瞳に宿るモノ

世界の終りはあまりにも唐突で――
――それに劣らずはじまりも突然なのだろう。


すべては、イエローの目が光ったことから始まる。

その日、レッドは珍しく自宅にいた。
普段の彼なら、たとえ雨が降っていようとトレーニングに明け暮れていたはずだが、この日は何もしていなかった。
何か、予感がしたのだ。
レッドの隣ではピカも、同様の予感を感じ取っていた。
しっぽをピンと立てて、あらゆる感覚を研ぎ澄ましている。
レッド自身、目を閉じて、全神経を耳と肌に集中させていた。
このまま何事も起きずに一日が終わって、馬鹿な杞憂だったと笑い飛ばせればよかったのだろう。
レッドが何も食べていないなんてことを、知る人がいるわけもなくただ時間だけが流れて行った。
来るであろうその時まで、一人と一匹は動くことなく……。

そして、レッドの家の戸を叩く者があらわれた。
小さく、ピカチュウの鳴き声が聞こえる。
レッドとピカ、このコンビが予感したことなのだから、それは勿論イエロー絡みということになる。
そしてつまり、この戸を叩いた主は――
「チュチュ、何かあったのか?!」
戸を開けるなり、レッドが聞いた。
そう、そこにいたのは、イエローのピカチュウ、チュチュだったのだ。
ピカもすぐにチュチュに飛びついて、チュチュの様子を見ていた。
チュチュには、大きな外傷が見られなくてピカは安心したようだった。
チュチュはレッドについてくるよう必死に訴えて、駆けだした。
イエローに何があったのか。
そして、これから何が起きるのだろうか。
恐ろしさを感じつつもレッドは追いかけた。
その後ろを、ピカが追いかけてくるのを感じながら。

チュチュが案内したのは小高い丘の中腹。
あたりは広々とした草原になっていたから、レッドは坂を下る前からその姿を認識していた。
――うつぶせに倒れるイエローの姿を。
「イエロー!!」
駆け寄り、その体を抱え起こす。
ピカとチュチュは坂の上からその様子を見守る。
「おい、しっかりしろ!!」
イエローの頭を自分の膝の上に載せ、頬を叩く。
パンパンパンと乾いた音が聞こえるが、イエローの目が開く様子はない。
「イエロー、しっかりしろよ!!」
今度は左肩をつかんで強くゆすってみる。
「ん・・・ん〜・・・。」
「イエロー!!」
くぐもった声が聞こえたと同時に安堵したレッドが叫ぶ。
しかし、目は開かれない。何か様子が変だと、レッドは不安になった。
「いえ・・・ろー・・・?」
おずおずと声をかける。返事は――ない。
再びレッドの胸の内に恐怖が宿る。
まさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさか……――ッ!!
腕の中にあるぬくもりは、イエローが生きていることを伝えている。
外傷は……特にない。
なぜ?という疑問符が浮かび上がった時、ソレはおきた。
唐突に、イエローの目が 明 い た。
金色の光を灯して。光が二人を包み込む。
っと、同時に、あたりが暗くなった。
二人を起点に、どんどん闇へ崩れ落ちる。
「ピー!!」
ピカの声が聞こえたかと思うと、ピカの姿が闇に消えた。
続いてチュチュも消える。
周りの草花も呑み込まれていく。
木々も消えていく。
世界に、闇しか存在しないかのようにあたりは黒一色。
音が存在しないかのように、音が聞こえない。
自分たちが闇に吸いこまれているのか、そのような感覚は一切ない。
浮いているのか沈んでいるのか、それを伝えるものはないのだから。
そして、イエローの目がひときわ明るく光った時、レッドの意識も途切れた……。

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