは自分の恰好を初流に先に確認させようと思ったようだ。
彼女本人の予定としては、似合わないことを初流が納得して普段着なれた服に着替えることだったのだろう。
だが、本人がいない場所でとはいえ見立てたのは初流だ。
贔屓目に見なくても似合わないわけがない。
化粧っ気のない顔が少し残念でもあり、理性を保つためにはありがたいことでもあった。
「でもやっぱり、普段と違う恰好ってなんか落ち着かないんだよ」
本当に落ち着かないらしく、かのこは何度も自分の恰好を確認する。
これで桃香が可愛いとでも言えばこの行動もおさまるのだろうか、と思うとやはり面白くない。
なんでイブにもかかわらずこうも面白くないことが重なるのだろうか、そう初流は一人思った。

初流が思った通り、桃香はかのこを見るなりかわいいと連発した。
どうしたの?と桃香はかのこに聞いたが、かのこは困ったように視線をさまよわせるだけだった。
かのこに、ファッションの変化の理由を答えるすべはない。
その視線が初流のところまで来なかったのは、きっと意図的に避けている。
桃香はかのこしか見ていないし、かのこは自分から視線をそらしている。
だからこそ初流はその様子をにやにやしながら眺めることができた。
かのこのこの秘密を知っているのが自分だけという現実が面白かった。
引き金を引いたのは自分だが、そのことによって困るかのこも見れたのだからまずまずの成果かもしれない。
でも、面白くないことも一つある。
桃香が可愛いと言った後からかのこは自分の恰好を気にするのをやめたことだ。
やはり桃香、なのだ。かのこを変えられるのは。
透太も可愛いと言っていたが、それに関しては疑うような返事しかしていない。
透太に関しては女の子みんなお姫様発言があるのだから、たとえ本心といっても信用ならないところもあるのだろう。
「どうしたの、椿君」
面白くないなという初流のイライラに気付いたかのこが聞いた。
こういうときだけは目ざとい。
「別に」
さすがにかのこ絡みなだけあって、はぐらかすしか初流はできない。
今はまだ、この気持ちをかのこにぶつけるべきではないだろうし、桃香と透太のいる場でぶつけるようなものでもない。
「椿ー、何不機嫌なんだよ。せっかくのクリスマスイブだろー。楽しまなきゃ」
「椿君、楽しくない?ごめんね、もうちょっとちゃんと計画すればよかったね」
透太と桃香がそれぞれ思うことを言う。
そう、今回の計画は基本的に桃香が立てている。
学校のレベルの問題もあるかもしれないが、今年は透太も桃香も補習なしだったのだ。
透太は中学卒業前に勉強のコツがつかめたらしく、高校でもまずまずの成績を維持できるようになったらしい。
桃香のほうは相変わらずのようだが、かのこからもらった問題集といて頑張ったら補習を免れたのだとか。
初流とかのこはもともと補習の心配はいらない。
四人で初めて過ごすクリスマスイブだからと、桃香は何かと予定を立てるのに張り切っていたし、透太がそんな桃香を必死にサポートしようとしていたのも知っている。
知っているからこそ関係ない二人まで巻き込んだことで、初流の自分に対する苛立ちは増したが、今度はぐっとこらえる。
なにはともあれ、かのこが初流の選んだ服を着ていることには変わりない。
そして着ていることに関してまんざらでもないようなのも事実だ。
今はまだ、それだけで我慢するしかない。
キョトンとした顔で初流を見上げるかのこを見ながら、初流はその表情は反則だと思った。
そのままかのこの中まで自分のものにしたくなる、そんな醜い独占欲がこみあげてくる。
「別に不機嫌じゃねーよ。俺の顔がこんなのはいつもだろ」
確かに不機嫌ではあったが、理由が理由だけに口では否定するしかできない。
「いーや、絶対不機嫌だ」
透太はそう言ったが、それ以上突っ込んでくることはなかった。

クリスマスの街はどこもかしこもカップルだらけだ。
「なんかこうやって四人で歩いているとダブルデートみたいだよな」
すれ違うカップルに視線を向けつつ、透太がそうつぶやく。
ちなみに今の並び順は一年前のイブと同じで、かのこと桃香が並び、初流と透太が並んでいる。
そしてかのこの後ろが初流、桃香の後ろが透太だ。
透太の言いそうな言葉をあえて使うなら、彼女を見守る彼氏の図だろうか。
「ダブルデート?誰と誰が?」
「じゃぁ、かのちゃんと腕くもー!」
透太の言葉がわかっていない風のかのこと、かのこに腕を回す桃香がそれぞれ思ったことをいう。
透太としては透太と桃香、かのこと初流のつもりでつぶやいたのだろう。
初流としても透太の気持ちも知っているからこそ、そうなれればいいとは思う。
ふと横を向いて見ると、透太がうらやましそうにかのこを見ていた。
桃香に抱きつかれるなんて、彼にとってはうらやましいことには違いない。
初流にしてみても、かのこに大人しく抱かれていてほしいとは思う。
もっとも初流にしろ透太にしろ、少しずつ距離を縮めようと努力しているものの決定打がまだない。
かのこと桃香の関係が今のままである以上は、お互い決定打を投げられないでいる。
どちらか、もしくはどちらもがそれを投げた時、この四人組の関係が破綻しそうで怖かった。
声に出してお互い語り合ったことはないので、透太が本当はどう思っているのかなんて初流は知らない。
でもきっと同じだろう、とは思う。
今はただ、見ることしかできない。
触れることができたとしても、その先へ進むことはできない。
クリスマスの街はきらびやかで、そのことが一層空しさを助長させる。
「椿君も夏草君も早くいこー!」
「早くしないと置いていくよ」
楽しそうに、前をキャアキャアいいながら歩く桃香とかのこが後ろを振り向き言う。
二人は、腕は組んでいないものの手をつないでいた。
偽りの友情とかではなく、本当に友達と呼べる心許せるような友人を持ったのはもしかしたら二人とも初めてだからこそ、友情を大切にしているのかもしれない。
そのうち、なんて悠長なことは言っていられないが、今年のクリスマスはこれでいいのかもしれない。
待つだけは性に合わないから、少しずつ自分の色に染めていけばいいのかもしれない。
「今行くー」
そう言って透太は少し歩調を速める。
初流はそんな光景を見守りながら、自身も歩調を速めた。
えーと、ファッションに関心の強い友人にファッションの見る目(才能?)があると言われた五月雨です。
でも僕自身はそこまでファッションに興味がないので、洋服を扱う話って言うのは正直苦手です…。
加筆修正にあたり、いくつかのファッション雑誌を二年振り…?くらいに立ち読みをして、実際いくつかのお店を回って、やっぱり型の名前なんてワカラネーって思ってヤフーアバターに繰り出し……。
ど、どうなんでしょうかねぇ(汗
誰かファッションに詳しい方がこのネタで書くべきだったんですよ!!きっと!!←逃げた
友人は男性ファッション専門だしなぁ……。女性ファッションに関心の強い友人を作るべきか……。
(↑ファッションを気にする方もいるのですが、いかんせん自分がこんななので相談を持ちかけられたことがないわけなんですね。男性ファッションのほうは頼んでもいないのに相談されています;;)

もともとのネタは、「かのこ様以上に自分を変える気のない五月雨です」という前置きを使うつもりでずっと使ってこなかったこの一文です。
せっかくのクリスマスなんだし、かのこ様改造計画でもたてちゃえ!ってわけで(笑)
前どこかの二次創作だったかで、服を贈る心理がどうのって言っていたのが頭をかすめたんですが…なんだっけ…。剥きたいんだっけ…違うか…?
洋服を椿君好みのものにかのこさんを変えちゃったら、それだけでかのこさんが纏うのは椿カラーだと思うんですね。
服装すべてをそう変えちゃったらそれだけで、「苗床は俺のもの!」って暗に主張しているような気がしませんか??(笑)
ってだけの思いつきで書いたものです、はい。
今回は意識的に夏草君の出番を増やしてみました。
四人組の中では一番扱いがかわいそうな気がするけれど、個人的には夏草君はすごく優しい子認識していて好きだったりします。
(その割には意識しないと存在が空気になってしまうのをお許しください……。夏草君いちばん動かしにくいのかも……;;)

タイトルは適当です。かのこ本人の自覚のないところで椿カラーに染められていけばいいという思いから。
直訳すると「僕が着換えさせた」になりそうな気がします。英語なんてワカラネ。←
これを書いていて、椿君のお姉さんって名前まだ出ていないよね??って激しく思った。←

戻りませう