瞳に宿るモノ

「やべ、見つかったか?」
焦る声がグリーンの口からこぼれた。
人の気配が、迷わずグリーンのもとへ近づいてきているという事実にグリーンは戸惑う。
なぜなら、今グリーンの姿は周囲と完全に同化していて、グリーンと景色の区別がつかなくなっているはずなのだ。
あくまでも、細かな分析の結果によるが。
その分析源となるのは、彼の緑の目で、今現在も刻々と変化する現状を無数の文字列で表していた。
即座に近づく人影に対して分析の指示を下す。
―男。移動速度10m/s。速度低下なし。三分後には到着予定―。
無情にも叩き出されるのはそんな簡素な表示。
その結果に思わず舌打ちをする。
秒速10mで三分後につくと言うことは、二キロも離れていないことを意味する。
ここまで近づくことを許した自分の失態に辟易する。
画面に映る数字は刻一刻と小さくなってくる。
グリーンは意識的に瞬きをして、画面を切り替えた。
脳回路とつながっているため、瞬きする必要はないのだが、気持ちを切り替えるためにもグリーンは瞬きしていた。
何物かは知らないが、グリーンを狙って近づいている人物がいることは確かだった。
その敵から逃げる経路を、敵の情報の調査画面と並行して検索する。
平面上に無数の点が打たれた画面がグリーンの視界にひらかれ、その点の一つ一つが人の存在を伝えている。
味方は緑色で、敵は赤色。点の区別はいたってシンプルだ。
そしてその人の隙間を縫うようにグリーンは走り出した。
静かに、そして背後に同化するように意識しながらなるべく気配を消す。

そもそもグリーンの緑色の目には情報分析をする能力しかない。
ただ、その分析速度は実在するコンピュータよりも速く、場所もとらない。
だが、分析する情報がなければ豚に真珠、役には立たない。
そのため、その弱点をカバーするために、グリーンは同じ緑の目を持つ鳥を相棒にしていた。
緑の目同士が共鳴するのか、グリーンはこの鳥から、上から見た様子などの情報をダイレクトに受け取っている。
多少の透視能力があるのではないのか、グリーン自身も時々疑うほど、鳥からの情報は詳しかった。
グリーンにとって、目は鳥の見た世界で、自身の眼は高性能コンピュータでしかない。
すぐさまグリーンは仲間の構えた陣にたどりつき、仲間を含めた誰に気づかれることなく奥へ隠れる。
人影の方はそのまままっすぐグリーンの方を追ってきているようで、前方をふさぐものは容赦なく長刀で払いのけていた。
味方の腕が二流以下だとは思っていないが、紙のようにあっさりと切られていく様は不気味を通り越して笑えた。
さすがに人の壁が多いのか、それとも集中的な攻撃に苦戦をしているのか、移動速度は多少落ちたようだ。
それでも、画面に表示されるのは秒速7mという数字。
この数字を前に、化け物だとグリーンは再び言葉をこぼす。
人間とはとても考えられない数字にグリーンは思わず息をのんでいた。
背中に背負った矢筒の感触を確かめ、グリーンは人影を迎え撃つポイントを探した。
このまま逃げても逃げ切れず、背後を取られる可能性が高いことを本能的に悟っていたのだ。
そしてグリーンは矢を一本つがえて、狙いを定める。
鏃の光の反射からそれに塗布されたものの強さを推し量る。
手加減はしない。グリーンが今持っている中で、一番毒の強い矢がつがえられていた。
グリーンの武器。それは毒を塗られた矢に限る。
解毒薬はグリーンが持っているため、毒が体内に回りきらないわずかな時間の間にグリーンを倒さなければ命はないだろう。
今だっ。
鳥の伝える情報、刻々と変動する敵の位置、移動速度。
それからグリーン自身が放つ矢の推定射出速度。
その上で風などその他の条件を合わせた複雑な計算式の答えを瞬時にたたきだし、それとともに矢は放たれた。
寸分違わず矢はまっすぐに人影のもとへ吸い込まれていき――
キーンという高い金属音が響いた。
それは、グリーンの矢がはじかれたことを伝える。
嫌な汗を額に浮かべながら、グリーンは自分に落ち着くよう命じる。
そのまま、間を開けずに五本立て続けに矢を放った。
わずかな変化を与えることで、様々な方向から人影を襲うが、すぐに五つの甲高い音が返された。
「危ねーな、おい。」
その声とともに男の姿がグリーンの視界に現れた。
長刀をつかむ右手は下がっていて力が入っているようには見えない。
しかし、両足はしっかりと大地を踏みしめて堂々と立っていた。
燃えるように光る赤い眼は、じっとグリーンの方向を見つめていた。
「お前、グリーンだろ?」
男がグリーンに向かってそう問いかけた。
諜報を任とするグリーンは、この仕事に就く時に名前を捨てていた。
そのため、名前を知っている人は主人以外にはほとんどいない。
ましてや、敵方の人間に知られるはずがなかった。
なぜ名前を知っているのか?お前は何者なんだ?
咄嗟に浮かんだ疑問がグリーンの身動きを止めさせた。
それとともに、グリーンの奥から忘れられた記憶が湧きあがってくるような奇妙な感覚が占める。
あまりにも古い記憶、現実とかけ離れすぎた出来事のために、グリーンはそれは夢で見たのだと思っていた。
やたらリアルな夢。そう片づけていた記憶に出てきた人物の一人と、目の前にいる男の姿が重なった。
「そうだ、俺はレッドだ。お前に話がある。」
その男こそが、戦うものの能力を授けられたレッドだった――。

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