何時(いつ)だろうか…。
うとうとする意識の中、そう八雲は自分自身に問いかける。
視界に現れる母親の姿が寂しそうに映る。
――そうだ、この人も、精いっぱいのぬくもりを与えていたんだ。
母親だったから。
たとえ強姦で生まれてきた子供であったとしても、わが子として愛情を注いでいた。
おそらく、八雲を手にかけたのは明美が息子に感じたのと同じ理由。
その次に現れたのは、八雲にとって忘れられない人物である明美だった。
中学生の八雲をずっと気にかけていた。
他人にもかかわらず。
しかし、彼女たちは、今はいない。
失踪した上で亡くなった母さん。
死んだ現場は見ていないのに、刺されて、出血した現場を何度も夢で見せる先生。
どこで、人の世界は冷たいと知ったのだろう。
一心の寂しげな顔がよぎる。
冷たい世界の中でも、ぬくもりを伝えてきた人。
それでも、八雲は人の肌のぬくもりを忘れて久しい。
いつの間にか、そんな現実が当たり前になっていて。
そんな自分を普通に受け入れていて。
サビシイなんて言葉はもうなくなっていたはずで。
余計な感情はすべて排除していたはずで。
孤高に存在していたはずなんだけれど。
アタタカイ
その思いに安堵する。
久しぶりに触れたこの思い、感情、
優しく、そして麻薬のように注ぎこんで病み付きになる。
渇きを潤すこの感情がほしくて、
伸ばした腕に触れたぬくもりを手繰り寄せる。
放したら消えてしまいそうで、
強く、強く、抱き締める。
いつ捨てたか忘れた感情を、また落とさないように。
八雲はつかむ腕を手繰り寄せる。
視界に映るのは晴香の笑顔で、
この腕の持ち主だろうという妙な確信と、
夢でも触覚が再現されるのかという妙な疑問を抱えながら。
八雲は包み込んだぬくもりに囁く。
何年ぶりかはわからない、アタタカサを伝えた人物の名を。
八雲の寝袋の横で、晴香は顔を真っ赤にしながら座っていた。
八雲は寝袋で気持ちよさそうに眠っている。
だが、晴香の腕をつかむ手はとても強くて、離せそうになかった。
今、晴香の片腕は八雲の寝袋にまで入っている。
先ほど聞こえた晴香の名を呼ぶ声は、晴香をその場に硬直させるには十分だった。
八雲の両手に掴まれた部分がより一層熱を帯びた気がする。
そっと、考えなしに、晴香はあいた手で八雲の頭をなでてみた。
もしかしたら、八雲はずっとこうやって人のぬくもりに甘えたかったのかもしれない。
そう思うとかわいくも、こそばゆくも感じられるのだった。
そして、光の明るさを伝えていた瞼を八雲が開けた時、
目に映るのは、体が感じるのは、晴香の明るさ、温かさ、そんな想い――