認められない想い〜Side H〜

「だ、だって、八雲君のことが好きなんだもん。」
勢い余って晴香が言ってしまった言葉。
今となっては何がきっかけだったのかも覚えていない。
ただ、八雲の驚いた顔と、自分が何をしでかしたのかに気づいて、晴香は恥ずかしくなり「映画研究同好会」を飛び出した。
そのまま自分の部屋へ駆け込み、膝を抱える。
心臓がバクバクなるのはきっと走ったせい。
「明日、どうやって八雲君に会おう…。」
勢い余って告白してしまったことが、晴香に気まずさを感じさせる。
しかし、晴香が気まずくなったのはそれだけではない。
――八雲君、さびしそうにしてた……。
そう、晴香の言葉によって八雲の見せた表情。
迷惑だったのかな、晴香は不安になる。
それだったら、言ったことを取り消して、友達のままでいたい。
そのために、翌日晴香は重い足を引きずり「映画研究同好会」まで行った。
ドアの前で何度も深呼吸をする。
緊張でどうすればいいのか全く思いつかない。
以前は八雲の方から入ってこいと言っていたが、さすがに今回はない。
何十回と深呼吸して、晴香は意を決して戸に手をかけた。
ガタガタ。ガタガタ。
珍しく鍵がかかっている。
「八雲く〜ん?」
不在だろうか?心配そうに声をかけてみるが、やはり返事はない。
きっと後藤さんが事件とかで八雲君を引っ張り出しているのだろう、晴香はそう自分を納得させた。

ところが、一週間も会えない日が続くと、さすがに晴香も違和感を覚える。
また勝手に消えたのだろうか?八雲の身に何か起きたのではないのか?
打ち消しても、打ち消しても、ぬぐえない不安。
まずは八雲が授業に出ているか、同じ授業を受けている人に聞いてみよう。
八雲には申し訳ないが、晴香は学校のデータベースから八雲の所属学科は調べている。
以前、篠原由利を調べた時と同じように、キーワードに「斉藤八雲」と入れて調べたのだ。
聞いてみた結果は、「斉藤君?いつも寝ている子でしょ?来ているけれどどうしたの?」といったものだった。
中には、「彼女?あいつにはもったいないよ。俺にしない?」と聞いてくる人や、「用があるなら伝言するよ?」と言う人までいた。
晴香はそれらの申し出を断り、また、自分が八雲を探していたことは本人に言わないでほしいと頼んだ。
その一方で晴香は何度か後藤に電話している。
後藤も忙しいのか、受話器に出ることがないのでいつも留守電にメッセージを入れていた。
それを後藤が面白半分に石井にきかせ、石井が複雑そうな表情をしていたことは知る由もない。
この日も晴香は後藤に電話した。
珍しく電話がつながる。晴香ははやる心を抑えて、ゆっくりと口を開いた。
「もしもし、後藤さんですか?」
――ああ、晴香ちゃんか。どうしたんだ?
電話から聞こえるのは確かに後藤の声。
「あの、八雲君、どこにいるか知りませんか?」
――そういえば、留守電に入っていたらしいな。やり方が分からなくて石井に留守電を聞いてもらったが、すっかり電話するの忘れてた。
ごめんな、ずっと心配だったよな、後藤が申し訳なさそうに謝るのが電話越しからでも十分に伝わってきた。
「いえ、いいんです。」
――しかし、晴香ちゃんの前から一週間姿消しているなんて妙だな。事件で三日くらいひっぱりまわしたけれど、それ以外は学校にいると思ったが。
「ええ、学校にいるみたいなんです。それに約束しているから、いなくなることはないと思うんですけれど。私、何か嫌われることでもしたのかなぁ…。」
自然と弱音がこぼれる。
誰にも束縛されない生活をしている八雲を、追いまわしている私って何なんだろう。
八雲に、八雲の望まない生活を押し付けているのかな。
そう考えると、胸が苦しい。
――それはないと思うが…。
後藤の苦しそうな声が聞こえる。
晴香を気遣っているのだろうか。
――よし、明日の放課後、うちに来いよ。面白いもの見せてやる。
後藤が言った。うちと言うのは、八雲のお寺のことだ。
晴香はわけがわからないといった表情を浮かべながらも、その申し出を了承した。

翌日、晴香は約束通りその寺へ向かった。
なぜか出迎えに現れたのは石井で、後藤刑事から指示を受けています!と空回りしそうな勢いで言う。
そして石井に案内されたのは、とある部屋を出入りする人を物陰に隠れて見ることができる場所だった。
なぜかそこには後藤の妻である敦子と養女の奈緒がすでにいた。
二人とも事情を知っているようで、興味津々にその部屋の様子をうかがう。
晴香はわからないながらも石井と一緒に様子をうかがうことにした。
やがて、八雲が帰ってくる。
後藤がそんな八雲を捕まえて、その部屋に連れて行く。
部屋の戸が閉まるのが合図だった。
石井たち三人がそろそろと後藤たちのいる部屋の方へ近づく。
いつの間にか敦子は盆に緑茶を二つ載せていた。
晴香、石井、奈緒の三人がふすまの両端で聞き耳を立てる姿勢ができたことを確認して、敦子は戸をあける。
後藤と八雲に緑茶を渡してきたのだろう。
おもむろに敦子が戻ってき、ふすまを閉めた。
そのまま敦子も聞き耳を立てる体勢を整える。
これから何が起こるのか、晴香はわからない。
ただ、後藤が八雲から何かを聞き出すのだろう、そのことは容易に想像がついた。
だけどあの八雲だ。簡単に答えるとは思えないが…。

ところが、あっさりとその答えは聞けた。
ところどころ聞こえないことはあったのだが、後藤の言っていたことが本当だったらうれしい。
私に何かあるときは見境をなくすというのは、それほど大切に思われていることだって受け止めていいよね。
――嫌われていなかった。
安心した途端に糸が切れたようにへたり込んだ。
膝がふすまにあたり、ドンと音が鳴る。
あっ、と思ってみてみると、石井は放心していた。
さっとふすまが開いて、驚き顔の八雲と対面する。
八雲の表情は見る見るうちに不機嫌になっていく。
「あは、あはははは…。」
晴香が思わず苦笑した。
何が起きたのか察したのだろう。八雲は後ろを向いた。
おそらく後藤を睨んだのだ。
すぐに後藤は出てき、放心する石井の襟を引っ張り去っていく。
気づいた時には、敦子と奈緒もそんな二人の後についてその場にはいなくなっていた。
「そんなところで何やっているんだ。」
表情が相変わらず険しいままで八雲は晴香に聞いた。
「えっと…力が入らなくなっちゃった…?」
恐る恐る、晴香は上目遣いに八雲の表情をのぞき見る。
この場にいるのは、ふすまをはさんで八雲と晴香のみ。
「……仕方ないな。」
ごしごしと頭を掻きまわしてから八雲は言う。
八雲の両腕が晴香の方に伸ばされ、気づいた時には抱えあげられていた。
八雲の顔が至近距離に映る。
その顔には優しさが浮かんでいた。
「よかった……。」
八雲の優しい顔を見た途端、知らず知らずのうちに晴香はそう声を漏らした。
視界がかすんできた。また私は泣いているのかな。
八雲がけげんそうな表情で晴香を覗き込んだ。
「嫌われていなかったんだね……。」
そしてお姫様だっこをされている状態に気づいたのか、晴香は八雲に腕を回す。
「当たり前だ。」
ぶっきらぼうに言う八雲が、八雲らしい。
回された腕に関しては、嫌そうな顔をしたものの何も言わなかった。
「だいたい、こんなトラブルメーカーのせいで寿命が縮まる思いばっかり味わっているこっちの身にもなってくれ。嫌いだったらそこまでする義理がない。」
相変わらずのひどい言いようではある。
それでも、このぬくもりにいつも晴香が助けられていたのは事実だ。
ほかの誰でもない、八雲のぬくもり――。
とにかく、今、晴香の腕の中に八雲がいる。
そして、八雲が大切だと思ってくれている。
それだけで晴香は十分だった。
自然と幸せな笑みを浮かべる。
「恨まないのか?」
晴香がなぜ幸せな笑みを浮かべるのか解せない風に八雲が聞いた。
「何を恨むの?八雲君は何も悪いことしていないじゃないの。むしろ、私を選んでくれてありがとう。」

部屋のなかほどに座った八雲は、そのまま晴香を脚の上に乗せた。
お互いの顔がとても近くにある。
やがてだれともなく、唇を重ねる。
永遠とも思える一瞬が、今までの中で一番至福なひと時に感じられた……。
ってことで、晴香サイドでした。
五月雨の個人的イメージとして、八雲に緑茶は合います。
と言うか、緑茶が好きだとうれしい(何
後、このあとLipstickで書く方のネタでもあるのですが、敦子さんはいろんな意味で首謀者です。
五月雨の中では、敦子さんの差し金で八雲君が晴香ちゃんのために尽くす気がします。
メモ書きとか、そういういろいろと暴走した構造メモはサブブログの方でさりげなくアップしているので、興味がある方は良ければどうぞ。

戻りませう