Because of You

ふと時間があると、どうしても伯王は一人の少女のことを考えてしまう。
その少女の名は氷村良、伯王が専属の誓いを交わした相手だ。
常に主人のことを思うのは執事として当然だと伯王は思っている。
それは身近にいる執事である隼斗と庵を見れば痛いほどわかる。
自分の感情がそれと同じなのか違うのか。
ただわかっているのは、彼女の感情が自分の感情になると言うこと。
良がうれしければそれはすなわち伯王もうれしいということ。
もっともっと喜ぶ顔が見たくって、それで行動しているのだろう。
すべては執事だから、そう考えることにする。
それが建前でしかないことは伯王もうすうす気づいていた。

「伯王っ!どうしたの?」
思わず良を見つめてしまった伯王に、良が聞く。
「いや、別に。何も」
咄嗟に顔をそむけて伯王が答えた。
不思議そうに良が覗き込む気配を肌で感じる。
氷村はどうしてこんなに顔を近づけても大丈夫なんだろうか、そんな疑問がよぎる。
現に伯王の心臓は、良の存在を近くで察知した時に大きく高鳴り、今も強く脈動し続けている。
「そう?」
不思議そうな顔をする良はしかし、それ以上追及しようとせず話題を変える。
「でも楽しみだなー、伯王の作ったお菓子食べるの」
そういいながらもくるっと向きをかえて、スキップしながら良は伯王の前を歩く。
お菓子作りの味見をするという約束をしたのは、少し前のこと。
甘いものが好きでありながら今までまともに作ってこなかったという現実は多少おかしなもののような気もするが、そのおかげで上機嫌の彼女を見ることができたのならそれはそれでよかったのではないかと思ってしまう。
「氷村ー。あんまりはしゃぎ過ぎるなよ。転んだら――」
「大丈夫だよー」
伯王がそう言いかけたところで、お約束のように良は躓く。
伯王は駆けだすと同時に腕を伸ばし、良の手首を掴み引っ張る。
「どこが大丈夫なんだ。全然大丈夫じゃないだろ」
伯王が引っ張ったことによって倒れてきた良にそう声をかける。
「う、うん。ごめんね」
伯王の胸に頭がついた良は、そのままの体勢で伯王を見上げ言う。
その姿はまるで主人に捨てられた犬のようで、シュンと耳がうなだれたように見えそうになって伯王は内心ドキリと焦る。
伯王は精一杯の理性を総動員させて顔をそむけないようにし、良の両肩を掴んで立たせる。
「ほら行くぞ」
そう言って伯王は手を差し出す。
伯王の手に良の手のぬくもりと柔らかさが伝わってくる。
良の存在を感じることで不思議と伯王の心は安らいでいく。
その感触を味わいながら、やっぱり彼女は特別なんだと感じる。
庵や隼斗とは違った意味での特別な存在。
それが何を意味するのかは分からないし考えないようにしていたが、この安らぎを知らなかった頃にはもう戻れないだろう。
それだけは確かなこととして感じていた。

良の専属執事になることによって、伯王は良のことを少しずつ知っていった。
彼女の性格や好み、そして背負ってきた過去のこと。
始めはLクラス生には珍しく気取らず相手を常に慮るところが気に入っただけだった。
そして伯王が神澤グループの御曹司だと知っても、接する態度を変えないところが彼女のいいところだった。
これは学園生活に慣れるにつれて徐々に変化する中でも、決して変わることのない部分だ。
その彼女を助けられることがあるなら何でもしよう、その心意気だけで専属執事になった。
だが、知れば知るほど、良のことが分からなくなっていく。
今まで気にしたこともないような些細なことが気になってしょうがなくなる。
彼女の口から男の名前が出てくればそれが気になってしまう。
大丈夫と言って伯王の助けを拒もうとすれば、その言葉の裏に伯王を寄せ付けない一線があるように感じてさびしくなる。
良は何を欲し、何を考えているのか。
もっと自分を見てほしい。もっと自分に頼ってほしい。
せめて自分の前では強がらないでほしい。
良に対してそう強く、強くいつの間にか願うようになっていた。
それはきっと、主人と執事の関係とは違って――

「やっぱりさすが伯王だねー。本当にお菓子も作れるようになっちゃうんだもん」
伯王の作ったお菓子をおいしそうにほおばりながら良が言う。
「でもいくら伯王が負けず嫌いでも、こればかりは譲れないな。お母さんが唯一お父さんより上手なものだったから」
良は本当においしいと思っているらしく、目を細めながらそう言葉をこぼす。
そう言われると、伯王としては良を上回る出来のケーキを作りたくなってしまう。
でも、作れないだろう。
料理にも作った人の感情が色濃く反映されると言うが、張り合いとかそういう気持ちを持たずに作る彼女のほうがずっと清らかでおいしくできる気がする。
それでも構わない。
不思議とそんな気持ちがわき上がった。
「そうか。そのこと含めて大切な思い出なんだな」
「うん」
伯王の言葉に良は頷く。
「でも今度伯王と一緒にお菓子作りができるんだなって思うと、この思い出に続きができそうで楽しみにもなるんだ」
お菓子作りに関する一連の大切な思い出。
両親と築いてきた中に、伯王との思い出も築いていきたいと言う良の言葉。
「ああ、そうだな」
良が一緒に思い出を作りたいと言う人物に自分が選ばれたことを光栄に感じながら伯王が答える。
「約束だからね」
にこやかに良が笑う。
その笑顔に、伯王の心臓は大きくドクンと脈動する。
この感情を彼女に伝えるのはずっと先になるだろう。
今は何かが邪魔してうまく伝えられない。
だが、何があってもこの笑顔を守っていきたい。
せめて伯王の目が黒いうちは、彼女に悲しい思いをさせたくない。
「ああ、約束だ」
絡めた指にそれらの思いも込める。
この想いはいくら誓っても誓い足りない。
それでも、不器用な伯王はただ誓うことしかできなかった。

気づいてしまった恋心はもう、止められそうにない――
一時保存にUPされたものをご存知の方は分かるかと思いますが、コンセプトだけは残して原形とどめずに書きなおしてみました。
タイトルを勝手に「お前だから」と和訳を当ててお前だから、お前だから、な伯王さんを書いて見ようと思って挫折しました、って感じですorz
良ちゃんが楽しみにしていたものは、あおいさん主催のパーティと言うのが当初の案だったりします。
でも前回の薫子さん〜ネタでは広げるだけ広げて回収しなかったので、今回はちゃんと回収しないとまずいなって思いそれを却下することに。
おかげで時間設定がわけわからないことになっています。
結びの言葉は実は一時保存に書いていた時からあるもので、もともとこっち用に考えた文章です。
あの時点で結びの言葉は二種類あって、もう一つは良→伯パターンとして考えておりますので、機会があったら使いたいと思います(汗

えーと、タイトルは浜崎あゆみさんの曲からです。
イチホで書いたか忘れたけれど、もともと空気が冷たくって、別の曲を口ずさみたい気分だったのにいざ口ずさんでみたらこの曲で、ちょうど伯良でネタないかなーって思っていた時だったからそのまま採用してしまったという流れがあります。
5巻の宝探しの最後のほうのお話とか、「どうして時々優しくなれない」にドンピシャじゃね?!とか思っていたんですが、描く余地がなかった……orz
と言うか、拍手ネタ、薫子さんネタの二つはおふざけがひどすぎて自分としては書いていて楽しかったのですが、こっちはものすごく難産でした……。
拍手ネタのほうは機会があったら大幅に加筆修正したいです。もともと字数足りなくて描写を減らしたきらいが強いものなので。

ではではここまで読んでいただきありがとうございました!

戻りませう