お祝い

最後の乗客を降ろし、バーディは夏海館へ向かった。
昼間、ルーイからラーメンの差し入れがあり、ツイストからの伝言も聞かされたからだ。
「邪魔するぞ」
そう言ってバーディは夏海館に入る。
普段ならバーディの名を呼ぶ声がすぐに聞こえるはずだが、その声もしない。
至って静かで、ルーイに騙されたのかと思うほど。
まだそこまで遅くはなっていないはずだが、シャウトは疲れて寝たのだろうか、そうバーディは思った。
人の気配を感じて視線を正面に向けるとツイストがそこにはいて、小さな紙箱を差し出してきた。
「こんな遅くにお邪魔してしまいすみません」
そういってバーディはツイストが差し出した箱を受け取る。
ツイストは口下手なのか、あまり声を出さない。
その代り態度での表現が豊かで、今もやさしくバーディを見ていた。
箱から伝わる重さがツイストの想いを伝えてくる。
箱の中身は不摂生なバーディの生活を心配した夜食なのだろう。
「バーディ見つけたボンゴー」
「なんだお前ら」
ドタバタという音とともにボンゴとガングが夏海館に入ってきた。
そんな二人をバーディが冷ややかな目で見る。
「なんだって……今日はバーディの誕生日やないかー!」
ガングに言われてバーディは今日の日付を確認する。
そろそろ一日が終わろうとしていたが、確かにバーディの誕生日だった。
そしてこの日一日起きていた不可解なことすべてに合点がいく。
「バーディ忙しいやろうし、時々一人で抱え込むから一人じゃないって意味も込みでお祝いしたいって話になったんや」
それでできることをできる範囲でバーディにやる、それが彼らからのプレゼントということなのだろう。
きっと、何かするきっかけがほしかったのだ。
「一晩おいてあるボンゴ」
そう言ってボンゴはカレーの入った容器を手渡してきた。
「ああ、ありがとな」
彼らはすまない、悪いな、という言葉を求めているわけではない。
言いかけた言葉をすんでのところで飲み込み、バーディは代わりに礼の言葉を言った。
「ワイらは仲間やないかー。これくらい当たり前や」
特に何もやっていなさそうなガングがそう言った。
バーディは改めて三人に礼を言って、夏海館を後にした。

自宅に戻ったバーディは玄関に女物の靴があることに気付いた。
寝ていると思っていたシャウトはここにいたのか、そう思う。
靴を見るだけで誰かを判断するほどバーディは靴についてわかるわけではないが、できる人は限られている。
その中で女性はシャウトしかいないと言いうところからの判断だ。
ガングからの話で覚悟ができていたこともあり、シャウトの靴はいまさら驚くものでもなかった。
「あ、バーディ。お帰りなさい」
バーディの帰宅に気付いたシャウトがやってきて言う。
シャウトは見慣れた、ラーメン屋にいるときの恰好をしていた。
その恰好を見て、安心したようながっかりしたような気持ちが胸をよぎる。
「ああ。シャウト、お前は飯食ったのか?」
シャウトがいつからバーディの家でバーディを待っていたのか知らないのでそう聞く。
「えっ、食べ……」
そのタイミングでシャウトのおなかの虫が鳴く。
おそらく食べたよと言おうとしたのだろう。
しかしこの状況ではその言葉に説得力がない。
シャウトはおなかを押さえて赤面していた。
「俺もまだだから一緒に食うか?」
そういってバーディはツイストから渡された箱を掲げてみせる。
シャウトはこくんと小さくうなずいた。
バーディはそんなシャウトを追い抜き、リビングへ向かう。
シャウトが後からついてくる気配がした。
男の一人暮らしだ。ご飯がなかったなとバーディは思った。

バーディの予想に反して、炊飯器には炊き立てのご飯があった。
必然的に炊いた人物はシャウトということになる。
「あ、お米なかったから買ってきてそこにおいてあるから」
バーディの視線に気づいたシャウトが言った。
「ボンゴがカレー作るって言っていたから炊いておいた方がいいかなって思って」
バーディに見つめられたシャウトが慌てた様子でそう言葉をつづけた。
誰が何をやるのかはある程度示し合わせていたのかもしれない。
そうでなければ被ってもおかしくないだろう。
「シャウトは何を担当したんだ?」
何の気なしにバーディが聞いた。
「わた、私は……」
そういってシャウトが口ごもる。
シャウトの頭は気持ちうつむきがちになっていた。
プレゼントを渡す前に言うのも用意した側としては嫌なものなのだろうとバーディは思った。
「あ、そうだ。ボン婆さんからも差し入れがあるの」
何を思い出したのか、シャウトがパタパタと音立てて冷蔵庫へ向かう。
一瞬後に出てきたのは4号サイズくらいのショートケーキ。
上には丁寧にも、お誕生日おめでとうと書かれたチョコプレートにバーディの名前がチョコペンで書かれている。
こんなの食えるかよ、と反射的に言いたくなるのをすんでのところで抑え込む。
「飯食い終わったら一緒に食うか」
代わりにそう言った。こういうものはシャウトのほうが好きだろう、そう思いながら。
シャウトは少し戸惑いながらも頷いた。
おそらく今回も続かない“ダイエット中”だったのだろう。
「冷めてももったいないし、早くご飯食べよっか」
ケーキを冷蔵庫に戻して、シャウトが言った。
ああ、とバーディが同意する。
シャウトがキッチンでテキパキ用意する姿を一瞥し、バーディは机の上を整理する。
ツイストたちから渡されたものも、気づけばキッチンの台におかれていた。
それらを盛り付けているシャウトの姿を想像しながら、エプロン姿も見てみたかったなと思った。

机を挟み、バーディとシャウトは向き合う形でボンゴのカレーを食べる。
中央にはツイストが作ったサラダもおかれ、それを小分け用の皿に移して食べる。
「発案者はお前なのか?」
珍しく客が来たにもかかわらず、黙々食べるのもどうかと思ったバーディが聞いた。
昨年までと違った変化と言えば、マイティがいなくなったことやシャウトとシロボンがジェッターズに来たことが考えられる。
その中でこういうお祝い事を好みそうなのはシャウトしか思いつかなかった。
他にイベントが好きな人間は博士しか思いつかないが、博士が自分ではなくボン婆さん以外の他人のお祝いをするとは少し考えにくい。
「うん、まあ、そう、かな」
シャウトの返事は歯切れが悪い。
バーディが怒っていると思われているのだろうか。
「怒ってるわけじゃないからそんなおびえるな。大方の事情はガングから聞いてる。ただちょっと……慣れない」
バーディのそのセリフに、一瞬シャウトの目が大きくなる。
もしかしたらシャウトの前で素直に本音をこぼしたのは初めてかもしれない。
「たまには祝われるのもいいもんじゃない?みんな仲間なんだし」
微笑みながらシャウトが言う。
昼間ルーイがラーメンを持ってきたことを思い出す。
客を降ろしてお昼をどうしようかと考えていたタイミングだった。
よくタイミングがわかったものだと思う。
出来立てのラーメンがのびることなく渡されたのだから本当にすごいことだ。
ルーイがルーイ語で言った言葉は、一緒にやってきたシロボンが教えてくれた。
そのあとシロボンから紙切れを渡されたのだった。
シロボン様がプレゼントしてあげるんだからねと、どこか上から目線で。
よくある肩たたき券と何でもします券などあわせて五枚。
子供の発想と言えばそれまでだが、あの仕事を嫌がるシロボンにしてはすごいことだろう。
バーディ相手に、この仕事を他の人に投げるとは思えない。
「ま、口先だけじゃなきゃいいが」
ため息とともにそう言葉が零れ落ちる。
「えっ?なんのこと?」
急にこぼれた落ちたバーディのセリフにきょとんとしたシャウトの顔があった。
シロボンのことだと言ったらそれだけで通じたのか、肩をすくめて、そうねとシャウトが相槌を打った。

金属と食器の奏でる音が響きだす。
そのことが食事の終わりが近づいていることを告げる。
「ケーキ、出してくるね」
シャウトがそう言って冷蔵庫からケーキと、どこからかろうそくを取り出す。
ご丁寧に本数を数えて念入りにろうそくを立てている。
「シャウトーろうそくは……」
「せっかくの誕生日だから、ね。お祝いしないと」
立てなくていいと言う言葉を言う前に笑顔でシャウトにそう言われる。
着火マンでシャウトは一本一本ろうそくに火をともしていく。
そして部屋の明かりも消す。
暗闇にほんのりと、ケーキとシャウトの顔が浮かび上がる。
バーディの顔もシャウトと同じように、いや、近い分バーディのほうがより明るくろうそくの火をあびて浮かび上がっていることだろう。
目をキラキラさせ、わくわくしたシャウトの表情はジェッターズのリーダーとして接するよりもずっと幼く見えた。
まだ子供なんだよなと思うとともに、そんな子供に気を付かせている自分の存在が少し悔しくて、大人になろうと決意する。
「さ、バーディ」
「ああ」
一息でバーディはろうそくの炎を吹き消す。
辺りが暗闇に包まれる。
こんな暗闇の中でシャウトは一人、バーディを待っていたのかとふと思った。
シャウトが部屋の明かりをつけ、瞬く間に暗闇が影をひそめる。
一瞬よぎった寂しさも、今は消え去っていた。
「切るね」
チョコプレートを丁寧に別の皿に移したシャウトがいう。
当たり前ではあるが、皿は二つあり、片方にチョコプレートが乗っている状態だ。
横にはフォークも用意されていて、これらは初めからあったものなのか、シャウトが持ってきたものなのかバーディには判断がつかない。
シャウトの手が流れるようにケーキを取り分けていく。
さすが料理人の娘だ、とバーディは思った。
味など基本的なものはまだ父親に劣るが、動きの芸術性だけは一流かもしれない。
「はい」
シャウトがバーディに、バーディの分のケーキを渡す。
別に分けられていたチョコプレートは、またケーキの上に戻されていた。
「ちょっと周りをアレンジできたらよかったんだけれど、今の私じゃ失礼でしかないからね。ってバーディどうしたの?」
苦笑いを浮かべたシャウトの顔が驚きで染まる。
「いや、考えてみたらお前が料理するのをまじまじと見たの、初めてだったなと思ってな」
「そういえばそうね」
シャウトも同意した。
シャウトがケーキを一口、口に運ぶ。
「おいしいー」
幸せそうに頬をほころばせた。
その様子を見て、バーディはケーキに手を付けていないことに気付く。
一口運んで食べてみる。
甘さがしつこくなく、男でも食べやすい味をしていた。
「確かにうまいな」
素直に感想がこぼれる。
「本当はみんなで囲って祝いたかったんだけどねー」
少しさびしげな顔を浮かべてシャウトがつぶやいた。
聞き取れるか聞き取れないかの音量ではあったが、静かな部屋の中では十分聞き取れる大きさだった。
時計を探し時間を確認するとすでに時刻は深夜遅く。
結局ケーキを食べたのは、日付変わった後ということになる。
この時間では、シャウトも起きているのが辛いだろう。
ジェッターズのためなら昼間時間を空けることはする。
しかし、バーディの誕生日を祝うためと言われたら、そんなくだらないことするぐらいなら仕事をしろと追い返していただろう。
そういうバーディを承知の上で祝うと決めたから実現しなかった願い。
バーディはただ聞きに回るだけでかける言葉もなかった。

食器は洗っておくからお風呂入ってきなよ、というシャウトの言葉に背中を押されてバーディはシャワーを浴びてくる。
カチャカチャと食器同士がぶつかり奏でる音色は、結婚したらこうなるのだろうかという生活を彷彿させる。
もちろんバーディとシャウトは結婚していなければ、付き合ってすらいないのでわからないのだが。
仲間がいることは案外いいことかもしれない、そう思いながら旧友に思いをはせた。
唯一の仲間だとずっと思っていた、マイティに。
きっと一番祝いたかっただろう。
シャウトが遠慮した、みんなで祝うということもきっと強引に進めていただろう。
「柄でもねえな」
そうため息をついた。
そして気持ちを切り替えるかのように、冷水で顔を洗う。
目が覚めようと関係なかった。
冷水で顔を洗い、しずくを振り飛ばす。
用意したタオルで体を拭いていると、人の気配がないことに気付いた。
シャウトが勝手に帰ったとは少し思いにくい。
それに時間が時間だから、一人で返すのは不安が大きい。
「シャウトー?どこだー」
耳をそばだてながら、シャウトの姿を探す。
返事はバーディの寝室から聞こえた。
バーディが寝室へ行ってみると、シャウトはバーディのベッドの上で気持ちよさそうに寝息を立てていた。
「シャウト、起きろ」
軽く頬をはたいて起こす。
「帰れるか?」
タクシーのキーを取り出してバーディが聞く。
シャウトは寝ぼけて焦点の合わない顔で、そっと首を振った。
「帰らないよ、だってまだプレゼント渡していないもん」
表情とは対照的に、シャウトははっきりとそう口にした。
まさか、と小さくバーディの口から言葉が零れ落ちる。
「うん、プレゼント、私じゃダメかな?」
恥ずかしそうにシャウトが聞いた。
「意味わかっていってるのかよ?!」
思わずバーディはシャウトの肩をつかみかかる。
一瞬シャウトの顔が苦痛で歪んで、バーディは力を入れすぎたことに気付く。
「わかっているわよ!一緒に寝ることでしょ!」
喧嘩腰にシャウトがそう言って、急にやさしい表情に戻る。
「だからきっと、いい夢見れるよ。そうだといいな」
そう言ってシャウトはベッドに横になる。
やはり意味わかっていないんじゃないか、その言葉を飲み込んで代わりに、風呂は?と聞いた。
「来る前入ったー」
そういうシャウトは幸せそうにベッドに身をゆだねている。
先ほどまで全く気付かなかったが、シャウトはしっかりパジャマを着ていた。
初めからこのつもりだったのだろう。
バーディもシャウトの隣に来て、そっとシャウトに布団をかける。
幸せそうなシャウトの頭をなでながら、いつしかバーディも眠りについた。

翌朝、そんなバーディを冷やかしにナイトリーが来たのはまた別の話。
ボンバーマンジェッターズ10周年おめでとう!!
ってことで、アンソロ参加用に書きました。なんか誤字が多いので、微妙に直していますが、見落としているのがあるような気がします。
ツイッターで、プレゼントは私→アンソロで年齢制限不可→年齢制限に引っかからないプレゼントはあたしを書こう!って言うのりになり、こうなりました。
ナイトリーパターンは一応考えている、一応。
たぶん書かないし、書けるほどの分量もないけれど。

ではではここまで読んでいただきありがとうございました!

戻りませう