Gift of Love

苗床かのこという少女は、人を愛するっという感情がわからない少女だった。
中学の時までならそれでもよかったが、そういう話題の多くなった高校では多少話についていけなくなってきていた。
別にわからないなら分からないでほっておいてもよかったのだが、ついていけないことが周囲に異常視されるのが嫌だった。
なぜなら、高校では、女子の恋愛トークというのは“普通”の会話なのだ。
うまく周囲に溶け込むためには、個性というものなどが目立ってはいけない。
そんなことになってしまえば、視線を集めることは避けて通れないからだ。
だからかのこは、その感情を知ろうと考えるようになった。
知っていれば、適当に相槌が打てるようになるだろうし、かのこの観察眼なら話題を提供できるかもしれない。
誰かと付き合えばわかるようになるだろうか、そんなことを考えていた矢先に、見知らぬ男子に告白された。
なんでも、どんな相手にでも間違っていると思ったら果敢に立ち向かう姿がカッコよかったとかそういう理由らしい。
どうすればいいのかわからなかったかのこは、あんたのこと全然知らないよと言うだけだった。
かのこのイメージとして、人と人が付き合うと言うのは、お互い相手が好きじゃなきゃ成り立たないものだった。
しかし彼は、そんなの付き合っていくうちにわかるよとあっさり言った。
付き合っていくうちに好きにさせてみせるから、とりあえず付き合ってみようよ、と。
ここまで言われたらかのこに断る理由はない。
変わった趣味を持った奴だなーと思いつつも了承した。
せっかくサンプルが現れたのだ、使わない手はない。そういうこともどこかでは考えていた。
ただ、結論を言えば恋人らしいことは何もせずに別れた。
もともと好きにはなっていなかったので、別れてほしいと言われた時あっさりいいよとかのこは返した。
別れてほしいと彼が言った理由は二点ある。
一つはかのこの態度だ。
どこか珍獣を観察するような視線が常にあって息苦しかったそうだ。
もう一つはかのこの友人、椿初流の存在。
付き合っていないとはいえ、この学校では一番かのこにとって存在の大きいものだと言うのがひしひしと感じていたそうだ。
同じ男だからこそ、どうあがいても超えられないその存在はあきらめるよりほかならなかった。
そう言われてもかのこにとって初流と言うのは付き合いの長い友人でしかないので、何が超えられるなのかもよくわからなかったのだが。
彼自身は口に出さなかったのでかのこには知り得ないことだが、初流がかのこを好きだと言うことも理由の一つにはあげられる。
始めは単なる噂だとか、かのこのほうはそんな様子を微塵も見せないから希望はあると思っていた。
だがかのこの中では彼よりも初流の存在のほうがずっと大きくて、初流もかのこのことが好きなのだ。
どう考えても、彼には勝ち目がなかった。
当の初流はというと、かのこに彼氏ができたと知った時盛大に機嫌を損ねた。
好きという感情を知るために付き合おうと考えたと知った時は、だったら俺にと小声で言葉をこぼした。
あまりにも意外で、小さな声だったのでかのこは聞き返したが、何でもねーよと逆ギレされたので言葉の真偽は分からない。
だがそのあとも普通に友達としての付き合いは続いた。
あくまでも表面的には、といっても間違いではないが。
後々このことを思い返してみれば、初流はかのことの仲を見せつけていたところもあったのかもしれない。
そして、かのこが振られた今はと言うと――

「苗床……?」
呆然と立ち尽くすかのこのいる教室に初流が入ってきた。
「あ、椿君。どうしたの?」
そう言ってかのこは無理にほほ笑もうとした。
そんなことしても、初流にはお見通しなのかもしれないが。
「どうしたの?はこっちのセリフだ。ま、顔見ればだいたい何があったかわかるけどな」
少しイライラした初流がそう言ってかのこを抱きしめた。
今まで何度か初流に抱きしめられたことはあったが、おそらくはじめて、温かいと感じた。
何が、というのは分からない。おそらく初流の肌のぬくもりがかのこの心を温めているのだろう。
「無理すんなよ。泣いていいんだからな」
その声があまりにも優しくて、かのこはなぜだか知らないが涙がこぼれおちた。
一つ涙がこぼれおちると、また一つと、次々とそのあとに続いていく。
こぼれおちた涙は、かのこの感情ごと初流のシャツを濡らし、初流の中へ沁みこんでいく。
かのこは思いっきり泣いたが、苦しさやかなしさといった感情は一切わいてこなかった。
ただ心地よさと温かさだけ感じて、泣いてさえいなかったらこのまま眠りにつけそうな幸せな気持ちだった。
「椿君」
気付いた時には、かのこは初流の名を呼んでいた。
「なんだ」
初流は怪訝そうに間髪を容れずに聞いてきた。
「ありがと」
自然とそんな感謝の言葉がこぼれおちる。
「ったりめーだ」
初流はそう言ってかのこの頭を力強くなでまわした。
やっぱり椿君は友達思いだな、そうかのこは思う。
その一方で、このぬくもりを一人占めしたいなという思いもわきあがってきた。
自分のものだと言う思いがかのこの手を動かし、初流のシャツをぎゅっと握りしめた。
あまりにも強い力で、シャツにしわが寄っていることにかのこは気付かない。
「苗床?」
「え?あ、ああー!ごめん、ごめん、なんか私どうかしちゃっているね」
初流の不思議そうな声に我に返ったかのこは、ようやく自身が初流のシャツを強く握りしめていたことに気づく。
無意識だったとはいえ、いや無意識だったからこそ、自分の感情が強く表に出たことにかのこは戸惑いを隠せない。
なんでだろ、椿君の腕の中があまりにも心地よくって、とか何とかかのこはぶつぶつと呟く。
私だけのものにしたいとか意味分かんないし、そう呟き続けるかのこは、初流が優しい表情を浮かべて見守っていることに気づかない。
ふと初流の口元が緩められたが、やはりかのこは気付かない。
「苗床」
三度(みたび)初流がかのこの名前を呼ぶ。
どうしたのだろう、そう思ったかのこの顎に初流の手がかけられる。
唇が重ねられて、混乱していた頭は時が経つにつれて落ち着きを取り戻してく。
初流のぬくもりが体全身に伝わっていく感覚と、状況を冷静に観察している自分の頭が存在していた。
ずっと、ずっと初流はかのこのそばで友達以上の思いを持って見守り支えていたのだと言うことを知った。
そしてかのこ自身の中にも初流に対して友達以上の思いを抱いていたことを知った。
あまりにも初流の存在が近すぎて、今までずっと気づかなかった想いに名前がついた瞬間だった。

かのこはいつものように初流と下校した。
新聞部の活動も今日はお休みだ。
いつものように初流が自転車をこぎ、かのこは後ろに座る。
ぎゅっと初流に回した腕からは、いつもと同じで、いつもと違う安らぎが伝わってくる。
こうしていることが不思議だな、という思いはある。
でもそれよりも、これからもずっとこうしていたいなという思いの方が強い。
初流のぬくもりを感じながら、ずっとそばにいられますように、そうかのこは祈った。
タイトルはmelody.さんの曲より。
コンセプトは捏造未来設定のドロドロさをなくしたもの。(笑)
捏造未来設定のほうもそうなのですが、かのこさんは一度こういう経験をしないと自分の持つ“好き”という気持ちに気づかない気がします。
本文中には出てこなかったけれど、かのこ様が別の人と付き合っていた時、クラスの人からは二股かけているとか何とか思われていたと思います…。
今回、会話文がすごく少なかった気がします。
口数の少ない椿君ってどうよ?!
…って思ったけれど、口数が多いのはかのこ様に対して限定でしたね。(笑)
どうも五月雨はほっとくと会話文を入れそびれる傾向にあります。
情景描写を頑張ろうとした反作用ですね、きっと。
そういうわけで、会話は脳内補完していただくとして(ヲィ)情景を楽しんでいただければ幸いです。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

戻りませう