認められない想い

「なあ、お前、最近晴香ちゃんを避けているだろ。」
唐突に後藤に声をかけられた八雲は、むせてせき込む。
「いきなり、どうしたのですか。」
せき込んだ後で八雲は後藤に聞く。
その様子は少し苦しそうでもあったが、後藤は気にしない。

今二人がいるのは、お寺の和室だった。
一心亡きあと家の主は八雲になっているが、後藤の家と呼んでも過言ではないかもしれない。
珍しく帰ってきた八雲を捕まえ、二人だけで雑談している。
あくまでこの会話を、雑談と呼ぶなら、の話ではあるが。

「晴香ちゃんからよく連絡が来てな。八雲が見つからないって。」
後藤が言った。
後藤自身はすぐに八雲を捕まえられるので、晴香から連絡が来た時は半信半疑だった。
しかし、八雲のこの反応を見る限りだとビンゴだろう。
「約束したから、遠くに言ったわけじゃないと思うんだけど…って言っていたが、どんな約束したんだ?」
「後藤さんには関係ないことです。」
相変わらずかわいげのない奴だと後藤は思う。
「さしずめ勝手に消えないという約束でもしたんだろ。晴香ちゃんがどれほど泣いたか知っているのか。」
「わかっているなら聞かないでください。」
面倒くさそうに八雲は言う。
後藤の二つ目の問いには答える気がないようなので、肯定と受け止めておく。
だが、それ以上は会話が続かない。
とりあえず、最初の指摘の答えを知らなければならない。
その答えを調べてくると約束したではないか。
なら、なぜ八雲は晴香を避けるのか…?
「で、話し戻すが、なんでお前は晴香ちゃんを避けるんだ?」
結局思いつかないので、そう問いかける。
「別に…うるさいのに付きまとわれても気が散るだけですよ。」
「普段勉強しない化け猫が偉そうに。」
気が散るもなにも、気が散ることで困ることは何もしていないだろ、と後藤は思う。
八雲はこちらを睨んできたが、あいにく刑事に脅しはきかない。
「なあ、前も言ったが、一度逃げた女は戻ってこないんだ。好きなら、お前も男なんだから捕まえに行くものだろ。」
少し身を乗り出して後藤は力説する。
八雲はやれやれと言った風にため息をつく。
「いきなり何の話ですか。あいつのことなら、違うと言っているでしょ。」
「いつまでも晴香ちゃんがお前の後追い掛けていくと思うなよ。後悔しても遅いんだからな。」
そうは言っても、八雲がきっぱりと迷惑だといわない限り晴香は追いかけるだろう。
そして八雲は晴香に対して迷惑だとは決して言わないだろう。
「ま、お前がなんと言おうと、晴香ちゃんのことが好きなのはバレバレだからな。」
「なんでそうなるんですか。」
「何故ってお前、一度も晴香ちゃんのことを名前で呼ばないじゃないか。」
ビシッと後藤は八雲に指を突き立てる。
指を突き付けられても、八雲は動じるそぶりを見せない。
「ぶん屋の姉ちゃんだって下の名前で呼んでいるのに、晴香ちゃんだけは決して名前で呼ばない。ほかにお前が名前で呼ばないのは、美雪とあの男だけだろ。」
とはいえ、あの男の場合、名前を知らないというのもあるのだが。
美雪を名前で呼ばないのはわかるとして、晴香を名前で呼ばないのは後藤にはわからなかった。
最初はただの相談者と聞き手で、名前が必要ない関係だから必要性はなかっただろう。
しかし、もういくつもの事件をともにし、また、“友達”であるのだから、名前のいらない関係ではないはずだ。
名前で呼ばないのではなく、呼べない理由があるのではないか。
そう考えて思いつくのはこれしかない。――気恥ずかしさ、だ。
「ありますよ……一回。」
八雲には珍しく、消え入りそうな小声。そっぽを向いている。
後藤は危うく聞き逃すところだった。
「なんですか、その眼は。」
不機嫌さをあらわに八雲は尋ねる。
「いや、珍しいこともあるんだなと。なんて呼んだんだ?」
後半は完全なる興味本位で後藤は尋ねた。
「後藤さんには関係ないことでしょ。」
八雲は相変わらず不機嫌な表情をしていた。
八雲が晴香を…とりあえず想像してみる。
小沢さん…晴香ちゃん…どちらも、八雲の口から出るには想像つかない。
特に『晴香ちゃん』はない。八雲の口から出た日には地球が滅んでもおかしくない。
小沢…それならためらう理由はないだろ。何にためらうのか。
となるとやっぱり、『晴香』か。呼び捨てに戸惑うなんてまだまだガキだな。
「そんなに大切ならどうして認められないんだよ。」
後藤が聞く。八雲はわけがわからないという顔をする。
「だから僕はあいつのことは…って後藤さん、聞いていないでしょ。」
「悪い悪い。そんなムキになるなんてやっぱり大事なんじゃないか。そもそも、晴香ちゃんに何か起きると、周りが見えなくなる時点でそうだよな。」
腹を抱えて笑う後藤に八雲は冷ややかな視線を投げかけていた。
「だったら後藤さんに聞きますが、あの男のことを忘れたわけじゃないでしょ。」
やれやれと言った風に、また八雲はため息をつく。
「ああ?あの男のことは忘れるわけがないだろ。」
「あの男は僕に絶望を味わわせたがっている。僕が認めたら間違いなくあの男はあいつに…!!」
昂っているのだろう、八雲の声は普段より大きい。
「お前、バカか…。」
それに対して、後藤はあきれたように小さくため息をつく。
興奮している八雲に対して、後藤はいたって冷静。普段とは立場が逆転している。
「まさか後藤さんに言われるとは思ってもいませんでした。」
しれっと八雲は言う。その台詞一つで冷静さを取り戻したのが分かる。
「なっ。まあいい。よく思い返せ。今お前は、お前が認めたらと言ったが、あの男はすでに晴香ちゃんに手を出しているだろ。」
「……。」
後藤は聞き分けの悪い息子を諭すように言う。
「だからな、お前の一言で変わるのは、晴香ちゃんの笑顔が増えるかどうか、それだけなんだよ。」
大切な存在と言うのは忘れることはできないからな、と後藤は付け加える。
八雲はじっと、何かを考えているようだった。
「……。怖いんですよ、あいつがいなくなることを考えると。認めたら、あいつがいない日が来た時どうなるか。」
絞り出すように八雲が言った。
もうすでに八雲は、二人も大切な人を喪っている。
その時々で、それを支えるような、補うような、絆に支えられて持ち直している。
晴香を失うというのは、完全に退路を断つことにつながるのだろうか。

その時、ふすまからドンという音がした。
怪訝に思う八雲がその場を立ち、戸をあける。
「あは、あはははは…。」
苦笑いする女の声が聞こえた。晴香ちゃんだ。
八雲がこっちに顔を向ける。睨んでいた。
俺が仕組んだのがばれたか、そう思ったが、後藤はそそくさと放心する石井を連れてその場を去る。
奈緒と敦子もいたのだが、二人とも後藤たちの後を追ってさっさと退散する。
あとのことは二人に任せるしかない。
せっかく俺が御膳立てしたんだ、あとは晴香ちゃん次第さ――。
えっと、なぜか後藤さんサイド。
晴香ちゃんサイドもありますが、なんか別の話になってしまいました。
本当は後藤さんは聞き耳たてていたんですよ??
この後の出来事に対して。
この話は、授業中にセリフだけをメモって書いたのを基に書いています、はい。

えっと、絆を飛ばし読みしました。八雲君は先生が好きだったのでは、と推測しています。まだ読んでいないからわからないけれど。
それと、四巻でもちょっとあったけれど、先生と晴香ちゃんって、キャラ被るところがあるような…?

戻りませう