「俺に寝返ろと言うのか?」
グリーンはそう聞いた。
レッドと名乗る男は、グリーンに、彼の目的を達成するためにどうしても力がほしいと言ってきた。
もともと仲間だったんだから協力するのが筋だろとかグリーンには意味のわからないことも言っていた。
「うーん。そうと言っちゃそうなるのかな。」
レッドは少し考えてからそう言う。
今は一応敵同士なんだっけ、と彼はつぶやいた。
「とにかく俺にはお前の力が必要だからな。」
レッドはそう言って笑った。ほかに選択肢はないと言いたげだった。
敵を前にしてのんきなことをよく話せるもんだとグリーンは思う。
一件無防備に見えるが、実際はそうでないことをグリーンは知っていた。
だからグリーンは素直に話を聞いているし、仲間を呼ぶようなことはしていない。
「ま、俺は誰かに就くつもりはないからさ、一緒に闘う仲間としてお前を勧誘しているって感じかな。」
どうもレッドという男には掴みどころのないところがある。
その一方で妙な懐かしさと、一緒に駆けまわりたいという欲求がわきあがるのを自覚していた。
「お前だって嫌だろ。こうやってスパイとして下でこき使われるの。」
スパイである以上、表に出ないことは百も承知だ。
リスクはあるが、グリーンの才を活かすにはこの職が最適だと自分で選んだものでもある。
誇りはないが嫌々やっているわけではなかった。
だが、レッドの話を聞いていると、自分にもまだ別の可能性があるのではと思えてくる。
失うものはないのだ。一つこの馬鹿らしい話に乗ってもいいかもしれない、不思議とそんな思いがしてくる。
「で、俺に何をしてほしいんだ。」
グリーンは聞いた。グリーンの緑の瞳は、この時も明るく輝き情報を刻々と分析している。
まだ誰も、この場でレッドとグリーンがこのような会話を行っていることに気づいていない。
そしてレッドは、何も恐れていないかのように緊張感のかけらも見られなかった。
「実は助けたい人がいるんだ……。」
その時グリーンは、レッドの表情にわずかな変化が生じたのに気づいた。
その人物の身をとても案じているようで、かといって捕らわれることになったのを悔んでいるような。
その人物はレッドの弱点だろう、グリーンはそう分析する。
しかし、グリーンの分析以上にレッドの口から語られた内容が衝撃的だった。
簡単にまとめると、レッドはイエローという少女を人質にされたがために戦いの先陣をきることになった。
レッド自身は他人を巻き込み、不幸にするような喧嘩はしたくないためこのようなことはしたくないそうだ。
もしこの世界にはそのような争い事ばかりしかないのなら、どこかで仲間たちとひっそり暮らす生活を選択するつもりだという。
そのためにも、人質にされた少女を取り返す必要があった。
少女には侍女が監視についているが、レッドのところ以外は基本的に行動が自由にされていた。
そして少女は何らかの薬を投与されているとのこと。
レッドがグリーンに頼むのは、少女の居場所と効率的に少女を奪還・逃走する手段。
それから少女に投与された薬の種類とどうすれば元に戻るかということだった。
「実際取り返すのは俺一人で十分だし、人の形ぐらいは自分でも見れるから見張りとかは心配ないんだけどな。」
レッドはそう締めくくった。
レッドは城から出れば大丈夫だと高をくくっているところもあるが、残念ながら今は戦争の真っただ中。
そうはいかないことをグリーンはよく知っていた。
そのようなレッドの無計画性を修正するためにも、自分は必要だろうとグリーンは判断した。
「わかった。これから作戦に移ろう。」
了承したグリーンを見て、レッドはガッツポーズした。
グリーンはそんなレッドを奇妙なものを見るような眼で見ることしかできなかった。
計画の実行は数日後の深夜、人々が寝静まるころになった。
この時間帯は、グリーンの相棒も寝ているためグリーンは力不足になってしまう。
見張りは当然立てているだろうが、騒ぎをあまり大きくしないためには、目に付く人数を減らすに限る。
それがグリーンの力不足の代償を払ってでも得られる効果は大きいと判断した理由だ。
鳥の一羽や二羽城の付近を飛んだところで、とくに誰も疑問を挟まない。
実行時の力不足を補うため、グリーンは明るい間に事細かに偵察した。
グリーンに絵の才があるかは別として、瞳に映る少女を木の枝でなぞり、それがイエローであるかレッドにも確認した。
もちろんこの絵はすぐに消している。
そして数日の偵察からおおよその行動パターンもつかむ。
計画実行までは、それぞれ自分たちが企てていることを胸に秘めながらも陣地へ戻っていたため、見張りに対する考え等はレッドから直接得ることができた。
少女を人質に取ったからレッドが寝返らないと考えているとは、全く悠長なものだとグリーンはその報告を聞きながらも思う。
直接レッドにそのことを言ったことはないが。
そうして決行の日がやってくる。
戦争自体は両陣共に疲弊してきているが、一向にやむ気配はない。
兵士の怪我は若干レッド側の陣営のほうが少ない。
優秀な祈祷師でもいるのだろうか、そう脳裏に疑問はよぎるが、明日には関係ないことを考える無駄な労力は割かなかった。
直前にグリーンは何度も間取り図を書いたり、注意点を説明したりした。
イエローの居場所は完全に把握しているわけではないので、候補もいくつかしっかり伝えてある。
薬のほうも性能等はすでに把握していて、二、三日たてば効果が抜けることもすでに分かっていたが、このことはまだ伝えていない。
レッドはグリーンに感謝の言葉をかけて闇に消えていった。
もともと陣の中にいるレッドは、イエローを奪うほうが簡単だ。
無事取り返した後、逃げ出すほうが困難になる。
それはイエローという弱点を抱えていることにも起因することだ。
はーっとグリーンはため息をついた。
この数日、グリーンは弱点をカバーするため、夜行性で同調できる鳥を探してきた。
結論を言えば、その鳥を見つけることには成功した。
しかし、見つけたはいいが、まだうまく同調はできず、グリーンが望むような情報を常に送ってくれるわけではない。
それでも一か八か。この新しい相棒にかけて見るしかない。
グリーンの緑の目が光る。新しい相棒を呼ぶためにグリーンの意思を送る。
その鳥は、グリーンの意思を受け、夜空を静かに飛び立った。
その様子を見送りながら、最初の難関を突破したことにグリーンは安堵する。
機嫌がいいのか、情報はしっかりとグリーンに送られてきた。
イエローはグリーンの分析した通りの場所にいた。
侍女はイエローのそばで寝ていたが、そこまでの距離の間をレッドは静かに切り抜けていた。
レッドの瞳は赤く燃えていて、まるで暗闇でも光を発しているかのようだった。
もちろん実際はそんなことはなく、手探りで闇の中をかき分けているのをデータ分析からグリーンは導き出している。
その一方で、人がいるかどうかがわかるというレッドの言葉は本当だったと分析せざるを得ないデータが絶えず飛んできた。
レッドは、グリーンの伝えた地図をもとに、見張りのいないルートを選んで通っていたのだ。
巡回などこの数日では精密に推測のつかない出来事も、レッドはなんなく見抜いていた。
普通見張りは外を向いているため、外から入ってくる人物には目が行きやすい。
彼らは、中から人が出ていくことを夢にも思わなかっただろう。
グリーンの心配は杞憂に終わり、レッドは無事合流地点にたどり着いた。
これからレッドの腕の中にいるイエローと三人で、安全圏を探し生活していくだろう。
三人旅はまだ、始まったばかりだった……。
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