瞳に宿るモノ

「ん……。」
温かい陽光を浴びて、レッドは目を開けた。
穏やかな日差し。草原と空がどこまでも続いている開けた場所。
ふと腰を見てみるが、そこにモンスターボールはない。
そうか、置いてきたんだっけ、空白になっている記憶を必死にたどり、レッドはそのことを思い出す。
代わりに見えるのはイエローの長い髪で、レッドはしっかりとイエローを抱えていた。
レッドの腕の中で、イエローは胸を上下させていた。
レッドはイエローが生きていることに安心した。
記憶の最後では、イエローが生きているか死んでいるか、とても心配していたはずになっていた。
はず、と言うのは、レッド自身、その記憶が本物なのか判断がつかないでいるのだ。
とりあえず生きていてよかった、そう思って安堵のため息をつく。
その時だった。レッドの皮膚感覚が、何か違和感を訴えたのは。
だが、隠れる場所も見えないこの地では、いくら視線を巡らせても何も見えなかった。
ただ、レッドの本能が危険だと訴えるだけなのだ。
「くっ……。」
熱を帯びたかのように、レッドの右目が急に痛みだした。
反射的に、右手で押さえ、喘ぎながらもその隙間から外を見てみる。
このとき、レッドの赤い眼は光を宿し、燃えるような赤い光を灯していたということはのちに知る話だ。
このときのレッドの目には不思議なものが映っていた。
先ほども述べたとおり、隠れる場所のないこの場所には人っ子一人見えない。
しかし、レッドの目には、サーモグラフィーの映像を見ているかのような、人形(ヒトガタ)の赤い物体が無数に映っていた。
次の瞬間、その人影が動いた。赤い人形(ヒトガタ)がまっすぐレッドたちの方へかけてくる。
とても友好的とは思えない雰囲気をまとっていて、レッドはイエローを抱えて反射的に逃げた。
だが、少し走ると、そこからも人の姿が―本当の人間が―無数見えるようになった。
彼らは刀を持ち、槍を持ち、各々の道具を持って襲いかかろうとしているように見える。
視線をあたり一帯に巡らせてみると、人間が見えるか、赤い人形(ヒトガタ)が見えるかどちらかだった。
レッドたちは完全に包囲されていた。
チッとレッドは舌打ちした。人の数があまりにも多すぎて、人の通り抜けられそうな隙間が見当たらない。
こうなれば、守備が手薄になっているところに突っ込んで力ずくで通り抜けなければならない、瞬時にそう判断する。
この後の争いに備えて、レッドはイエローを抱えなおした。
「少し、我慢してくれよ、イエロー。」
まだ目を開けないイエローにそうレッドは声をかけた。
今、レッドにとっての最優先事項はこの状況から突破することに完全にシフトしていた。
武器も持っていない状況で、人一人を背負うのがどんなに無謀かは承知のうえでの突破。
「うおおぉぉぉぉ……!!」
レッドの叫びが轟く。
それと同時に一人の男から刀を奪う。
不意打ちのおかげか、あっさりと刀を奪うことに成功したが、実戦経験がレッドにはなかった。
相手の間合いも読めず、数も不利。おまけにイエローと言う大きな弱点も抱えていた。
「動くな。」
イエローの首にピタリと刀を当てた、隻眼の男が言った。
たくさんの傷をこしらえた顔は、戦の先陣をきる男の顔だった。
イエローを人質にされては、レッドにはなすすべがない。
おとなしく捕まるよりほかがなく、イエローとはバラバラにつれて行かれた。
そうしてレッドは一人、牢獄の中に入ることとなった。

牢獄は石でできた重々しい空気の漂う場所だった。
ズバット何かが好んで住みそうだ、ふとレッドがそんな感想を漏らす。
誰もその言葉をきかなかったし、聞いても、おそらくだれも理解できなかっただろう。
この場所にはレッドしかいなかった。
一日二回、食事を運びに人が来ることを除けば、だが。
そのため、レッドにはイエローの近況が分からない。
ただ、この近くにはいないということが分かっていたから、牢獄が別の場所にもあるのだろう、そう考えていた。
二週間くらいだろうか、レッドが牢獄暮らしにも飽き飽きして、それでも文句の言えないいつもの生活をしていた時だ。
急に警備兵が二人やってきて、レッドを国主のところに案内した。
そこにはうつろな目をしたイエローもいて、レッドは久しぶりに見たイエローの姿に胸を締め付けられた。
白のワンピースを着たイエローは、レッドとは対極的な生活をしていたように見える。
その顔が蝋人形のように白く、生気がないことも含めていいのかもしれない。悲しいことに。
「話によると、お前の眼は人を察知できるようだな。」
国主が言った。それは、レッドの見たサーモグラフィーのような映像のことだろう、そう解釈して首を縦に振った。
「明日から、戦い方の訓練につかせる。ラズ、お前のところで訓練させろ。」
その言葉を聞いて、先ほどの警備兵の二人のうち、先頭を歩いていた男が「はっ」と威勢のいい返事を返した。
まだエネルギーに満ち溢れた顔をしたその男は、せいぜいが三十代前半と言った顔をしている。
「お前には、この国の兵士として働いてもらう。もし言いつけを守れなかったら、この娘が気を失うまで鞭打ちをするからな。覚えておけ。」
イエローをさして国主はそう言葉を続けた。
そして侍女がイエローを連れて下がらせた。
部屋に残るのは男たちだけだったが、それが合図だったかのように次々と人が去っていく。
国主の姿も消えていて、レッドはラズと呼ばれた男と二人並んで歩いた。
「ここが今日からお前が暮らす部屋だ。」
そうラズが言うまで、レッドは何も口を開かなかった。
ラズの方は、レッドがイエローを気にしていると思っていたのだろう。
気を遣ってか、イエローがどのような生活をしているかこっそり教えてくれた。
薬を使って常に視線が定まっていないこと。記憶も混乱している可能性が高いこと。
基本的にどこへ行くのも侍女が付いているという条件下で自由だが、中には行ってはいけない場所があること。
そしてその中にはレッドのもとと言うのも含まれていること。
それなので、レッドは別れる間際に全ての感謝を込めて、礼を述べた。
その翌日から、レッドの戦闘訓練は始まる。
隣国との戦争は、刻一刻と続いていた。

そしてその日がやってきた。
レッドの赤い眼は、このときも光を灯していた。
その時、見慣れない人影を映しだした。ずっと遠く離れた場所でこちらをうかがっている。
瞬時にそれが、敵のスパイだと結論を下す。
持っているのは長刀だったが、それはものともしない移動速度で、レッドは駆ける。
近づくにつれて、その像は鮮明さを帯びてきた。
その姿は、レッドにとって見覚えのあるものだった……。

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